第11話、作戦

 小高い丘の上に、城が見える。

 カレンダーの写真なんかにある、ヨーロッパの風景…… それに映っている城、そのものだ。

 白レンガで積み上げられた高い城壁。

 その城壁の角には、同じく、レンガで積み上げられた丸い円筒形の塔が林立している。 城壁の中は、どうなっているのかは分からないが、幾つもの塔の先端が見えるところから察するに、沢山の建物が建っているのだろう。

 

翌日、僕は、2階の小窓から見える城を眺めながら、パインのような果物を磨り潰したジュースを飲んでいた。

 2階建ての民家…… すぐ下には、石畳の細い路地階段があり、緩やかにカーブしながら、上の方にある大通りへと続いている。

 周りの民家は、全てレンガ造りだ。 ほとんどが、2階建て。 中には、3階建ての家屋もある。 密集して建っており、隣の建物との隙間は無い。 ヨーロッパの古い街並みのような感じだ。

 それぞれの建物に小さな小窓が付いている。

 洗濯物が干してある窓、プランターで花を育てている窓・……

 ここから見える風景は、平和そのものだ。

 観光ガイドブックにある写真のような風景に、僕は、しばし見とれていた。 高科にも、見せてやりたい……


 昨晩の騒ぎは沈静化し、街は、落ち着きを取り戻しつつあるようだった。

 階下の石階段を、果物売りの男が登って来る。 ハンドボールくらいの大きさの、緑色の果実をザルに入れ、天秤棒に担いで登って来る。

( ルネだ…… )

 果物売りを装い、城下の下見をしに行っていたのだ。

 やがて、すぐ下の扉を開け、入って来た。 僕も、階段を降り、下へ行った。

「 …あ、チャーリー様。 ただ今、戻りました 」

「 お帰り、ルネ。 どうだった? 街の様子は 」

 天秤棒を肩から下ろし、ルネは答えた。

「 想像していたより、静かですね。 排水溝の鉄柵は、錆びています。 1本、抜いてみました。 簡単に、手で抜けます。 3本抜けば、出入り出来るでしょう。 …召し上がります? 」

 ザルから取り出した緑色の果実を手に、ルネが尋ねた。

「 どんな味なんだ? 酸っぱいのかい? 」

「 甘いですよ 」

 ルネは、暖炉脇にあった棚に刺してあるナイフを取り、2つに切った。 それを更に2つに切り、中心部分にあったタネを取る。

( そう言えば、ヒマワリのタネ、旨かったな )

 甘い香りが、部屋に漂う。 旨そうだ。 僕は、持っていたジュースの入ったカップを置くと、切り分けた実を受け取った。 ひと口、食べてみる。


 …甘い。


 メロンのような味だ。 コレは、イケる……!

「 お、ウマイじゃないか ♪ 」

 僕は、ムシャムシャと食べた。

「 あら? パグの実を食べてるの? 美味しそうなニオイね! 」

 隣の部屋から出て来たサーラが言った。

 ルネが勧める。

「 どうぞ、サーラ様 」

「 有難う。 …うん、美味しいわ! もう1つ、貰っちゃおうかしら 」

 ひと口食べて微笑み、切り残っている実を、1つ摘みながら言うサーラ。

 僕らと接する時のサーラは、お茶目で無邪気だ。 昨晩のロワール橋での時とは、まるで別人のようである。 どちらが、本当のサーラなのだろうか…?


 やがて、階段脇の扉を開け、地下倉庫からメイスンが出て来た。 昨晩以来、姿を見ていなかったクインシーも一緒だ。

 この城下には、下水道が完備され、各家々の下には、石組みの地下堀があるらしい。 網の目のように張り巡らされ、人目を避けて移動するには、事のほか便利、との話しだ。 クインシーとメイスンは、その地下堀から出て来たようである。 そんな『 抜け穴 』のような所を使い、ドコへ行っていたのだろうか…?  相変わらず、アヤシゲな行動をしている2人だ。


 クインシーが言った。

「 皆、揃っておるようじゃな。 …チャーリー殿、かような事態になり、誠に相済まぬ。ついては、我が祖国の秩序回復にあたり、お願いしたき儀があります 」

 ……来た。 ナニを、させる気なの? ジイさん。 僕は、フツーの高校生だ。 クーデターを収める力なんぞ、無いんだケド……?

 改まって言うクインシーに、一抹の不安を覚える。

 僕は、傍らにあった木のイスに座ると言った。

「 僕に、出来る事ですか? 」

「 多分…… 」


 …多分? カンベンして下さい。


 メイスンは、窓側にあった執務机のイスに座った。

 サーラは、パグとか言う実を切り分け、メイスンの執務机の上に置く。 ルネが、パグの実を乗せた皿をクインシーにも渡したが、クインシーは、手を軽く振ってそれを遠慮し、暖炉脇にあった揺り椅子に腰を下ろすと続けた。

「 現在の状況を打破するには、サーラ様のおっしゃった『 メシヤ 』の存在が得策じゃ。 ついては、チャーリー殿… その、メシヤを演じて頂きたい 」


 は……? ナニ言ってんの? ジイ様。 僕、精霊士でも何でもないんだケド……?


 固まって、無言でいる僕に、メイスンが言った。

「 チャーリー殿に、『 聖なる剣 』を抜いて頂きたいのです…! 」


 …だから、フツーに無理だってば。


 更に固まっている、僕。

 昨夜、クインシーの家で、奥の部屋にこもり、密談していたのは、この事だったのだろうか。 ハムスターに戻して、王宮に潜入させるのかな? とは想像していたが、王宮に入るトコまでは同じでも、設定が激しく違う。

 僕は言った。

「 ……出来ません。 無理っス 」

 簡潔な答え。 シンプル・イズ・ザ・ベスト。 これ以外、ナニも言えない。

 はたして、クインシーは答えた。

「 出来る 」

 …ナンで、言い切る? アンタ、さっき『 多分 』って言ったろ? 根拠は、あるのか?

 クインシーが言った。

「 根拠は、ありますぞ? チャーリー殿 」

 うげ、心を読んでやがる…!

 僕は言った。

「 伝説の精霊士ってのは、1級を持っていなくちゃならないんだろ? 僕には、無い。 それに、王家の血も引き継いでいなくてはならないって聞いたぞ? それも、僕には見当外れだ。 まあ唯一、該当する資格は18歳以下の男、ってコトだけだ 」

 クインシーは、じっと僕を見据えながら言った。

「 チャーリー殿には、サーラ様の術が、未だ掛っておるのじゃ。 精霊の力を借りて術を掛ける場合、術を掛けた者の力が、色濃く反映されるもの… つまり霊的には、チャーリー殿は、サーラ様に、限り無く近い血縁関係にあるワケじゃ 」


 …なんと! 自然科学を超越した、驚くべき展開。 まさに、ファンタスティック…! 是非にも、DNAを見比べてみたいものだ。


 僕は言った。

「 つまり…… 僕は、王家の血筋を引く男子に、限りなく近い存在… ってワケかい? 」

「 そうなるかの 」


 ……アンビリバボー……!


 段々と、読めて来た。

 王宮に乗り込み、『 聖なる剣 』を抜き、『 メシヤ 』を名乗り、『 神の言葉 』として現状の治安回復を、声高に叫べ… と、言う事だろう。

 クインシーが言った。

「 良く、お分かりのようじゃな 」

 …心を読むな、っつ~の…! やり難いわ。

 僕は言った。

「 1つ、問題が… 」

「 封印解除は、この私がやりましょうぞ? チャーリー殿は、その後、聖剣を抜いて下さればよいのじゃ 」


 …心を読まないで下さい。


 メイスンが言った。

「 現在のところ、聖剣に触れる事が出来ると推察されるのは、おそらく、チャーリー殿だけでありましょう。 他の者が触れると、雷に打たれてしまいます 」

 ホントに、触った途端、ビリビリッて来ない? ヤだよ? 黒コゲになるのは……!

 ルネが言った。

「 チャーリー殿は、2級をお持ちです。 クインシー様がついておいでなら、尚の事、大丈夫ですよ! 」 


 だから、持ってないっつ~の!


 サーラが言った。

「 お願いします、チャーリー様……! 民は、平和を望んでいます。 心安らかに暮らして行ける平和な国を、チャーリー様のお力で、叶えてやって下さいまし……! お願いです 」

 両手を組んで、ウルウルした目で嘆願する、サーラ。


 ……何か、サーラの目を見ていると、イケそうな気がして来た。 だけど… やっぱ、怖えぇ~なぁ~……!


 王宮には、レスターの私兵、ハインリッヒとか言う将軍の兵たちが、ウヨウヨといるはずだ。 おそらく、僕を援護してくれる手数は、今、ここにいるメンバーのみだろうと推察される。 サーラは、あくまで旗印だ。 戦力には程遠い。 昨晩、ロワール橋の上で出会い、サーラに忠誠を誓ってくれたピエールとロベルトを足しても、心もとない人数である。

 メイスンが言った。

「 手数は、動き易いよう、ワザと少なく致します。 王宮に潜入するのは、チャーリー殿とクインシー殿、護衛としてルネが同行致しますが、3名のみです 」

( し、死ぬう~~~っ! そんなの、絶対、死ぬう~~~っ! ヤダぁ~っ! 僕、槍や剣で串刺しにされ、死んじゃうんだぁ~っ! ヤダ、ヤダ、ヤダああぁ~~~っ! ハムスターになっちゃってもイイから、今すぐ、僕の世界に戻してくれえぇ~…! )

 訴えるような目で、クインシーを見つめる、僕。 しかし、クインシーは『 ダメです 』と言うような目つきで、僕を見つめていた……

 メイスンは続けた。

「 サーラ様を押し立て、ラ・フール・リーフの御旗を掲げて、我々は堂々と、王宮の正面から参ります。 幻の王女… いや、王位継承を正統に継ぐサーラ・ライメル様が、メシヤを呼び寄せた、との話しを、声高に叫びながら…! 護衛は、ピエールたちを蜂起させます。 まあ、せいぜい1個中隊くらいですが、ハインリッヒの兵たちも、メシヤの出現の真意を確かめるべく、あまり表立って手荒なマネは出来ないはずです。 しかし、メシヤであるとするチャーリー殿が、目視確認出来た場合、どさくさに紛れて暗殺、と言う強硬手段に出て来るやもしれません 」

 クインシーが言った。

「 チャーリー殿は、サーラ様たちが『 聖なる剣 』が保管してある『 鳳凰の間 』にご到着するまで、お姿は、お見せしない方が良いのじゃ。 密かに潜入し、合流する… これしか、手は無い 」


 ……もう、勝手にして。 まな板の上のコイじゃん……


 僕は、物騒な連中が、大挙してたむろする王宮へ潜入する事となった。 しかも、救世主『 メシヤ 』としてだ…!

 メッチャ、帰りてぇ~よぉ~、高科ぁ~~……!

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