第12話、ロレーヌの御旗
石灰岩かと思われる、白い石垣で組まれた小さな用水路脇に、衛兵の詰め所がある。 10メートル四方くらいの大きさの建物で、赤レンガ造りだ。 扉の無い入り口の両脇には、槍を立てて持った兵士が2人、直立不動で立っており、時々、道行く人々を監視しつつも、基本的にはヒマそうである。
「 なあ、おい。 体の調子はどうだ? お前 」
1人の兵士が、相棒の兵に尋ねる。
「 んん~~~~…? どうってこたァねえが… 昨夜は、参ったな 」
首をコキコキと鳴らしながら答える、彼。
「 オレ、精霊士の雷に打たれたの、初めてだよ 」
「 オレだってそうさ。 ビリビリッ、としてさぁ~…! アトのこたァ、なぁ~んも覚えてねえよ 」
「 そうそう、おっかねぇよなあ~…! もう、コリゴリだ 」
「 ……ん? 」
彼らの左方向から、2人連れがやって来た。 1人は、少女。 もう1人は、紋章を刺繍した黒いマントを着ている。
兵士たちの顔色が、すう~っと青くなった。
「 ……! 」
「 う、うげぇっ! や、ややややや… ヤツだっ…! 」
サーラとメイスンである。 真っ昼間、何の警戒も無く、堂々と歩いて来る。
兵士たちは、にわかにうろたえ始めた。
「 マママママママ、マ~、マ~… マルタン・メイスンだッ! ひ、ひええぇ~っ…! マルタン・メイスンが、やって来るぅ~ッ! 」
「 ししししっ… 小隊長ぉ~っ! ヤ、ヤ… ヤツが来たっ! ヤツが来たあぁ~ッ! 」
詰め所の中に向かって、叫ぶ兵たち。 数人の兵たちが、槍や剣を手に、詰め所から飛び出して来た。 だが、立ち向かうと言うよりは、全員、逃げ腰である。
「 ま… また雷を呼ぶぞ! 」
「 そう何度も打たれたら、死んじまわぁ~…! 」
「 せ、聖剣を持った精霊士に、槍なんかで歯向かえるかよぉ~…! 」
段々と、兵たちに近付いて来る、サーラとメイスン。
「 し、小隊長ぉ~…! 」
「 うろたえるでない! 」
詰め所から出て来た小隊長…… ピエールである。
やがて、メイスンとサーラは、詰め所の前に着いた。 右膝をつき、拝聴の体位をするピエール。
「 ……? 」
「 ? 」
意味が分からない、兵たち。
ピエールは、頭を垂れたまま、兵たちに言った。
「 貴様ら、拝聴の体位はどうした! 控えんかっ! 」
事情が分からないまま、とりあえず命令に従い、兵たちは、慌ててピエールと同じ体位を取った。
ピエールが、ゆっくりと頭を上げ、メイスンに言った。
「 いよいよですな、メイスン殿……! 」
メイスンが答える。
「 うむ。 手はずは、良いか? 」
「 はい。 ロベルトも手勢を引いて、ロワール橋にて合流する事になっております 」
「 よし。 では、参ろう。 神の、ご加護があらん事を……! 」
サーラの方を向き直り、ピエールは眼を輝かせながら言った。
「 麗しの、我らが王女ピュセル・サーラ様…! 今再び、我らをお導き下さいますよう……! 」
微笑みながら答える、サーラ。
「 参りましょう、同士、ピエール・ド・プーシェ様 」
兵たちは、会話を聞き、ざわつき始めた。
「 …ピ、ピュセル・サーラだとよっ! 」
「 え? あの… 幻の王女の? お尋ね者じゃねえか 」
「 小隊長は、メイスンに従うらしいぞ 」
「 オレたち… どうなるんだ…? 」
ピエールは立ち上がると、兵たちの方を向き、言った。
「 者共、良く聞け! この、公家のお方様は、シーザ・ピュセル・サーラ・トゥル・ライメル様である! 先の皇后、ロレーヌ・サーラ后様の、お子であらせられる。 我々は、王宮に幽閉されておられるアリウス皇帝陛下を救出せんと、このピュセル・サーラ様を旗印に、不法に政権を占拠しているレスター卿を討つ! 」
兵たちは、ざわめき立った。 まさに、寝耳に水の話しである。
互いに顔を合わせ、相談し始めた。
「 …お、おい、エライ事になったぞ。 クーデターの、クーデターだ…! どうするよ、お前 」
「 確かに、今のままの新統治じゃ、心もとねえ気はするが… だからと言って、このまま小隊長に付いて行っても大丈夫なのか? 」
「 ううむ… 坊ちゃん出のレスター卿は、信頼ねえしな。 いつまで持つか、分かんねえのは確かだが… 」
「 聞いた話しだが、ハインリッヒは冷酷だって言うぜ? もしかしてオレら、用が済んだら、クビになるかもしれねえぞ? 」
戸惑う兵たちに、ピエールは続けた。
「 ピュセル・サーラ様は、その精霊力によって、メシヤ様を呼び寄せられた! 聖なる救世主である! 我々は、その警護の任を任されたのだ! 」
更に、ざわめく兵たち。
「 お、おいっ! 聞いたか? メシヤ様だってよ! 」
「 ホントかよ、おいっ…! 」
「 オレたち、そんな名誉な事、出来るんか? 一生に1度… いや、100年に1度、あるか無いかの事だぜ? 」
「 もしホントなら、末代までの名誉だ 」
「 し、小隊長… そのメシヤ様は… 今、どこに? 」
ピエールが答える。
「 今は、お姿を隠されておいでだ。 常に、ピュセル・サーラ様と共におられる! 」
完全なるフカシではあるが、伝説とも言われるメシヤである。 兵たちには、信憑性が感じられたようだ。 更には、幻の王女… その王女が呼び寄せたとする聖なる救世主の設定は、兵たちの心理に、かなりの洗脳性があったと推察された。
もう、一押し……
そう判断したピエールが叫ぶ。
「 アリウス皇帝陛下は、偉大なのだ! その足跡は、お前たちも見ていよう。 偉大なる皇帝陛下を差し置いて、邪道な手段による統治は、許される事ではないのだ! レスター卿の衛士である以前に、貴様らは、偉大なるアリウス皇帝陛下の、勇敢・忠義な兵士である事を再認識せよ! 」
騎士道にも通ずるこの言葉は、絶妙に、兵たちの心を掴んだ。 これから行われる行動は『 聖戦 』である… そんな意味合いも、感じ取られる。
「 …そうだよな。 アリウス陛下は、オレら下々の事を、一番、気に掛けてくれていたもんな… 」
「 平和だったしよ。 そもそも、何でレスター様は、決起なんぞ起こしたんだ? 」
ピエールは、兵たちが持っていた槍を拾うと、メイスンの所へ来て言った。
「 御旗を…… 」
「 うむ 」
マントの中から、あの『 ラ・フルール・リーフ 』を出すメイスン。 ピエールは、その御旗を旗留めのフックに掛けると、兵士たちの前に、高々と掲げた。
晴れ渡った青空よりも、更に碧く染め抜かれた、紺碧の地……
穏やかな風にゆっくりとはためき、黄金の剣と白いユリの花が、眩しいくらいに誇らしげに輝いている。
ピエールは言った。
「 これを見よっ! 先の皇后、ロレーヌ・サーラ王妃の聖なる御旗、ラ・フルール・リーフであるっ! 我々は、この旗を軍旗として掲げ、王宮に入るのだっ! 」
兵たちが、どよめく。
「 み、み、見ろっ…! フルール・リーフだ! 聖なる御旗だぞっ…! 」
「 うおっ! 青地に、剣とユリの花…! 親父から聞いた事はあるが、見たのは初めてだ! 」
「 青は、王家の色だぞ? 別名、ロイヤル・ブルー… 気安く、使えるモンじゃねえ。 あれを、掲げて行けるのか? オレたち 」
「 おい… これは、とんでもない名誉な事… なんじゃないのか? 聖なる御旗、フルール・リーフが、俺たちの軍旗なんだぞ……? 」
ピエールが叫ぶ。
「 我々には、ピュセル・サーラ様がいらっしゃる! 無敵の精霊士、マルタン・メイスン殿も、加勢してくれている! 更には、メシヤ様… そして伝説の精霊士、クインシー・ド・レー殿も、王宮で合流する手はずとなっているのだ! アリウス皇帝陛下を、ご救出し、卑劣な輩を成敗する御印には、この御旗がある! 何の迷いが、あろうかっ! 今こそ、長年、陛下から賜ったご厚意に報いる時なのだっ! 」
衛兵である彼らにとって、今や伝説とも称されている、元 衛兵連隊長 クインシーの名は、一層に心を引き付けたようだ。
ピエールは、更に叫んだ。
「 正義は、我にありっ! 続け、我が精鋭たちよ! 」
「 うおおお~っ! 」
兵たちから、一斉に喚起の声が上がった。
一兵卒ながら、天下をひっくり返す『 聖職者 』の列に加わる事になった彼ら。 もう、皆の目に、迷いは無い。 志に燃え、生き生きと輝いている。
10人ほどの兵が、サーラを取り囲むようにして行軍を始めた。
「 ふ… あの頃に、戻ったようだ……! 」
満足気に呟き、微かなる笑みを、口元にほころばせるメイスン。
先頭を行くピエールが、剣をシャリン、と抜いて叫んだ。
「 全軍、抜刀ッ! サーラ様をお守りしつつ、王宮まで行軍する! 」
「 うおおお~っ! 」
シャリン、シャリンと、次々に剣を抜く兵たち。 道行く住民たちが、不思議そうに見ている。
ピエールは叫んだ。
「 民たちよ! ピュセル・サーラ様が、メシヤ様を呼び寄せられた! これより、アリウス皇帝陛下を、お戻しに参るッ! 」
住民たちは驚いた。
「 何っ? サーラ様が…! 」
「 メシヤ様だって? 」
「 おい、行こうぜ! 世紀のお言葉が、聞かせてもらえるぞ! 」
数人の住民たちが、隊列の後から付いて来た。
やがて、ロワール橋が見えて来た。
橋のたもと辺りには、2~30人の兵が集結しているようだ。 ロベルトが引率して来た兵であろう。
抜刀して行軍して来る隊を見て、ロベルトの兵たちは、一様にうろたえ始めた。
「 …なっ、何だ、やつらは? 全軍、抜刀して行軍して来るぞっ! 」
「 お、おい… 軍旗を見ろっ! ありゃ、フルール・リーフじゃないのか? 聖なる御旗だぞっ…!? 」
「 な、何で、そんな御旗が……? 護衛されているのは… 少女か? 」
ロベルトの隊と合流する、ピエールの隊。 兵をかき分け、ロベルトがやって来た。
「 ピエール殿、いよいよですな! 」
紅潮した顔の、ロベルト。
「 うむ。 車の用意はしたか? 」
「 あれに 」
ロベルトが指差す方には、2頭の馬(のような動物)に引かれた、送迎用の馬車が用意されていた。 両開きのドアが付いた、白い車である。 窓にはレースのカーテンが付けられ、後部には、衛兵が乗れるようにステップがある。 貴族が使う車だ。
「 黒にするか、白にするか迷いましたが、御旗のユリの花にちなみ、白に致しました。 …ピュセル・サーラ様、どうぞ 」
ロベルトが、ドアを開けながらサーラに言う。
サーラは、車を見上げながら言った。
「 こんな立派な車に、乗って行きたくありません。 私も、皆様と同じように、歩いて参ります 」
ピエールが言った。
「 それでは、私共の王女としての貫禄がございませぬ。 どうぞ、お乗り下さい 」
「 でも…… 」
尚も、遠慮するサーラに、メイスンが言った。
「 ハインリッヒの手下共が、襲って来るやもしれません。 お乗り頂いた方が、宜しいかと存じます。 せっかく、ロベルトが仕立てて参ったのです。 どうか、お乗り下さい 」
しぶしぶ、車に乗るサーラ。 御者の手綱は、ロベルトが持った。
ピエールが叫ぶ。
「 おい、マルセル! ジャン! ステップに乗れ! 貴様ら、シャンとして構えとらんと、後で営倉にブチ込むぞ! 」
「 はっ! 」
「 やった! ピュセル・サーラ様の車の衛士をやったなんて、末代までの語り草だぜ! 」
ピエールに呼ばれた2人の兵士が、槍を構え、ステップに乗る。
窓から顔を出し、サーラが挨拶した。
「 石畳で、結構に揺れます。 車から落ちないよう、お気を付けて下さいね 」
「 …う、うははいっ! お、お心遣い、有難う存じます…! 」
反対側の小窓も開け、もう1人の兵士にも挨拶する。
「 そちら様も、お気を付けて 」
「 は、ははひゃい…! 」
思いがけずに声を掛けられたからか、兵士たちは声を裏返し、慌てて答えた。
ピエールが、号令を掛ける。
「 全軍、進軍ッ! 」
ロベルトの隊は、イマイチ、事態が飲み込めていないようだ。 ピエールの隊の連中に、話し掛けて来る。
「 お、おい… アリウス皇帝陛下を、お助けするって聞いてるんだが…… 」
「 何で、フルール・リーフを掲げてんだ? いいのか? 勝手に使っちゃ、ヤバイ旗だぞ…! 」
ピエール隊の兵士たちが答えた。
「 バカ! てめえ、今、車に乗った方、知らねえのか? ピュセル・サーラ様だぞっ! 」
「 ロレーヌ・サーラ后様が、ご他界になられた今、この御旗を掲げる事が出来るのは、サーラ・ライメル様だけだ! オレたちゃ、ライメル王朝の歴史に残る、この幻の御旗を、堂々と軍旗として掲げて行軍出来るんだぞ! こんな名誉な事があるか? 」
「 これはな、聖戦なんだ! いいか、オレたちゃ、聖戦に行くんだぞ…? メシヤ様が、現れたんだ! ピュセル・サーラ様に、マルタン・メイスン、伝説の精霊士 クインシー・ド・レー、それに… この、幻の聖なる御旗『 ラ・フルール・リーフ 』だぜ? 従わない理由が、ドコにあんだよ。 てめえ、メシヤ様に逆らうんかっ? 」
一行は、40名ほどになり、王宮を目指して行軍を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます