第6話、クインシー

 町外れの運河沿いの一角に、クインシーと言う退役軍人の家はあった。

 赤レンガ造りの建物で、運河側の路地に沿い、細長い建物だ。 玄関らしき扉が幾つもあり、どうやら長屋のようである。 何家族かが住み込んでいるらしく、各、扉の横に張られたロープには、洗いざらしの男女の服、子供の服などが、取り込みを忘れたかのように干してあった。

 建物のすぐ前には運河があり、いかだのような平らな艀(はしけ)が、幾つも係留されている。 漁船だろうか… ディンギーのような、小さな帆掛け船も係留されていた。 かすかに潮の香りがするところから推察するに、海が近いのだろう。


 サーラは、そのレンガ造り建物の、向かって左端の扉を叩いた。

「 クインシー、クインシー…! 私よ、サーラよ…! 」

 ほどなく、玄関の扉横にあった小さな窓の明かりが揺れ、ドアのかんぬきを抜く音が聞こえた。

「 サーラ様……! 」

 フードの付いた黒い衣をまとった老人が、細く扉を開け、サーラを確認すると、更に広く扉を開けた。

 チャキンと、金属製の音がした。 剣を、鞘に収めたような音である。 …ナンか、ヤバそうな雰囲気だ……!

 室内にぶら下げてあるランプの明かりが逆光となり、老人の顔は良く見えない。 どうやら、髪は抜け落ち、後頭部と、もみ上げからつながるヒゲを、モジャモジャに生やしているようだ。 鼻ヒゲも長く、口元が見えない。

「 さあ、どうぞ。 お入り下さい。 ……その方は? 」

 老人は、サーラの髪に隠れている僕を察知したらしい。 しかも、『 方 』とは…? 姿を見ていないのに、人と判断しているのか?

 サーラが答える。

「 私の、お客人です。 試験の途中で、アクシデントが…… 」

 老人は、じっとサーラを見つめた。 何か、サーラの心を読んでいるようだ。

 老人は言った。

「 …なるほど、戻し方か。 とりあえず、中へ 」

 僕は、サーラの髪から出て、老人と対面した。

「 ほう、これはまた、かわいい動物じゃ 」

 老人が、目を細めて微笑む。

 サーラが紹介した。

「 チャーリー様です 」

 …あの~… 違うんですけど。 僕は、三原って言って…

 部屋には、もう1人、男がいた。 暖炉の脇にある粗末なソファーに座っていたが、サーラを見ると立ち上がり、うやうやしく、お辞儀をしながら言った。

「 サーラ様、お帰りなさいませ…  案じておりました。 ご無事で何よりです 」

 かなり、体格の大きな男である。

 短く刈り込んだ髪には少し白髪があり、木綿のような生地の、茶色の服を着込んでいた。 一面に、紋章のような柄が刺繍されたマントのような黒い羽織を肩掛けしている。

 強い眼光の瞳に、目鼻立ちのしっかりしたルックス…… だが、どことなく、ブキミな雰囲気のする男だ。

 お辞儀を返した彼のマントの腰辺りから、カシャ、と金属音がした。

( ナニか、持ってるな……! さっきのジイさんと同じだ )

 サーラが言った。

「 メイスン…! 心配掛けてごめんなさい 」

「 サーラ様の心配は、もう、しない事に致します。 キリがありませんので 」

 苦笑いする、大男。

( メイスン…? 侍従とか言ってたヤツなのか? )

 僕は、初めてサーラと遭遇した時に聞いた名前を思い出した。

 メイスンが、サーラを暖炉の方へとエスコートする。 彼のマントがはだけ、腰に下げていたものがランプの光に反射し、銀色に鈍く光った。


 …やはり剣だ。

 フェンシングの剣より幅太で、日本刀のような反りは無い。 鞘には、見事な装飾が彫られていた

 老人が、暖炉に掛けてあったヤカンのような鉄器を外し、壁に造り付けてあった棚からカップを1つ取る。 そのカップに、鉄器の中の液体を注いだ。 お茶のような飲み物らしい。

「 ありがとう、クインシー 」

 受け取ったカップを手に、メイスンが暖炉脇に出してくれた木のイスに座りながら、サーラは言った。 メイスンも、先程まで座っていたソファー(よく見ると、バネが飛び出ている)に座った。

 クインシーとか言う老人が、窓側にあった執務机のイスに腰掛け、言った。

「 今の所、ハインリッヒは、皇帝陛下には手出しをしていないようじゃ…… 民に人気のあったアリウス陛下じゃからな。 レスターも、そこの所は踏まえておるはずじゃ 」

 メイスンが尋ねる。

「 クインシー殿、先程の問いの続きです… なぜ、レスター卿は、反乱などを? 貴族院と王朝は、ライメル王朝建立以来、数百年において対立はして来ましたが、アリウス陛下は、議会平和にも尽力を尽くされました。 近年の皇帝では、現在が一番、平和だと思っておりましたのに 」

 クインシーが答える。

「 ハインリッヒは、野心家じゃ。 元々は、トルメキア王国に近いエルゴー地方の、貧しい小さな一国の出。 家は公爵だが、諸侯同様、没落しつつある。 過ぎ去りし繁栄謳歌の生活復興を願うハインリッヒには、家を救済する為に、膨大な資金が要るのじゃ…… レスター卿の財産に、目が眩んでおるのじゃろう。 良家の出のレスターには、ハインリッヒの策略は理解出来ん 」

 メイスンは言った。

「 つまり、レスター卿は、ハインリッヒに乗せられていると? 」

「 まあ、そんなところじゃ… 」

 ハゲ頭に右手をやり、困ったような表情で擦るクインシー。

 メイスンが提案する。

「 では、 金で済むことならば、ハインリッヒに領地をくれてやればいかがでしょうか? 王家の谷のカスター廟修復を、彼に請け負わせてやるとか 」

 頬杖をつきながら、クインシーは答えた。

「 もう、謀反を起こしてしまったのじゃ。 今更、後戻りは出来まい。 かくなる上は、評議会委員が召集され、ハインリッヒを討つ戦いが始まろう……! 」

「 しかし、それではレスター卿を討つ事と同じです。 貴族院を敵に廻してしまう事になるのでは? ヘタをすると、250年続いた内戦状態に逆戻りです 」


 …あの~、皆さん。 僕のコトを忘れてません? 僕、早く元に戻してもらって、帰りたいんだケド…?


 サーラが言った。

「 こんな時、メシアがいてくれたらなぁ…! 」

 クインシーが頬杖をしたまま、窪んだ目のみを動かし、サーラを見て言った。

「 それは、聖なる救世主の伝説か? …あれは、創り話しだと言う話じゃ。 確かに『 聖なる剣 』は王宮に保管されておるが、触れる事が出来る者には、王家の血を引く男子、という資格がある。しかも、精霊術1級を心得た者にしか、封印は解けん 」

 メイスンが言った。

「 封印された剣を抜く事が出来るのは、聖なる救世主であると言う、言い伝えですね? 私も、精霊術を学んだ時に、教官から教わりました。 確か、18歳以下の精霊術士に限られていたはず…… 1級を取る頃には、皆、とうに20歳を迎えます。 現実的には、無理な話しです。 幼い頃から、よほどの才覚を持っていない限り 」

 窪んだ目の視線をメイスンに戻し、頬杖をついたままのクインシーは言った。

「 その通りじゃ。 衛兵連隊史上、最年少で1級を取得したワシじゃが… その時、既に21歳じゃった。 メシヤが出現するなんてのは、夢の話しよ 」

 ふう~っと、ため息を尽く、クインシー。

 サーラは言った。

「 剣を抜くと、『 聖なる剣 』は光り輝くそうよ。 見てみたい……! 剣を抜く事が出来たメシヤには、誰にも逆らえない。 神の使いでもあるメシヤの発言は、神の言葉…! 今だったら、きっと、この騒乱を治めてくれるはずだもん 」

 クインシーが言った。

「 確かに、その通りになるやもしれん。 じゃが… 現実は、そうウマくは、行かんモンじゃ 」

 メイスンがソファーから立ち上がり、言った。

「 とりあえず、評議会に働きかけましょう。 急進派を押さえ、ハインリッヒとの話し合いの場を持つように説得しなくては 」

「 そうじゃな… しかし、ワシのような老いぼれに、血気盛んな連中が耳を貸すかのう? 」

 頬杖を離し、ギシギシっとイスの背に、もたれ掛かりながらクインシーは言った。

 サーラが、両拳を胸に作りながら言った。

「 こんな時だからこそ、耳を傾けると思うわ。 クインシーは、伝説の精霊術士なんだもん! 皇帝陛下から直々に聖剣を賜った、名誉ある衛兵連隊長なのよ? 」

 クインシーは、黒い衣の裾を開き、腰に下げていた剣を見ながら言った。

「 ふ…… 昔の話じゃ。 アリウス皇帝陛下も、覚えていなさるかのう 」

 剣の鞘に、そっと手を触れるクインシー。 メイスンと同じような見事な装飾の剣である。 鞘の装飾は金色で、いかにもワケありな逸品のような雰囲気をかもし出しており、柄の先には、宝石のようなものが埋め込んであった。

 シャリンと、剣を抜くクインシー。


 ランプの光に照らされ、冷たく光る諸刃……


 もちろん、武器としての使い道もあるようだが、どうも、術に使う道具… いや、精霊術士の誇りとしての要素が強いようだ。


 刃を裏返し、その曇り無き諸刃を、じっと見つめるクインシー。 何やら、ブツブツと呪文らしき言葉を唱え始めた。

「 ハッ! 」

 剣を一振りする。 ピュンッ!、という風切り音と共に、剣先から青白い火花が散り、床に跳ね返る。


 …中々、面白い芸当だ。

 なあ、ジイさん…… 僕の世界に来て、一稼ぎしないか?

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