第6話 転校生の悪夢

 九月。二学期が始まった。

 夏休みの宿題は、アカネちゃんと終わらせたからばっちりだ。

「みなさんおはようございます! 夏休みは楽しかったかな?」

 村岡先生が教室に入ってきて、みんなに声をかける。教室のいたるところから「はーい」とか「海に行ったよ!」とか、声が上がった。

「今日はみなさんに新しいお友達ができます。後藤くん、入って」

 先生がそう言うと、ドアを開けてひとりの男の子が入ってきた。

「転校生の後藤ユウキくん。みなさん、仲よくしてね」

 また「はーい」という声が上がった。

 先生の隣に並んで立つのは、背の高い男の子だった。日焼けしていて、ちょっと目つきが悪い。

 後藤くんは教室を見回した。

「席は……月島さんの隣が空いてるわね」

「へっ!?」

 先生と目が合ったと思ったら、そんなことを言われてしまった。一番うしろの窓から二番目。たしかに隣の窓側の席は空いてたけど、まさか隣になるなんて……。

 後藤くんはずんずん歩いてくる。

「……よろしく」

 後藤くんはぼそりとそう言うと、席についた。

「よ、よろしく……」

 わたしは小さい声でそう言うのがやっとだった。


 休み時間、後藤くんの席のまわりには、人だかりができている。わたしは廊下側の席のアカネちゃんの席に避難していた。

「後藤くん、おっきいねー」

 アカネちゃんがのんびりとした声を出した。

「ちょっと、怖いかも……」

「そう? たしかに迫力あるよねー」

 怖く感じるのはわたしだけなのかな? パグだって大きい人だけど、怖くはない。なんで後藤くんはそう感じるんだろう?

 チャイムが鳴った。後藤くんの席からみんなが離れていく。

「……がんばれ」

 アカネちゃんのはげましを背中に、わたしはとぼとぼと自分の席に帰っていった。


 算数の授業中、後藤くんは手を上げた。

「後藤くん、どうしたのかな?」

「教科書が、前の学校のと違うみたいです」

 村岡先生は、あぁと声をもらした。

「そうだったわね。月島さん、見せてあげて?」

「へ?」

 後藤くんはがたがたと机をつけてくる。国語の時間は言われなかったから、ゆだんしていた……。転校生なら教科書が違うこともあるんだ。

「……だめ?」

 わたしの様子にきづいたのか、後藤くんが小さな声でたずねてきた。

そ、そんなに顔に出てたのかな……? わたしはいきおいよく横に首を振った。

「よかった」

 それだけ言うと、後藤くんは前を向いてしまった。わたしもずっと隣を向いているわけにもいかない。黒板に視線を戻した。

 気のせいだったのかな? 後藤くんがすごく嬉しそうに笑った気がする。


   ☆☆☆


 それでもやっぱり後藤くんが怖いと思うのは変わらなくて、わたしは授業に集中できなかった。隣から視線を感じる気がするんだ。

「気のせいじゃないんじゃない?」

 部活の時間、一試合終えて体育館のすみに戻ってきたアカネちゃんは、疲れきってるわたしに向かってそう言った。

「後藤くん、ヒカリちゃんのこと見てると思うよ?」

「なっ、なんで……」

「好きなんじゃない? ひとめぼれとか」

 思いもよらなかった言葉に、わたしは目をぱちくりさせた。

「あー、あたしも思ったー」

「そんな感じだよねー」

 他の子たちも集まってきて、そんな声をかけてくる。

「えー、そう? なんかすごくにらんでない?」

 そんな声をかけてくる子たちもいる。

「わたしもそう思う……。好きとか絶対ないよ……」

 そうそう、とか、えー? とかみんなは言っている。そこに「さぼるなー!」という先輩の声が響いた。慌ててみんなは離れていく。

「なんにせよ、嫌なら嫌って言わなきゃダメだよ?」

 アカネちゃんはそう言うけれど、わたしは途方にくれていた。


   ☆☆☆


 わたしは教室に立っていた。藤代高校ではない。わたしが通う藤代小学校の四年二組の教室だ。

 本物の教室じゃない。これは夢だ。

 何度も悪夢を見るうちに、これが夢かそうじゃないかわかるようになってしまった。

 今日のは悪夢だろうか。わたしはあたりを見渡した。

 別に変わったところはない。いつもの教室に見える。

 だけどわたしは、これが悪夢な予感がしていた。

 だってその理由がある。

 そのときだった。ずしーん、ずしーんと外から大きな音が聞こえた。わたしが窓の外を見てみると、そこには巨人が歩いていた。校舎よりももっと大きい、日焼けした巨人だ。

「わ、わたしの後藤くんのイメージってあんなのかな……」

 思い悩んでいることはひとつ。転校生の後藤くんだ。たしかに大きくてちょっと怖いけど、あそこまでいくと大きすぎる。本人に悪い気がしてきた……。

「おうおう、今日のは一段とでけぇな」

 隣から突然声がした。黒いジャケットに犬耳ぼうし、腰に剣を差したパグがそこには立っていた。

「パグ!」

「よう、ヒカリ。今度はどんなお悩みだぁ?」

 パグは楽しそうに聞いてくる。

「わっ、笑いごとじゃないよ! このままじゃ校舎をはかいされちゃう!」

 わたしがあせってそう言うけれど、あいかわらずパグは楽しそうだ。

「そうだな、じゃ、ちょっくら逃げるか!」

 そう言うやいなや、パグはわたしを抱きかかえて走り出した。


 渡り廊下を渡って、わたしたちは第二校舎の図書室に逃げ込んでいた。そこでようやく下ろしてもらう。

「なっつかしいなぁ。全然変わってねぇ」

 きょろきょろと図書室を見回して、パグはそう言った。その言葉でわたしは確信していた。わたしの視線に気づいたのか、パグは片眉を上げる。

「ヒカリは藤代小だったんだな。俺もだよ」

 やっぱりそうだったんだ。すぐ近くに住んでたんだなぁ。

「それで、今日はどうした?」

 ずしーん、ずしーんと巨人の歩く音は続いている。今はグラウンドにいるけれど、こっちに来るのも時間の問題だ。

「えっとね……、わたしのクラスに転校生が来たの」

「うん」

「後藤くんっていって、大きい子なの」

「……男か」

「うん? うん。でね、隣の席になったんだけど、教科書見せてあげたら嬉しそうだったんだけど、すごい目で見てくるの。友達は後藤くんがその……、わたしのことを好きなんじゃないかって言うんだけど、わたしはそんな風に思えなくて……。ねぇパグ、わたしどうしたらいいかな?」

 わたしは視線をさまよわせながら、しどろもどろに言った。

 でもなかなか返事が返ってこなくて、顔を上げるとパグは頭を抱えていた。

「パグ?」

 しゃがみ込んで話していたわたしたちだけど、パグは膝に顔をうずめてしまっていた。

 わたしの話、聞きたくなかったのかな……?

「ヒカリ!」

「はい!」

 勢いよく顔を上げてパグは名前を呼んだから、わたしも大きな声で返事をしてしまった。パグはわたしを肩をがしっと掴む。

「男は狼だ」

「は?」

「ゆだんしちゃダメだぞ? 隙を見せたらぱくっといかれるぞ……!」

「えっと、パグ? なんの話をしてるの?」

 わたしがたずねると、パグははっとして手を離した。

「あ、あの巨人の話? だいじょうぶだよ! 現実の後藤くんはちゃんと普通の人間だから!」

 パグは勘違いしてるのかも! 夢はなんでもアリだって言ったのは、パグの方なのに。

 わたしが笑いながら言うと、まじまじと見てきた。なにか変なこと言ったかな?

 パグは視線をそらすとがしがし頭をかいた。

「そいつのこと、好きなの?」

 そしてそんなことを聞いてくる。

「後藤くんのこと? うーん……。怖いけど、嫌いじゃないよ」

「……友達として、好き?」

「うん? うん、そうだよ」

 他にどんな意味があるんだろう。わたしがうなずくと、パグははーっと大きくため息をついた。

「ならそう言ってやれ。友達になりたいって言ったら、たぶん喜んでくれると思うから」

 そうなのかな……? パグがそう言うなら喜んでくれそうな気がしてくる。

 そのとき、地響きが聞こえた。巨人が第一校舎を壊しちゃったらしい。

「よっしゃ! じゃあいっちょ片づけに行くか」

 そう言ってパグは立ち上がった。

「だっ、大丈夫……?」

「おう。ヒカリはもう後藤くんが怖くないだろ?」

 そういえばそうだ。あした学校で、なんて言って話しかけようかなって考えている。

「心を強く持てよ?」

 パグはわたしの手を取って、駆け出した。渡り廊下まで来ると、もう巨人の姿が見えた。その大きさに、わたしはちょっとすくんでしまう。

 するとパグはわたしの手をぎゅっと握った。

「大丈夫だ」

 パグを見上げると、にっこりとほほえんでいて。

「うん」

 わたしも笑ってうなずいた。

 パグは渡り廊下の手すりに飛び乗った。巨人はそれに気づいたようで、大きな手をこっちに伸ばしてくる。

 それを見越していたかのように、パグは巨人の手に飛び乗った。たたたっと腕を駆け上がると、肩のところで大きく飛び上がる。

「パグ!」

 もうパグは巨人の頭の上だ。巨人はパグを見上げるけれど、反応が追いついていない。

「男なら……好きな子いじめとかしてんじゃねーよ!」

 パグがなにか言ったようだけど、巨人のうなり声でわたしの耳には聞こえなかった。

 パグは剣を振り下ろす。光とともに、巨人は小さくなっていった。

 わたしは第二校舎から階段を駆け下りた。パグのもとまで行くと、パグは片手を腰に当ててなにやら考えごとをしていた。

「パグ? どうしたの?」

 パグはくるりと振り返った。

「見ろ、ヒカリ。夢食いはじめての食べもの型だ」

 パグが持っていたのは人型のクッキーで、それはこんがりと焼けていた。わたしはおもわず吹き出してしまう。

「後藤くんね、それくらい日焼けしてるの」

 パグはちょっと面食らった顔をして、それからおもしろくなさそうな表情をした。そのままぱくりと一口でクッキーを食べてしまう。

「ふつうの食べものはおいしいの?」

 わたしはパグにたずねてみた。ノートとかシャトルとかはおいしいって言ってたけど、クッキーはどうなんだろう?

「まぁまぁだな」

 そうなんだ。いつか、わたしが焼いたクッキーを食べてくれたら嬉しいなって思った。


   ☆☆☆


 次の日の学校で、わたしはまた後藤くんに教科書を見せることになった。あいかわらず、後藤くんはわたしをすごい目で見てくる。

 パグに力をもらったんだ。がんばらなきゃ。

 わたしはメモ帳に書き込むと、折りたたんでそっと後藤くんに渡した。後藤くんはそれを開いてじっと読んでいる。

 伝わったかな?

 わたしがちらりと隣を見ると、後藤くんはまっかな顔をしている。そしてわたしの視線に気づくと、小さくうなずいた。

 わたしは最初に後藤くんが見せてくれたときのように、満面の笑みを浮かべた。


 ――後藤くんとともだちになりたいです。

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