第2話、ここは、ドコ? 僕は、誰……?

 目が覚めた。


 何か、カンナくずのようなものが、床一面に敷き詰めてあるのが目に映った。

 銀色の鉄格子の向こうには、勉強机。

 薄いブルーの、ストライプ模様のカバーを掛けたシングルベッドがある。

「 …… 」

 参考書や問題集、百科事典が並ぶ本棚に、小さなクローゼット……


 僕は、10センチくらいの大きさの陶器で出来た車の中で、うつ伏せになって寝ていた。

「 ……? 」


 ここは、ドコだ?


 顔を上げ、鼻をヒクヒクさせる。

 女子ばかりいる商業科のクラスのような、甘ったるいニオイがする。


 眠いので、再び顔を下ろし、辺りをうかがった。

 すぐ脇には、大きな水車のような丸い形をした構造物。 樹脂で出来ているようだ。 どうやら、遊具のようだが、こんなんで幼児が遊んだら、壊れて危ないんじゃないのか?

 再び、鉄格子の向こうに目をやる。


 6畳くらいの部屋だ。


 窓側には、鏡の付いた、小ぶりのドレッサーがあった。

 薄いピンクのドライヤーが置いてある。


 どうやらここは、女性の部屋らしい

 僕は、何でこんな所にいるのだろう? しかも、寝てるし……


 頭の左脇辺りが、かゆくなった。 左足で、ポリポリとかく。

「 …… 」

 何で、左足なんだ?

 ふと、顎の下に入れていた右腕を出す。

「 …… 」

 細く、小さな腕。

 ピンク色の地肌に、指先には、長い爪が生えている。

「 …… 」

 両手で、顔を撫でる。

 ふさふさとした軟らかい体毛が、びっしりと生えていた。 舌で、口の中を確認すると、ミョーに長い前歯がある。

「 …… 」

 楽天家の僕も、さすがに、この異常事態にアセった。

 何か知らないが、得体の知れないモンに、僕の体は変化している…!

 しかも、それは恐ろしく小さいらしい。 鉄格子のように見えていたモノは、鉄格子(ある意味、正解)ではなく、飼育カゴのケージだ。

「 ど… どうなってんだっ? 一体、ナニが起きたんだっ? 」

 言葉を発してみたが、僕の耳には、チー・チーとしか聞こえない。

 慌てて、陶器製の車の中から飛び出し、ケージに取り付く。 意味も無く、それをよじ登り、スルスルと降り、今度は、床に敷き詰められたカンナくずのようなものの中に鼻先を突っ込み、ニオイを嗅ぐ。

「 …メシのニオイだっ…! 」

 ナゼかは知らないが、そう直感した。

( 食わねば! 食わねば! メシ食いたいっ、食いたいよぅ~! )

 事態を把握する方が先決なのは分かっているが、僕の頭の中は、食事をしなくてはならないという考えで一杯になった。 そんなに空腹ではなかったが、とにかく食いたい。 メシは、あるうちに食っておかねば…! そんな心境が、僕の脳裏を占拠する。

「 どこだっ? メシはどこだっ? 」

 ワラを鼻先でかき分け、ニオイの方へと進む。 やがて、先ほど見た樹脂製の遊具の脇に、30センチ( 僕から見た寸法 )くらいの物体を発見。

「 タネだ! ヒマワリのタネだぁっ! 」

 そんなモン、食いたくないわっ…! でも、ナゼか、すんげ~ウマそうである。

 本能の赴くまま、タネを拾い、例の長い前歯でカリカリとかじる。

( あああ~~… ホッとする。 ヒマワリのタネをかじると、すんげ~、ホッとするぅ~……! )

 奥歯の両横に、大きな袋のようなスペースがあった。 そこに、かじったヒマワリのタネを詰め込む。

( 後で、じっくりと食べるんだ。 えへへっ! おいしいぞぉ~? )

 そんなん、したくないっ。 だいたい、キモチ悪ィ! でも、そうしたい……

 僕は、必死で、ヒマワリのタネをかじった。 誰か… 誰か、止めてくれぇ~…!


 タネを全部かじり、頬袋を膨らませた僕は、遊具を見上げた。

 鼻をヒクヒクさせる。 メシのニオイは、しなかった。

「 どっか、メシを探しに行かなくちゃ。 ココには、何も無い 」

 遊具に前足を掛け、乗る。 ホイールのように、少し遊具が廻った。 数歩、歩く。 …また、廻った。 イッキに走り出す。 勢い良く、ホイールは回り出した。

「 おおっ、 おお~っ! 走っている! 走っているぞぉ~! 」

 猛スピードの、ジョギングマシーンのようだ。 僕は、取り憑かれたように、物凄い勢いで、同じ所を走った。


「 …ず、随分、走ったぞ! ハア、ハア… ここまで走れば… ナニか、メシがあるかもしれない! 」


 あるワケねえだろっ! 同じトコだぞ、たわけが!


 分かってはいるが、僕は、大いに満足した。 ホイールから降り、早速、鼻をヒクヒクさせて、辺りのニオイを嗅ぐ。

 ……メシのニオイは、しなかった(当たり前)。

「 ダメだ。 もっと走って、もっと遠くへ行かねば…! 」

 再び、ホイールに乗り、猛然とダッシュする、僕。

 ああ… 僕、バカみたい。 でも、凄く満足だ…… こんなに走ったんだもん……!


 ホイールから降り、ひと息つく。

「 ハア、ハア…! よし、これだけ走れば… きっと何か、メシがあるぞ! 」


 …ねえっちゅうに! 分からんか、僕! ナニをやっとるんだ!


 すっごい満足したが、メシは、ドコにも無かった(当たり前)。

「 喉が渇いたな…… 」

 ふと、陶器製の車の向こう側に、濡れた棒が吊るしてあるのが見えた。 棒の先には、美味しそうな水が、雫を作っている。

「 水だ、水だあ~♪ 」

 早速、棒に取り付き、後足で立ち上がると、その棒の先にある雫を舐めた。

 どういう構造になっているのか知らないが、雫を舐めると、また雫が垂れて来る。

「 おお、凄いぞ! ココに来れば、水が飲める! 走った甲斐があったと言うモンだ 」

 …多分、最初からソコにあったとは思うが、僕は、走ってココに辿り付いたという達成感に酔っていた。 とにかく、走れば、メシがあったり水が飲めたりするのだ。

 僕は楽しくなった。 とりあえず、先程、頬袋に詰めたヒマワリちゃんを食べよう♪ 幸せだぁ~……!

 陶器製の車の中に戻り、『 お弁当 』を食べ始める、僕。


 冷静になって考えてみる。


( どう見ても俺は、人間じゃない。 ネズミになっちまったらしい。 何でだ? そもそも、最初からネズミだったのか? ヒマワリのタネ、すんげ~美味しいし… )

 カリカリと、タネの実を食べながら思案を続ける。 また、頭の右後ろ辺りがかゆくなり、右足でポリポリとかく。


 物凄い、フツーの動作…… 何の違和感も無い。


 僕は体が硬く、床に座ったまま膝を浮かせずに、自分のつま先を触る事が出来なかった。 ところが、今の動作はどうだ。 足で、頭の後ろ… ほとんど背中に近いトコをかいたぞ? 上海雑技団も、真っ青じゃねえか。 そんな動作、僕の体では、絶対に無理だ。 椎間板ヘルニアになるか、骨折する。

( …俺は、ネズミなんだ…! )

 何で、そうなったのかは分からないが、とにかく、ネズミだ。

 それにしては、きれいな体毛だ。 全身は、真っ白。 背中から腰の辺りにかけて、薄い茶色の斑模様だ。 以前、ドブネズミを見かけた事があるが、もっとグレーで、しかも1色だった記憶がある。

 しかし、人間だった記憶がある以上、やはり僕は、元、人間だったらしい。

「 寝る前は、どんなんだったけ……? 」

 僕は、タネをかじりながら、寝る前の記憶を探した。

 そもそも、寝た記憶が無い。 と、言う事は… 起きていたまま、ネズミになったのか?

「 …… 」


 思い出せない。


「 もういっぺん… 走るか? 」

 何か、メッチャ、スカッとしそうだが、ヤメておこう。 腹が減るかもしれないし……


 頬袋からタネを取り出し、無心に食べ続ける、僕。 状況が把握出来ず、不安ではあるが、食べていると安心する。

( ああ、美味しいなぁ…! 楽しいなぁ~…! )

 僕は、すっごい、シアワセな気分になった。 とりあえず、もう一眠りするか? この陶器製の車、居心地イイし。

 僕は、車の『ボンネット』部分から頭を出したまま、ウトウトし始めた。

( もしかしたら、今度、目覚めたら人間に戻ってるかもな )

 ノー天気な性格は、ネズミになっても変わっていないらしい。 …いや、より強化されたように思える。


 トン、トン…と、誰かの足音が聞こえた。

 階段を登って来るような足音だ。 ココは、2階だったのか?

 僕は顔を上げ、鼻をヒクヒクさせた。

( ご主人様だ! 僕を可愛がってくれる、ご主人様が帰って来たんだっ! )

 僕は、本能的にそう感じた。

 ゴハンだ! ゴハンを、持って来てくれたんだっ! わぁい、わぁいっ♪

 僕は陶器製の車を飛び出し、また、意味も無くケージに取り付いた。 ガジガジとケージを噛み、鼻をヒクヒクさせる。 ついでにホイールに飛び乗り、思いっきり走る。

「 うおおおおおおお~~~~~~っ! 」

 嬉しくて仕方が無い。 タネ、タネ! 早く、タネちょうだいっ! タネぇ~~~~っ!

 やがて、ドアが開かれ、誰かが部屋に入って来た。

「あらあら、チャーリー。 そんなに走り回って… おなか、減ったのね? ごめんね、今あげるからね 」


 ……それは、高科だった。

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