第7話、招かざる客
クインシーに、僕は言った。
「 お取り込み中、失礼しますが、僕を早く、元に戻して頂けませんか? 」
忘れていた、と言うような表情のクインシー。 ちらっと、メイスンに目をやる。 了解したような目をしてメイスンが立ち上がり、サーラの肩に乗っている僕に近付いて来た
デカイ手で、むんずと僕を掴むメイスン。 おい、もっと優しく掴めよ…!
僕を床に置いた。 …そのまま、踏むなよ? てめえ。
メイスンは、剣を抜くと、ブツブツと何やら呪文を唱え始めた。 剣を顔の前に立て、目を瞑っている。
「 ハッ…! 」
短い掛け声と共に、剣を振り下ろす。 一瞬、青白い光が剣先から放たれたかと思うと、僕の体に当たり、小さな光となって周囲に飛び散った。
「 …… 」
視界が、急に高くなった。 僕の目線の、やや下にサーラの顔がある。
顔を下に向け、自分の体を見る。 …学生服だ!
両手を見る。 …フツーの人間の手だ!
両手を両頬に当てる。 …毛が無い!
( やった! 元に、戻ったんだっ! 鏡、無いか? 鏡…! )
辺りをキョロキョロ見渡す僕の心情を察したのか、サーラは、棚に立ててあった小さな鏡を手に取ると、僕の方に向けた。
…ヒビの入った鏡に映る、懐かしの僕の顔…!
「 戻った! やった、元に戻った! 」
僕は、有頂天になった。 やっと、人間の姿に戻れたのだ。 僕は、ホッとした。 これで、あとは帰るだけだ。 5ペインだか、10ペインだか知らんが、ナンボでも払うぞ? 早いトコ、ずらかろう…!
クインシーが、僕を見て言った。
「 …ほう。 それは、異国の世界の衣ですかな? 変わった装束じゃな 」
僕は答えた。
「 学生服だよ。 俺の住んでいる国じゃ、学生は皆、コレを着るんだ 」
ブレザーの制服の方が多くなったかもしれないが、それを説明するのが面倒臭いので、僕は、そう答えた。
メイスンが言った。
「 今、確かに、貴方様の姿を元にお戻ししましたが、術は、完全には解けていません 」
……は? ど~ゆ~コト?
訝しがる僕に、メイスンは続けた。
「 サーラ様が術を掛けたのは、貴方様の世界での事… つまり、本来ならば、まず貴方様の世界に戻り、そこで解術しなくてはならないと言う事です 」
僕は言った。
「 と言う事は、このまま、僕の世界に戻っても、また、ハムスターになっちゃう… ってコト? 」
「 ハム… スター、と言うのですかな? 先程の小動物は。 その通りです 」
「 …… 」
う~ん… 解けたようで、解けていないってコトか。 釈然とせんな… いつ、それをやってくれるのだろうか?
恨めしそうな目で、メイスンを見つめる僕。 メイスンは、僕の表情を読んだのか、言った。
「 しばらくは、そのままで、ご勘弁願いましょうか。 こちらの事情は、ご解頂けていると思いますが? 」
剣を収める、メイスン。
サーラが言った。
「 しばらく、私の家でお待ち下さい、チャーリー様 」
だから、その名前、違うって… もう、いいや。 どうでも良くなって来ちゃったよ、僕。
メイスンが、クインシーに言った。
「 では、クインシー殿、参りましょう 」
メイスンに、声を掛けられたクインシーだが、彼は、じっと僕を見つめている。
……ナニ? 僕の顔に、何か付いてる……?
僕を見据えたまま、執務机から、ゆっくりと立ち上がるクインシー。
やがて、クインシーは言った。
「 メイスン…… 妙案が浮かんだ… ちと、相談事じゃ。 奥の部屋へ、来てくれるか? サーラ様もじゃ。 …チャーリー殿、しばし待たれよ 」
意味ありげな表情の、クインシー。
( ハムスターに戻して、王宮に潜入させようってんじゃねえだろうな? 向こうにだって、精霊術士はいるんだろ? すぐに、見破られるんじゃないの? )
執務机の後にあったドアを開け、メイスンとサーラは、クインシーに続いて入って行った。
ううむ… どうにも、厄介な事になりつつあるようだ。
クーデターと言う事らしいから、そんなに簡単に事が済むとは思えない。 しばらくは、この世界にいなきゃいけないようだ。
アッチ(僕の世界)では、どうなっているのだろうか? 愛しの高科は、自分の部屋で眠ったままなのだろうか。 ああ、逢いたい、高科……!
暖炉のある居間に、1人残された、僕。
先程、クインシーが、サーラに注いだ飲み物が気になり、鉄製のヤカンを暖炉から取ってみた。
上部にあったフタを開け、立ち上る湯気を嗅ぐ。
…結構、香ばしい香りがする。これなら飲めるかも…
壁に造り付けてあった棚からカップを取り、注ぐ。 茶色の液体だ。 ヤカンを暖炉に戻し、もう一度、カップから立ち上る湯気の香りを嗅ぐ。
「 うん、イケそうだな 」
ズゾゾー、とすすってみた。
…すんげ~、ニガイ!
「 んはぁ~~~っ! ナンじゃ、こりゃ…! にっが~~っ! 」
サーラたちの味覚神経は、どんなふうになっているのだろう。 とてもじゃないが、飲めたモンじゃない。
カップに残ったのを、どうしよう? 捨てるのも失礼だし… ヤカンに戻すか?
僕が悩んでいると、入り口の外が、にわかに騒がしくなった。 多数の人間が来たらしく、人の気配がする。
( 客かな? )
ガチャ、ガチャと、甲冑が触れ合うような音が聞こえる。 どうやら、兵士たちらしい。 動物の鼻息のような声も聞こえた。
…民家を襲撃して、食料を強奪していた兵たちの姿が思い出される。
僕は、緊張した。
確か、隊長と思われるヤツは、馬のような動物に乗っていた… 外の、動物の息使いは、それと同じもののように思われる。
サーラたちは、王宮に関係する人物らしい。 クインシーは、元 衛兵の勇士だった… となれば、外にいる連中は、歓迎されない連中なのか?
( どうしよう… サーラたちを呼んで来ようか )
カップを持ったまま僕は、にわかに、アセり始めた。
やがて、扉が激しく、乱暴に打ち鳴らされる。
「 ここを開けろッ! クインシー・ド・レー! 用があるッ! 出でよ! 」
( クインシーを呼んでるぞ…! )
やはり、仲良く茶を飲みに来たような雰囲気ではない。 明らかに敵意、剥き出しの口調である。
声の主は、更に叫んだ。
「 シーザ・ピュセル・サーラ・トゥル・ライメル! お前も、中にいよう? 大人しく出て来れば、危害は与えぬ! 」
…誰? それ。 すんげ~、長ったらしい名前だな。 サーラの事か?
他の者の声が、聞こえた。
「 隊長、破りますか? 」
「 いや、待て… マルタン・メイスンも、潜んでいるやもしれぬ。 いたとしたら、厄介だ 」
「 修道士くずれの精霊士など… 手勢では、こちらが有利ですぞ? 槍隊も、おりますゆえ 」
「 たわけ者。 メイスンを侮るな 」
どうやら、開けてやった方が良さそうだ。
サーラたちは、奥の部屋にいる。 外で乱闘になるよか、狭い室内の方が、何かと都合が良いのかも知れない。 いずれにせよ、外の連中は、室内に入って来るだろう。 その時、居合わせた僕を、問答無用とばかりにテキトーに、槍で串刺しされてはたまらない……!
僕は、扉のかんぬきを抜き、そっと扉を開けた。
「 …うおっ! クインシー・ド・レー! 大人しく… 」
扉近くにいた男が、物凄い形相で叫んだが、僕の顔を見て、出鼻を挫かれたように言葉を飲んだ。
「 いらしゃいませ… えへへ…? 」
カップを持ったまま、か細く言う、僕。
「 だ、だっ、誰だ、貴様っ…! 」
ローマ帝国の兵士が被っていた、赤いモヒカンのような毛を立てた兜を被った男が言った。 馬のような動物にまたがっている。 周りにいる雑兵とは、明らかに違う豪華な甲冑を着込み、鼻下にヒゲを生やしていた。 30代くらいだろうか。育ちの良さそうな顔立ちをし、精悍な目つきだ。
その男の周りには、槍を構えた兵士たちが、扉を囲むようにして立っていた。 ゆらゆらと、月の光が反射する運河の水面をバックに、銀色に、鈍く反射する兵たちの甲冑。 一斉に、こちらに向けられた鋭利な槍の剣先に、月の光が一際、鋭く光っている……!
馬(みたいな動物)に乗った、ヒゲを生やした士官らしい男は、言った。
「 …その方、不可思議な衣を着ておるな…! さては、修道士の連れ合いの者か? 名を、何と言う。 名乗れ 」
「 三原っす 」
「 ミハ… ラ……? さて、聞かぬ名だ。 貴様、クインシーの弟子か? 」
「 違います 」
男の横で、手綱を持っていた兵が言った。
「 マルタンの、連れ合いの者だろうっ? その、不可思議な衣… 修道士の者に、違いあるまいっ? 」
「 違います 」
士官の男が言った。
「 こやつ、妙に落ち着きおって… どうやら、自信満々と見えるな。 …良かろう、術を使って混乱されても困る。 冷静に話し合おう。 我々は、貴族院議長レスター卿の衛士で、ハインリッヒ閣下の兵である。 私は、第1騎兵隊 隊長、アランソンだ。 今現在、王宮を占拠し、新たな統治を実現する為、治安維持に努めている最中である。 民衆を、暴徒と導く恐れのある人物を拿捕しておるのだ。 貴様は、ヤツラの仲間なのか? 」
「 違います 」
( コレしか、言えん… )
士官の男は、続けた。
「 元、衛兵連隊 隊長だったクインシー・ド・レーは、アリウス皇帝とも縁が深く、王宮とも、厚意にしていたと聞く。 逆賊にもなりかねんクインシーは、まずもって拿捕せねばならんのだ。 その方も、協力せよ。 良いな? …では聞くが、ここはクインシーの家ではないのか? 」
「 違います。 僕の家です 」
僕は、とっさに、テキトーかました。
士官は、困ったような顔をした。
「 むうう… 情報が、混乱していたのか? 」
僕は、更に、テキトーかました。
「 父は、3年前に出稼ぎに行ったまま、帰って来ません。 母は、先月、ライ病(中世に流行った伝染病。ハンセン病の事)で死にました 」
ライ病、と言った途端、兵の多くが後退りをし、互いの顔を見合わせて、ボソボソと話し出した。
士官も、乗っていた馬(のような動物)を後退させつつ、言った。
「 よ、よろしい…! 家から、出るでないっ! …では、シーザ・ピュセル・サーラ・トゥル・ライメルと、その侍従、マルタン・メイスンも、知らぬと申すか? 」
「 誰っすか? それ。 旅芸人の、一座の名前っすか? 面白いの? 5ペインで、観られる? 」
ぽけた~ん、とした表情で答える僕。
下士官は、乗っていた動物の首を返すと、ムチを入れながら兵に言った。
「 ムダ骨だ、引き上げるぞっ! ロベール! 兵たちの消毒をさせよ! 」
中世時代に猛威を振るった恐ろしい伝染病の名は、意外と効き目があったようだ。 同じような病が、こちらの世界でもあるらしい。 偶然だが、助かった……!
兵たちは、引き上げて行った。
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