第8話、ピュセル・サーラ
「 見事な、惑わしじゃ、チャーリー殿…! 」
奥の部屋から、抜いていた剣を鞘に収めつつ、クインシーが出て来た。
「 恩に着ますぞ、チャーリー・ミハーラ殿 」
メイスンも、剣を収めながら言った。
君… 勝手に、人の名前を捏造せんでくれるか……?
修正すべく、発言しようと思ったが、面倒臭いのでヤメた。
「 とっさで、テキトーかましてやった。 うまくいって良かったよ。 ビビったぜ 」
ホッとした僕は、ず~っと、持っていたままだったカップを口に運び、思わず飲んだ。
「 うが、ごぼっ…! にっ、にっがぁ~~~っ! ゴホ、ゴホっ! オエッ…! 」
激しくムセる、僕。
サーラが言った。
「 精霊士の飲み物、コッヒーよ。 聖なる、飲み物なの 」
…マジっすか? その、フザけた名前。
クインシーが、小窓のカーテンを少し開け、外の様子を窺いながら言った。
「 よし… 誰も、おらぬようじゃ。 行こうか、メイスン。 サーラ様も、来るのじゃ 」
…あの~、僕は…?
クインシーが、僕の方を振り返り、言った。
「 チャーリー殿… そなたは、この国を救う事になるやもしれぬ大切な方じゃ。 いずれ、大事を頼まなくてはなりますまい。 しばらくは、ここにいて下され。 じきに、迎えをよこします 」
「 ち、ちょっ…! 大事って何だ? 僕は、一刻も早く元の世界に… 」
「 ゆくぞ、メイスン! 大いなる神の、ご加護があらん事を! 」
黒いマントのような衣をひるがえし、クインシーは、闇の中へと出て行った。 続いてメイスンも、紋章の刺繍されたマントをひるがえし、さっそうと出て行く。
カッコええけど… お前ら、勝手に俺を巻き込むなっ! 俺は、帰りたいんじゃ、ボケ! チャーリー・ミハーラって… ナンじゃそら!
カップを持ったまま立ち尽くす僕に、サーラは言った。
「 チャーリー様、行って参ります! 」
「 …あ、ああ… 行っといで。気を付けてな 」
思わず、送り出してしまった僕。
サーラは、うやうやしく僕にお辞儀し、クインシー、メイスンの後を追って、足早に闇の中へと消えて行った。
「 …… 」
無意識にカップを口に運び、何気に飲む。
「 うごあっぷ! ゴホ、ゴホっ…! オエッ! オエエ~ッ! 」
…コイツは、捨てる! 持っているから、イカンのだ…!
僕は、カップの中のブキミな液体を、扉の外へ捨てた。
…待っていろ、と言われても、ナニもする事がない。
僕は、しばらく暖炉の前に体育座りをして、チラチラと燃える火を眺めていた。
( 高科… 今頃、何してるのかな? 帰りてえよぉ~…… )
ふと、暖炉脇を見ると、古ぼけた剣が立て掛けてあった。 いかにも中古で、使い古されたもののようだ。
「 ふ~ん… 剣かぁ…… 」
剣道は、中学の体育の授業で、やった事がある。 僕的には気に入っていて、ちょっと高い竹刀を自前で購入し、自宅にも置いてあった。 時々、気分転換に、素振りなどをしていたものだ。
僕は、立ち上がり、剣を取った。
ズシリとした重さ、角の磨り減った鞘…… 結構、シブイ。
柄に手を掛け、ザリザリ… と、剣を抜いてみた。 あちこち、刃こぼれをしている。どうやら、練習用の剣のようだ。
鈍く光る抜き身を、高々と構えて、僕は悦に入った。
「 …ふっ、今宵の小鉄は、ひと味、違おうぞ…! ええいっ、止めるな、みずき。行かねば… あ、行かねばぁ~、ならぬぅのだあアぁ~…! 」
勝手に、高科を引き合いに出し、ほざく。
「 チャーリー様 」
イキナリ、後から声がした。
びっくりして、扉の方を振り返ると、そこには、麻のようなシャツを着た1人の男が立っていた。 気配を消して入り口から入って来たのだろうか…… だとしたら、この男も、クインシーやメイスンと同じように『 ただ者 』ではあるまい。
「 …だ… 誰? 」
僕が尋ねると、その男は、うやうやしくお辞儀をしながら答えた。
「 クインシー様に仰せつかり、参りました。 ルネと申します 」
歳は、20歳ぐらいだ。 長めの金髪に、鼻筋の通った、割とイケ面の男である。
履き古したようなベージュのズボンを履き、ショートブーツの革靴。 腰には、やはり剣を下げている。 しかし、クインシーや、メイスンたちが下げていたような剣ではなく、短い短剣のような剣だ。 鞘は無く、腰のベルトに付けた皮製のホルダーのようなものに入れて下げていた。
「 ルネ…… 」
僕は、例の剣を持ったまま、小さく彼の名を復唱した。
「 はい。 ルネ・ド・レーと申します 」
再び、小さくお辞儀しながら答える彼。 クインシーと、似たような名前だ。
彼は続けた。
「 異界との、交信の邪魔をして申し訳ありません。 お続け下さい 」
先程の、僕の戯言を、ホンキにしているようだ。 僕の事を、精霊士だと思ったのだろうか。 マジで信じさせると、後でバレた時に、紳士的なヤツの性格が豹変するかもしれん……
僕は言った。
「 いや、大した事じゃない。 独り言のようなもんだ。 気にしないでくれ 」
苦笑いしながら、剣を鞘に収める僕。
ルネと名乗った男は、窓の外の様子をうかがいながら言った。
「 異界からおいで頂いた精霊士の方には、初めてお会い致します。 かような事態になりまして、誠に申し訳ありません。 しばし、お待ち下さい 」
…やっぱし、カン違いしてんじゃん。 精霊士じゃないんだケド…?
僕は言った。
「 あの… 僕は、単なる高校2年生だよ 」
( 高校2年って、分かるかな? )
ルネが答える。
「 ほう、高等2級をお持ちなのですか 」
…思いっきし、違うし。
ルネが、僕の持っていた剣を見ながら続けた。
「 異界の2級は、こちらでは1級に相当するようですね。 聖剣は、1級を取得した者でないと、帯刀を許されません 」
コレ… そこに置いてあったの。 僕のじゃ、ないんだけど……
やはり、完璧にカン違いされている。 何で、常に、ややこしい方向へ進んで行くんだ? もう、知らん…
説明するのが面倒臭くなった僕は、先程、メイスンが座っていたソファーに腰掛け、剣を膝の上に置くと尋ねた。
「 ルネ・ド・レー… とか言ったね。 クインシーも正式には、クインシー・ド・レーなんだろ? 親戚かい? 」
外を、うかがうように見たまま、ルネは答えた。
「 はい。 私の、叔父にあたります 」
「 どれが、名字なの? 」
ルネは、僕の方を見ると答えた。
「 ルネが、名前です。 『 ド 』は息子、『 レー 』は家系です 」
なるほど。 レー家の息子、ルネ… か。
長くなればなるほど、色んな称号やら家系があると言う事だ。 貴族みたいだな。
…じゃ、あの長ったらしいサーラの名前は、何だ?
僕は、再び尋ねた。
「 サーラについて、知っているかい? 」
「 シーザ・ピュセル・サーラ・トゥル・ライメル様ですか? 」
…よく、いっぺんで言えるな。
「 そうそう。 その… シーザ・ピュ何とか、ってのだよ 」
ルネは答えた。
「 多くの民は、『 ピュセル・サーラ 』と呼びます 」
( 民だと……? )
やはり、貴族か何かの出身なのだろうか? 一平民では、なさそうだ。
ルネは続けた。
「 ピュセルは『 娘 』の意味です。 トゥルは、朝名の前に付ける称号のようなものです 」
クインシーとメイスンが話していた時に言っていた『 ライメル王朝 』の事なのだろう。 現在の王朝名だ。 確か、皇帝はアリウスとか…
え? ちょっと待て。
トゥル・ライメルで『 ライメル朝 』だろ? そこに、娘って事は……
ルネは続けた。
「 シーザは、『 王 』の意味です 」
「 …… 」
ピュセルは、『 娘 』… シーザ・ピュセルで、『 王女 』になる。 全部、合わせると、ライメル王朝の王女、サーラ… ってコトになるじゃないかっ…! サーラは、アリウス皇帝の娘だってのかっ? 何で、こんな『 下町 』に出入りしてんだ? 母親が、召使だったりして……
物凄い展開に、しばし唖然とする、僕。
僕の表情に、ルネは言った。
「 ご存知なかったようですね。 …そうです。 サーラ様は、アリウス皇帝陛下の前后、ロレーヌ・サーラ皇后様の1人娘であらせられます 」
…ガーン! 貴族どころか、皇族のお嬢様だ…!
しかも、やっぱり皇帝陛下の娘… いや、姫と来た……!
開いた口が塞がらない、僕。
ルネは、尚も続ける。
「 サーラ様が、お生まれになった半年後、皇后様は、ご病気でお亡くなりになられました。後の皇后様… 現在の、リヒャルト・フェリス皇后様に、男子のお子が、お生まれになられた際、サーラ様は自ら、王宮を去られたのです 」
…どうやら、深い事情も交錯しているようだ。
( もし、サーラが王宮を去らず、皇族の大公家より、入り婿でも迎えたら… サーラは、皇后になれる。王妃だ……! )
どうりで、あのメラニーとか言った女性の対応が、うやうやしかったハズである。
僕は、名前の意味を理解したところで、全ての全容が、把握出来たような気がした。
あの、メイスンは… おそらく、サーラが王宮を去る際に、不憫に思った皇帝が付けた侍従だ。 多分、皇族時代のサーラの周りに、何百人といたであろう教育係の長だ。 当然、精霊術にも、長けているはずである。
( そして、この反乱か。 コイツは、エライ事になって来たぞ……!)
謀反を起こしたレスターにとって、王宮は制圧したものの、民衆に、未だ根強い人気がありそうなサーラと、その一部関係者は、目の上のタンコブだ。 幽閉を免れた皇帝派の頭に立ち、返り討ちに出て来る確立は、火を見るより明らかだと考えているんだろう。 だから、血眼になって探し回っているんだ……!
( その、お尋ね者ナンバー2の家にいる僕って、メッチャ、ヤバイんじゃないの? とりあえず、さっきは『 僕の家 』ってコトで、落ち着いたんだケド )
僕は、衝撃の事実と、現在の状況にかなりビビったが、それを悟られないように、多少、テキトーをかませ( お得意 )言った。
「 ふと、導かれるように、この異界に立ち寄ったのだが、大変な時に来てしまったようだ 」
ルネは、また、うやうやしくお辞儀をしながら答えた。
「 大事が、チャーリー様を呼び寄せたのです。 わが祖国の為の大儀、心より御礼申し上げます 」
…ねえ、その『 大事 』ってナニ? クインシー爺さんたち、ナニを企んでるのかな? 教えて。ダメ? あっそう…
前途を表すかの如く、赤々と燃える暖炉の薪が、パシッと音を立てた……
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