第9話、ロワール橋にて

 しばらくすると、メイスンに付き添われ、サーラが帰って来た。

「 お帰りなさい、ピュセル・サーラ! 」

 ルネが、扉を開けながら、サーラたちを出迎える。

「 久し振りね、ルネ! 元気だった? 」

 サーラが、嬉しそうに言った。

「 はい、おかげ様で 」

 扉を閉め、かんぬきを掛けると、横にあった小窓から外をうかがいながら、ルネは答えた。

 サーラは、ルネの、腰に下げた短刀を見つけたようだ。

「 まあ! 2級、合格したのね? ルネ! おめでとう! 」

 ルネは、短刀に手を触れると、笑いながら答えた。

「 有難うございます。 ピュセル・サーラも、すぐに合格しますよ。 私とは、才能が違います。 クインシー様の特訓で、私などは、ようやく合格出来たのですから 」

「 私、イマイチなのよね… 精霊たちとは、良くコンタクト出来るのだけど、中々、協力してもらえなくて… 」

 舌を出し、苦笑いするサーラ。

 どうやら、サーラたちが駆使する『 力 』は、精霊と呼ばれる、様々な神のような者たちの力を借りて行われるものらしい。 精霊術士とは、それら小さな神々たちとコンタクトする能力に長け、神々たちの力を操る特殊技術を駆使する者の事を指すのだろう。 今のところ、まだまだ駆け出しのサーラには、あの、ミニチュア老人程度の下級精霊しか相手にしてもらえないわけだ。 どうりで、あのミニチュア老人… ヤル気、無さそう~だったもんな。 …にしては、出したタマゴは、見事に威力を発揮しやがったが… どうせなら、いっそ不良品だったら良かったのに。


 メイスンが、僕に言った。

「 チャーリー殿、隠れ家を替えましょう。 私の家へ、ご案内致しますので、ご同行願えますか? 」

 イヤだと言っても、連れて行くんだろ? まあ、先程の物騒な連中が、またやって来るかもしれないし、行くか……

「 分かった。 案内してくれ 」

 そう言って膝の上に置いていた剣を取り、立ち上がると、メイスンが言った。

「 …ほう…! これはまた、年季の入った聖剣……! 精霊術士だったとは、気付かなかった。 1度、お手合わせを願おうか 」

 違う、っちゅ~に…! そこんトコに、あったヤツだよ!

 サーラも、驚いて言った。

「 ええっ? そうだったんですか? チャーリー様! 存じませんでした 」

 これは、訂正せざるを得まい。

 僕は答えた。

「 ち、違うよ…! 学校で、剣道を習っててさ。 結構、好きだったんで、気になってさ。この剣は、ソコの暖炉脇にあったヤツだ 」

 サーラが言った。

「 チャーリー様の世界では、皆、ケンドウという精霊術を習うのですか? 凄いですね! 今度、お見せ下さい 」


 …激しく、カン違いをしとるがな。


 メイスンが言った。

「 私とは、是非とも、お手合わせを…! 」

 アンタも、強烈にカン違いしとるわっ! 違うっちゅう~の!

 ルネが言った。

「 私は、少し拝見させて頂きました。 何やら、大そうに威厳ある呪文のように、お見受け致しました 」

 浪花節が、呪文に聞こえたの…? もういいよ。 スキにして、みんな。 僕もう、どっかで寝たくなっちゃったよ……

 どうにでもして下さい、という感情が沸き起こり、僕は、それ以上の陳述を避けた。


 遠くで、梵鐘が鳴っている。

 運河の向こう側… 民家の家々の後方には、薄くたなびく煙が見て取れた。 夜空をバックに、星をぼやかしながら、ゆったりと流れて行く……

 街は、先程よりは幾分、静かになったようだ。

 時折り、民家の扉が開かれ、住民が外に出て来るが、その多くは辺りを見渡し、急ぐようにどこかへと走り去って行く。


 メイスン、ルネに守られるようにして、僕とサーラは、夜の運河沿いを歩いた。

「 ロワール橋が、見えて来ました 」

 メイスンが指差す前方に、赤レンガ造りの立派な橋が見える。 約、200メートルくらいの長さがあるだろうか。 カンテラを等間隔に下げ、チラチラ揺れる灯を水面に映す光景は、何とも美しい。 橋の中央には、見晴らしも設けてあるようだ。

 メイスンが言った。

「 あれを、渡らねばなりません。 橋のたもとに、衛兵がおります。 何くわぬ顔で、参りましょう。 …ルネ、イザとなったら、チャーリー殿を守るのだ。 勿論、サーラ様もな 」

「 分かりました…! 」

 唇を噛み、橋を睨む、ルネ。

 メイスンが言ったように、数人の兵士の姿が確認出来る。 橋を渡る者を検閲しているようだ。


 …すっげ~、不安なんだケド…!


 クインシーの家から持って来た、例のボロ剣を握り締める僕。 柄を握る掌が、べっとりと汗ばんで来た……!


「 止まれ。 城下に、何用か 」

 甲冑を着た兵士の1人が尋ねた。 先頭を歩いていたルネが応対する。

「 城下、シノン地区に住む、ルネと申します。 ロッシュが、大火で危ないので… 友人・知人を、私の家に案内するところです 」

「 シノン地区だとぅ~? 」

 兵士は、じろりと僕らを見渡しながら言った。 傍らにいた、もう1人の兵士が、木の板に挟んだ何枚もの紙をめくり、言った。

「 シノン地区、ルネ… うむ、確かに住民だ。 通っていいぞ 」

( …ホッ…! )

 どうやら、イケそうだ。 だが、最初の兵士が、口を挟んだ。

「 ちょっと待て。 …おい、お前。 マントの中を見せろ 」

 メイスンに向かって言う、兵士。 メイスンが答えた。

「 私の家も、シノンにある。 …貴様、無礼であろう? 相手の確認もせず、いきなり命令口調とは。 氏名・所属を申告せよ 」

 貴様、と言われて一瞬、兵士は引いた。 暗くてよく分からなかったようだが、兵士は、メイスンが羽織っているマントの模様に気が付いたようだ。

「 …こっ、これは失礼致しました…! ご無礼、何卒、平にご容赦を…! 」

 メイスンのマントに、一面に刺繍してある模様… おそらく紋章だとは思うが、多分、王家に関係する家柄のものなのだろう。 それを、着用する事が出来る身分… つまり、一兵卒が気軽に声を掛ける事など、本来は絶対に出来ないと言う事実を示唆する。 他にも、数人の兵がいたが、一斉に敬礼をした。 緊張した表情で、微動だにしない。

「 今宵は、先を急ぐ。 命拾いしたな、貴様 」

 不敵な笑いを浮かべ、兵たちの前を過ぎるメイスン。 先程の兵士の顔には、ミョーな脂汗が吹き出していた。

( どうやら、通してくれそうだ )

 再び、ホッとする僕。 心臓に悪いぜ…! こんなんだったら、もう1度、術を掛けてもらって、ハムスターになった方が良かったかも……

 兵たちの前を通り過ぎ、数歩行ったところで、再び、呼び止められた。

「 お待ち下さい、皇家の方様…! 」

 立ち止まる、僕ら一行。

 呼び止めたのは、他の兵たちとは違う、多少飾りが付いた甲冑を着た兵士だった。 どうやら下士官らしい。 分隊長、と言ったところだろうか… 暗くて分かり難いが、歳は30代くらいのようだ。

 兵士は言った。

「 その紋章は、もしや、マルタン家のものでは……? 」

 振り向かず、メイスンの右眉が、ピクリと動く。

 兵士は、続けて言った。

「 失礼ながら、申し上げる。 ハインリッヒ閣下の兵にて、第2騎兵隊所属のピエール曹長です。 …マルタン家は、先の皇后、ロレーヌ・サーラ后のお父上であらせられたブルゴーニャの領主、ロレーヌ・ベルトラン大公に仕えた名家。 我々が拿捕しようとしているシーザ・ピュセル・サーラ・トゥル・ライメルとも関係が深い。 貴殿は、もしや… マルタン・メイスン… 」

 ちいっ、と言う表情と共にマントをひるがえし、聖剣を抜くメイスン。 と、同時に、兵たちの方を振り返り、仁王立ちになった。

「 全霊なる精霊たちよ、我に、力を与え賜え! 」

 抜き身の聖剣を額にかざし、祈るメイスン。

「 …や、ヤツがメイスンだっ! 」

「 うわ… じ、術を使おうとしているぞっ! 」

 慌てふためく、兵たち。 一斉に、持っていた槍を構え、こちらに突撃しようとする。

 ピエールとか言う曹長が、彼らを制した。

「 やめろッ! かなう相手ではないっ! 」

 しかし、数人の兵たちは、ピエールの制止を無視し、突っ込んで来た。

「 ハッ! 」

 聖剣を振り下ろすメイスン。

 ピュッ、と言う、短い風切り音。 聖剣の先から青白い光が、振り降ろされた聖剣の矛先をトレースするかの如く、激しく放電する。

「 うぎゃッ! 」

「 あぶぶッ…! 」

 感電したように、兵たちは仰け反り、一斉に橋の上に転がった。

 …パチッ、パチッ、とメイスンの聖剣の先から、青白い光が発光している。

 あっという間に仲間を倒され、残ったピエール曹長と、1人の兵。

「 そ、曹長殿…! ど… どど、どうすれば…? 」

 槍を構えたまま怯える兵に、ピエールが諭すように言った。

「 見たか…? 聖剣を持った精霊術士には、充分に注意せねばならぬ。 やつら、神に近い存在なのだ 」

 メイスンは、静かに、ピエールに言った。

「 貴殿… 我々の事を、熟知しておるようだな。 見れば、それなりの年齢と推察する。王宮兵役も、初めてでは無いな? 以前は、どこの君主に仕えておったのだ? 」

 ピエールと言う曹長は、答えた。

「 …レミール領主… カレ・リッシュモン伯爵だ 」

「 ほう…… レミールの、リッシュモン卿か…… 」

 メイスンは、聖剣を鞘に納めると続けた。

「 ピエールとか言ったな。 家は、どこだ? 」

「 ロ… ロゼールトールの、プーシェ… 」

「 プーシェ家か…… 」

 マントを直し、メイスンは続けた。

「 代々、カレ家に仕えた家だ。 カレ家は、レスター卿に滅ぼされたと聞く。 貴殿、かつての君主を滅ぼした宿敵に、よく仕えていられるな… 貴殿の騎士道は、2枚舌か? 」

「 言うな、マルタン! 一族を、路頭に迷わす訳にはいかぬのだ! 代々、軍人家系として続いた、プーシェ家の生きる道なのだ…! 」

 対峙するメイスンと、ピエール。

 メイスンは、しばらく無言でピエールを見つめていたが、やがて呟くように言った。

「 貴殿とは、刃を交えたくは無い…… 」

 ピエールが答える。

「 勝ち誇った言い方だな 」

「 …… 」

 メイスンは、じっとピエールを見つめていた。

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