第3話、小さな世界

 僕は、しばらく呆然とした。

 憧れの君、高科がいる……!

 どうやら、学校の帰りらしい。 濃紺のセーラー服を着ている。 僕の通う学校の制服だ。

( 今、チャーリーって、言ったな… 高科が飼っているとか言っていた、ハムスターの名前だ。 …ってコトは、俺は、ハムスターになっちまったのか? )

 相変わらず、ネズミとハムスターの違いは分からないが、ハムスターの方が可愛らしくて良い。 ネズミに比べて、尻尾が無い事だけは、自分の体を見て分かったが……

「 おいで、チャーリー♪ 」

 高科が、ケージの天井にあるフタを開けて言った。

( 何か、恥ずかしいな… )

 モジモジする、僕。 高科が、右手を僕の前に差し入れて来た。

( ソコに、乗れってか? )

 軟らかそうな、高科の掌。 こんなUPで見るのは、初めてだ。 緊張する……!

 高科の掌に乗ってみた。

 

 …温かい…


 鼻をヒクヒクさせ、ニオイを嗅ぐ。 何とも言えない、幸せの香りがした。

 今、僕は… あの、憧れの、高科の掌に乗っている……! おそらく、こんな経験、人間だったら出来なかっただろう。 ハムスター万歳!


 高科が、僕を掌に乗せ、外へ出してくれた。

 顔を近付け、僕を見る。 メガネ越しに見える、高科の大きな瞳。

( ひええ~…! キスしてるみたいだ~…! )

 僕は、感激で、小さくプルプルと震えた。

 高科が、左手の中指の先で、僕の頭から背中に掛けて優しく撫でる。 左手で、そっと僕の体を掴むと、右手の掌から持ち上げ、更に、顔に近付けた。 高科の、サラサラの前髪が、僕の鼻先に柳の枝のように被さって来た。


 ……すんげ~、いいニオイがする。


 僕は、高科のメガネに前足を掛け、鼻をヒクヒクさせながら、高科の前髪を噛んだ。

「 あはは! ダメよ、チャーリーったらぁ~ 」

 前髪にぶら下がった僕を、高科は楽しそうに振った。 ツルンと高科の髪は、僕の前歯の間を通り抜け、僕は、高科の右胸辺りに落ちた。 彼女の、制服の胸ポケットに前足を引っ掛け、バタつく僕。

「 何やってんの、チャーリーったら~♪ おてんばさんね、もう~ 」

 でも、嬉しそうな高科。 右手で、僕をそっと押さえ、ニコニコしながら僕を見ている。


 ああ… 高科と、こんなにスキンシップ出来るなんて……!


 僕は、天にも登る気持ちになった。 かすかにコロンが香る高科の制服にしがみ付き、幸せ絶頂である。

「 ごはん、いらないの? チャーリー 」

 高科は、買って来たらしい僕のエサが入った袋を、サブバッグの中から取り出して言った。

 すんげ~欲しいが、今の状態のままの方が、僕的にはシアワセだ。

 高科は、僕を胸に抱くようにして、そのまま、傍らにあったベッドに仰向けに寝転んだ。これで、高科の体から落ちる心配は無い。 高科も、僕を自由にさせたいたいのか、押さえていた右手を放す。 自由になった僕は、早速、高科の胸の上を散策してみた。

 ああ、憧れの高科の胸の上……! 何か、すんげ~デカイ布があるんだけど?

( あ、スカーフか… )

 制服のスカーフらしい。 こんなデカイ布、見た事無い。 しぼんだ巨大気球のようだ。

 バカでかい布をかき分けると、センターラインのような、白いラインが3本あった。 制服の襟にある、白いラインらしい。 縫い目がハッキリと見える。 こうして近くで見ると、不思議なものだ。

 やがて、金属で出来た、巨大な円盤状の物体を発見。 何と、校章だ。 こんな形をしていたのか。 僕は、入学式以来、付けた事が無い。

 鼻をヒクヒクさせながら、先に進む。

 これまた、特大英文文字のイニシャルが現れた。 制服の胸当ての所にあるイニシャルだ。 僕から見ると、畳1畳分くらいある。


 …高科の、ナマ胸(やらしい表現。ちなみに、鎖骨の部分)が出て来た…!


 近寄って鼻をヒクヒクさせ、ニオイを嗅ぐ。

 ああ… 憧れの高科の、甘美な香り…! 心臓、ハレツしそう……!

 高まる興奮を押さえ、僕は、すべすべした白い肌の上を歩いてみた。

「 きゃはは! くすぐったぁ~い、チャーリー♪ 」

 高科の手が、僕を捕まえる。 両手で掴まれ、高科の顔の上で宙吊り。 そのまま高科は、僕を右の首筋辺りに押し付け、頬擦りしながら言った。

「 可愛い、チャーリー…! 大好きよ 」

 僕も大好きです。 もっと遊んで。

 高科の手をすり抜け、首筋から襟口に頭を突っ込み、モゾモゾともがく。 ナゼかは知らないが、こういう狭くて暖かいトコに、ミョーに関心がある。

「 きゃはは! チャーリー、くすぐったいってば! きゃはははっ! いやぁ~ん ♪ 」

 嬉しそうに笑う、高科。 高科の左手が僕の体を掴み、また、彼女の顔の前に宙吊りにされる。

「 ホントこの子は、狭いトコ、好きなのね? 」


 …すんません、本能なモンで。 すんげ~、いいニオイしたし…!


「 ごはんだよぉ~? 」

 高科は、買って来た僕のエサが入った袋を開封し、中身を1つ摘むと、僕の顔の前に出して見せた。

 わぁお! ヒマワリのタネだぁ~! 欲しい、欲しい、それ欲しいぃ~~~~っ!

 高科の左手で宙吊りにされたまま、僕は前足をバタつかせ、目の前に差し出されたタネを取ろうとして必死になった。

「 はい、チャーリー。 よく噛んで食べるのよ? 」

 はぁ~~い ♪

 高科からもらったタネに噛り付く、僕。

 カリカリカリカリ…… ああ~、幸せだぁ~……!


 高科は、上半身を起き上がらせ、僕を膝の上に置いた。

 両手でタネを掴み、背中を丸めてかじりまくる僕。 濃紺の、制服のスカートの上に、かじったタネのかけらが、ポロポロと落ちる。

( 高科、怒るかな? )

 ふと、高科を見上げる。 ニコニコしながら、僕を見ている高科。

「 美味しい? チャーリー 」

 うん! サイコーっす!

「 まだ、イッパイあるからね。 ほぉ~ら! 」

 そう言いながら僕の横に、タネを3~4個、置く。 ヒマワリの他に、色んなタネが混じっている。 どれも、ウマそうだ。

 わぁい、わぁいっ ♪ もう僕、頬袋、いっぱいに詰め込んじゃうもんね!

 カリカリカリカリ……

 高科の膝の上で、僕は、夢中になってタネをかじった。


「 みずき~? ちょっと下りて来てぇ~ 」


 階下から、母親のような声が、高科を呼んだ。

「 なあに~? ちょっと待って~ 」

 高科は、タネをかじり続ける僕を摘み上げ、ケージに戻した。 ついでに、4~5個のタネを入れる。 トントンと足音を立てながら、高科は、下へと降りて行った。

 タネをかじりつつ、鼻をヒクヒクさせる、僕。

( …このニオイは? )

 何か、ドコかで嗅いだ覚えのあるニオイが……

 ふと、ケージの外を見ると、サーラがいた。 じっと僕を見つめている。

「 サーラ! 」

「 ご気分は、いかがでしょうか? 」

 ニコニコしながら言う、サーラ。 僕は、ケージに取り付くと、意味も無く、それをよじ登りながら言った。

「 そうか…! さては、お前だな? 俺を、こんな姿にしたのはっ! 」

「 だって、あなた様が希望したんじゃありませんか。 チャーリーになりたいって 」

「 …… 」

 僕は、上ったケージをスルスルと降下しながら言った。

「 もしかして、タマゴ… 割れたのか……? 」

「 ええ、そりゃもうあなた、見事にパックリと 」

 両手を広げながら答える、サーラ。


 やってもうた……!

 こんなんで、貴重なタマゴを割ってしまったようだ。 タマゴは、本当に希望を叶えるタマゴだったのだ……!


 僕は、呆然とした。 確かに、貴重な体験をさせてもらった。 しかし、一生このままは、ヤダ。 絶対にヤダ! マジ、ヒマワリのタネは旨いが、それ以前の問題である。

 僕は言った。

「 そろそろ、元に戻してくんない? 」

「 と、申されますと? 」

「 いや、だからさ… もう、元に戻りたいんだよ。 今、ちょうど高科、いないしさ。 な? 」

 サーラは、困った顔をして言った。

「 え~? 元に戻す方法は、精霊術士2級を取らないと、教えてもらえないんですぅ~ 」

 ヤリっぱなしかよ、おいっ! フツーは、戻し方も一緒に習わんか? お前らンとこ、えれ~無責任な世界だな!

 僕は、ホイールに乗ると、思っきしダッシュをしながら叫んだ。

「 そんなん、ヒド過ぎるじゃないか! どうしてくれンだ、おいっ! このまま俺は、ネズミのままかッ? 」

「 ネズミじゃありません。 ハムスターです 」

「 そんなモン、一緒だわっ! タネをかじるトコなんざ、大した違い、無いだろうが! 」

 ホイールから飛び下り、もう1度ケージに取り付くと、また意味も無く、よじ登る。 そして、スルスルと降りながら叫んだ。

「 とにかく、元に戻せえぇ~! 」

 陶器製の車に潜り込み、鼻をヒクヒクさせながら、僕は訴える。

「 これは、希望でも何でもない! ただの、願望だ! 」

「 あ、カワイイですね~、そのカッコ 」

 ノンキに、サーラは言った。 僕は、キレた。 ホイールに乗り、猛然とダッシュをする。

「 うおおおおおおお、アっタマ来たああぁ~~~っ! てンめええええぇ~~~っ! 」

「 凄い、凄い ♪ もの凄く速く、回ってますよぉ~? 」

「 ンだと、コラァァァァ~~~っ! どうだ、てめえええ~~~~っ! 」

 更に、加速する僕。 ああ、やっぱり僕って、アホなのね… ナニやってんのか、さっぱり意味分からんし。

 ハアハア言いながら、僕は、ホイールを降りた。 高科が置いて行ってくれた、タネをかじる。

 サーラが言った。

「 美味しいですか? 」

「 うん…… 」

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