第75話 霧の向こうがわ─円卓の間にて─


「お師様!!」


えいみーがめぐみんを見つけて、弾けるように走って来た。

隣にはこめっこもいる。

えいみーはよほど嬉しいのか、顔を上気させて満面の笑顔。めぐみんの元に着いたや否や、飛びついた。


「お師様! お怪我はないですか? お身体は大丈夫ですか? 私、ほんとに心配で …」


こんなに幼いのに、自分のことより何よりまず、ひとの心配が口をついて出るえいみー。

──この子は本当にすごいですね…


めぐみんは感嘆して、えいみーをやさしく抱きしめた。

こめっこがゆっくりとやって来る。


「お姉ちゃんおかえり」


こめっこも嬉しそうに抱きあう二人を見て言った。


「はい二人とも、ただいま帰りました。私は無事です。あなたたちは変わりはないですか?」

「私たちは大丈夫でしたお師様。 ですが……ターニャ先生が…」


めぐみんの胸に顔を伏せるえいみー。

しがみつく彼女の手が、微かに震えていた。


「ターニャが?……ターニャがどうしたのです?」


すると後ろから、ターニャがやって来た。


「めぐみんおかえりなさい。……詳しくはあとで話すわ。とりあえず、円卓の間へ。」


泣き腫らしたあと…。心なしかやつれて見える。

一体どうしたの……?

めぐみんは、言いたい言葉や聞きたいことを飲み込んで、踵を返して歩き出すターニャのあとに続いた。



***



「みな、揃ったようだな。」


サタンの声が大広間に響いた。


悪魔城地下に位置するこの円卓の間。

ターニャとめぐみんとえいみーこめっこが入って来た時にはすでに、カズマたちとバニルとミツルギ、ならびにサタンと大罪悪魔たちも全員、首を揃えて円卓へと着席していた。


最後に入って来ためぐみんとターニャはダクネスの隣へ。えいみーとこめっこは物怖ものおじすることもなく、その隣へと座った。

えいみーとこめっこが着席するのを対面で見届けたサタンは、少し表情をゆるめ、カズマに言った。


「我が盟友よ。そなたのパーティにはこんなに幼い者たちも居るんだな? ……見たところ、紅魔の民のようだが?」


自分たちのことを言われているのだと気づいたえいみーは、こめっこの手を取り椅子から降りると、こめっこの前に立ち、優雅にカーテシーをして見せた。


「お初にお目にかかりますサタン様、大罪悪魔の皆様。わたくしは、勇者サトウカズマと、その妻めぐみんの義理の妹、えいみーと申します。こちらはこめっこ。めぐみんの実妹でございます。この度は太陽のホームの子供たち、ならびにアクセルの民たちを快くお引き受け下さいましたこと、改めて御礼申し上げます。」


えいみーの、その幼いながらも美しい礼法に、大罪悪魔たちから感嘆が漏れた。

サタンもさすがに少し面をくらってはいたが、対面のカズマたちの笑顔を見て、嘆息して立ち上がり、えいみーとこめっこに腰を折った。


「紅魔の若き魔導士たちよ。非礼を詫びよう。我が盟友の令妹れいまいであったか。だが、そなたたちも礼には及ばん。盟友の令妹であるならそなたたちは我が妹も同然、この悪魔城、我が家のようにいつでも好きに使うとよい」


えいみーとこめっこは顔を見合わせ、二人でサタンに言った。


「見に余るお言葉、ありがたく頂戴いたしますサタン様」


サタンが満足そうな笑みを浮かべ、大きくうなずく中、えいみーとこめっこを食い入るように見つめていた、サタンのそばに座っている大罪悪魔のひとりから、ため息にも似た言葉が口をついた。


「…美しい……」


身の丈はバニルと同じくらいであろうか、碧色みどりいろの髪を腰まで流し、華奢な身体つきで細面ほそおもての美青年。この円卓の間に居並ぶ、他の異形の大悪魔の中に似つかわしくないほどの美貌だ。


「ふふっ」


ターニャが思わず笑みを漏らす。

見れば、カズマの隣に座っているバニルの口元もほころんでいた。

美青年は、その紫色の瞳をターニャに向けて、心外そうに言った。


「もぉぉ!姫? バニル様まで……」


美青年は、 その美貌に不釣り合いなほど無邪気に口を尖らせて、すっかりむくれてしまった。

ターニャが慌ててなだめる。


「ごめんごめんベルゼブル。からかったつもりじゃないのよ? ……相変わらずだなぁって、嬉しくなっちゃったの。 ね、許して?」


それにバニルが続いた。


「すまんベルゼブル。 …しかし、お前もその幼女至上主義はまったく変わっていないのだな? なぜか安心してな。 許せ」


言いながら、二人して込み上げてくる笑いに抗えず、笑いあうターニャとバニル。

円卓の一同も、一人、また一人とつられて、緊張感に包まれていた部屋が、一気に和やかな雰囲気へと様変わりした。

ベルゼブルひとり拗ねて部屋の隅っこで、膝を抱えてイジイジしていることになった。







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