第58話 生命環の長との盟約


「お兄ちゃん!ありがとう!」


カズマたちが救護室のある広間に上がると、まずアイリスがキラキラした目で飛びついてきた。その勢いに思わずひっくり返った。

続いて民たちからの万雷の拍手と謝辞。

幼い子供たちからもたくさんの労いを貰った。


「カズマ? いい加減に離れたらどうです?」


胸に飛び込んで来てからずっと、スリスリスリスリしてるアイリスの頭を撫でて、声のほうを見るとめぐみんがジト目で仁王立ちしていた。


「めぐみん。もう動けるのか?」

「その小娘が離れればまた寝ます。」


カズマは困った顔でアイリスを引き剥がし、めぐみんの元へ。


「とりあえず、こんだけ被害があったんだ。すぐに態勢も立て直さなきゃいけないから、数日はここで復興作業を手伝う。お前はアクアをあんまり動かさない様に見張っててくれよ。」


実際アクアは身重だ。本当なら安定期に入るまでは安静にしてないと流産の可能性もある。もっとも、女神にそれらの常識が通用するのかどうかは定かではないが。

まあ用心に越したことはないだろう。

めぐみんは短く嘆息した。


「見張りたいのはあなたなんですけどね? 魔界から帰ってからまだ一度も腰をおろしてないでしょう? あれだけ桁外れな多勢を相手にして、いまだ気を抜く余裕もない。……あなたが一番心配なのですよカズマ。私にとって世界なんてどうでもいいのです。あなたさえ無事に笑っていてくれるなら。」


そう言ってめぐみんは、愛しげにカズマの頬に手をかける。

カズマの隣で聞いていたアイリスは、目を見開きジャブをしきりに繰り出していたが、ペコペコするクレアとレインによって引きずられていった。

カズマはめぐみんの手を取り、引き寄せると「はっ」と息を残しカズマの胸に収まった。


「…俺は大丈夫だよ奥さん。何も心配するな。疲れたらお前のとこにちゃんと帰るよ。待っててくれ。」


めぐみんの頭に口をつけて小声でささやくと、頭は一度だけ縦に動き、離れた。

くるっと踵を反しためぐみんは、広間でずっと額に汗しながら、怪我人にハイネスヒールをかけ続ける優しいポンコツ女神の元へ行き、流れる汗を拭ってやってから、介抱を手伝った。

カズマは微笑んでそれを見つめてから、傷ついた兵士を運んでいるダクネスの元へ行き、肩を貸した。

広間に居た皆が、そのカズマたちの姿に両手を合わせ、頭を垂れた。



***************



夕食は少し遅めに王城で一番大きな広間で取った。

避難した民たちと一緒に、同じ大鍋料理を食べる。

王城の調理人たちはこぞって被害にあっていた為に、料理はめぐみんとレインが担当した。

もちろん、アイリスも民たちと並んで一緒に料理を囲んだ。


「王女さまー!これ食べて!」

「わーありがとー!いただきまーす!うーんおいし!」

「王女さまーこれもこれもー!」


子供たちがアイリスに次々自分の料理を差し出している。

クレアとレインが側でにこやかに見ている。

カズマは隣のダクネスに


「いい雰囲気なんだな? もっとギチギチと堅っ苦しい距離感があるもんだと思ってたよ。」


ダクネスは首を振りながら


「ベルゼルグに限ればそれはないな。ここは民主主義だ。民があってこその国だと、現国王は常々仰られている。エルロードもいい国だが、現ベルゼルグ国王に勝る王は居ないと私は思っている。見ろ。ここの民たちの顔を。あれだけの目に遭っていて尚、王女様を見る目の安らかなこと。これが私の使える理由だ。これ以上の誉はあるまい。」


ダクネスが胸を張って微笑む。

カズマは頷いて、カエルの肉を放り込んだ。

その時。


「奇襲だ! 奇襲!!」


一人の近衛兵が広間に飛び込んできた。

いち速くカズマとダクネスが兵士に向かう。

クレアが一歩遅れて来た。


「何事だ!」

「カズマ様!ご報告します!ただ今ワイバーンの軍勢およそ5,000が西の空から接近中にございます!」

「…くそ……酒呑め。何をしてやがる…。」


吐き捨てる様に言ってカズマは走り出した。

ダクネスとめぐみんとアクアもあとに続く。

クレアは近衛に叫んだ。


「戦える者は迎撃態勢をとれ!動けるものは窓を塞げ!あとの皆は地下に避難だ!急げ!」



****************



「ぐぁぁぁ!」

「食らえぇっ!」


────────!!


ワイバーンの軍勢は手にした炸薬付きの槍を次々と投げ込んでくる。それに対抗するには、投石か魔道士による魔法攻撃しかない。圧倒的に火力が足りない。


─────────!!


王城が軋む。

外壁がどんどん崩されていく。

このままでは崩れないにしろ、蜂の巣だ。


「撃ちますかカズマ?」


迫りくるワイバーンの軍勢を見つめるカズマの横顔に、めぐみんが堪らず声をかけた。


「…いや。俺が出る。みんな窓から離れろ!!」


10匹ほどの編隊が、バルコニーに立つカズマを狙って槍を放った。


カズマがリヴァイアサンを呼び出そうと、左腕をワイバーンに向けた。

刹那。


「ギャァァァァァン!!」

───────────!!


鋭い咆哮と共に東から、金色に輝く炎がワイバーンの編隊を跡形もなく消した。


次の瞬間、カズマたちの目の前を真っ白な巨体が飛び過ぎる。

誰かが叫んだ。


「ホワイトドラゴン!!」


白い巨体は優雅に方向を反し、ワイバーンの軍勢へと真っ直ぐに突っ込んだ。


それから遅れること数秒、次々と様々な色のドラゴンたちが、王城を護る様に取り囲んだ。

その数は実に1,000を超える。


その中には昼間のレッドドラゴンたちも見えた。

カズマは笑って


「ははっ!あいつら。鶴じゃあるまいし、恩返しかよ?」


二体のレッドドラゴンたちはカズマに向かって短く鳴いた。

そして

ホワイトドラゴンが一声咆哮をあげると、一斉にドラゴンたちがブレスを吐いて、ワイバーンの軍勢が呆気なく残らず消滅した。


大歓声に包まれる城内。


ホワイトドラゴンとレッドドラゴンたちがカズマたちの居るバルコニーへと飛んでくる。


ホワイトドラゴンは慈愛に満ちた青い瞳でカズマたちを見渡すと、この世のものとは思えない柔らかな女性の声で、語りかけて来た。


「私の名はニーズヘッグ。あなたたちの世界では神竜と呼ばれる存在です。あなたが勇者サトウカズマですか?」


カズマは深く腰を折り答える。


「ありがとうニーズヘッグ。助かったよ。俺がサトウカズマ。ただの冒険者だよ。」


「謙遜することはありません。勇者サトウカズマよ。私の大切な愛娘たちを助けて下さいました恩義に報いたまでのこと。礼にはおよびませんよ。」


「娘さんだったのか?どうりで可愛いと思ったよ。な?」


カズマがレッドドラゴンたちにウィンクすると、二体は恥ずかしそうに母の後ろに隠れた。

ニーズヘッグは愛しそうに娘たちを見てから続けた。


「勇者サトウカズマよ。私にはあなたがどれほどの大義に身を投じているかがちゃんと見えていますよ。 あなたの選んだ道のりは遠く険しい。神々の力は強大で恐ろしい。それでもあなたは向かいますか?」


その凛と胸深くまで響く声に、カズマは迷いなく笑って見せた。


「向かうさ。俺には死んでも守りたいものがあるんだ。ここに居る俺の家族、仲間たちや友達、それがすべてだ。そのついでに神々をぶっ飛ばして世界を叩き直してやるのさ。俺の妻のとーちゃんとも約束しちまったからな。絶対に退かねぇよ。生まれてくる愛娘の為にもな。」


ニーズヘッグは大きくため息を吐いて微笑んだ。


「…なんて危機感の無い人間なのでしょうか。本当にあのひとそっくりですね…。アクア?ここに来なさい。」


「はい。おばさま。」


アクアがカズマの後ろから姿を見せる。

一同が驚く。


「はぁ? なんだアクア?知り合いなのか?」


カズマが目玉が飛び出るほど驚いてアクアを見る。

アクアはぺろっと舌を出し


「てへ。お母様の親友なの。」


と言って、バルコニーから両手を拡げ、ニーズヘッグの頭に抱きついてキスをした。


「お久しぶりですおばさま。ご無沙汰しちゃってすみません。」


「息災そうねアクア。あなた。いい伴侶を見つけたものね?人間にしとくのはもったいないほど…。」


「えぇ。ありがとうおばさま。彼は必ず世界を善き方へと導くわ。」


ニーズヘッグは愛しそうにアクアのお腹を鼻面で撫でて


「そしてすべてはこの子の元へ。この子は世界のたからものだわ。」


アクアは静かに目を閉じてお腹に手を当てた。


「えぇ。この子は希望。世界が待ち望んだたったひとつの希望の光。」


「それなら私たちの愛娘でもあるわね。 神々じゃなく、世界がそれを望んでいるんだから。」


ニーズヘッグはカズマとめぐみんとダクネスを見渡して


「人類に選ばれし紅魔の娘よ。自らに架をかける心優しき人間の娘よ。そなたたちの血の賜物で、この世界は息を吹き返し、在るべき姿を取り戻すでしょう。世界生命環の長として礼を言います。ありがとう。」


めぐみんとダクネスはあわあわと取り乱し二人で御辞儀をする。


「とっ とんでもありません神竜様! 私たちはそんな大それた事は…」


ニーズヘッグは首をゆっくりと振る。


「いいえ。そなたたちの授けてくれたこの愛娘こそが、私たち世界の待ち望んだ希望なのです。そのそなたたちの恩に報いるのが、我らドラゴン族、ひいては世界の務め。

勇者サトウカズマよ。今後我らドラゴン族が手足となり、そなたたちの障害を打ち破りましょう。どうかこれをお受け取り下さい。」


そう言ってニーズヘッグは、レッドドラゴンを促すと、彼女たちはカズマの元へと降り立ち、人形に姿を変えた。


「おぉっ?‼」


赤い長い髪で17.8歳くらいの若い女の子。

ハーフアーマーに身を包み、膝上のプリーツスカートを履いて、色は白く、目は青と緑のオッドアイ。

見た目にどちらがどっちか分からないくらいにそっくりの双子。すごい可愛い。


「カズマ様。右目が青いのが私、ニーナです。今日はありがとうございました。」


「カズマ様。左目が青いのがシーナです。ほんとかっこよかったー! あのおじさんはいけ好かない感じだったけどね。黒いひと。」


少し呆気にとられてカズマが退いてると

シーナがカズマの腕に絡みついて


「よろしくお願いいたしますカズマ様!」


ニーナが慌てて反対の腕に絡んで


「ずるい‼シーナ!…私もよろしくお願いいたします…。」


と恥じらいながら言った。


ニーズヘッグとアクアは微笑んで


「あらあら。カズマさん人気者ねー。」

「娘たちよ。勇者様に粗相の無いようにしなさいね。」


と呑気に言ったが、

めぐみんとダクネスからは黒い黒いオーラが滲み出していた。


「娘たちを置いていきますので、何かあればすぐにドラゴン族が参上致します。何かとお役に立ててやって下さいね。二人ともまだ処女ではありますが、夜伽のお相手も十二分に果たせます。ぜひお使い下さい。」


「夜伽って?! いやいや!こんな可愛い子たちに相手して貰えたらありがたいけども……」


ゴゴゴゴゴっと音が聞こえる程にめぐみんとダクネスの周りの空間から黒い妖気が漂い始め、身震いをしたカズマが、ニーズヘッグに


「すみません。それ以外でお借りします。」


と丁重に頭を下げた。




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