第20話 Rhapsody in red eyed little lady




――それじゃあ話を戻しますね。



それからしばらくは平穏無事で

おだやかに時間が過ぎて行きました。


ダクネスは施政の合間を縫って、出来るだけ屋敷に帰るようになって、なにかと細々とした家事をこなしていましたね。


私は

大好きな爆裂散歩を二日に一回にして、主に料理の勉強をしていました。

めあねすの離乳食を

栄養も考えながら、飽きさせないようにたくさんの種類が作れる様になりたかったし

カズマの料理スキルばかりに頼っているのも母親としてどうかと思ってもいましたしね。


まぁとにかく二人とも、アクアを安静にさせたい一心だったのは間違いないです。


カズマは

私たちが色々やってるから、またヒキニート化するのではと心配していましたが、予想に反して毎日毎日ちゃんと働いてました。


新しいアイテムを考案したり、その試作品を作って喧伝して回ったり、商品化するために職人や材料を確保したり、実際に商品化の目処が立てば、その商品を売り込みに貴族や商店を巡ったり

店頭に並べば、売れるための商品展開を提案して回ったりと、


ほんと、こういう時のカズマは凄く格好いいんですよね。

ダクネスもよく知ってるでしょうけど。

そんなひとが、私の昔からの理想の旦那さまで父親像なんですよ。

ほんとはそんなに格好いいんだから、もっと普段からそうしてくれれば嬉しいのに。


カズマはそんな頑張ってたんですけど、むしろダメダメだったのはアクアです。


あの人

私たちがやること取ってしまうし、やることなすこと文句つけるから暇だったらしくて…

私たちの目を盗んでは

酒場に入り浸るわ、ダストたちのクエストに付いていくわ、アクシズ教徒の集会でアルカンレティアに三日も泊まってバカ騒ぎして帰ってくるわ……本当にダ女神でした…。

親の自覚ゼロでしたね。


そんなこんなしてるうちにあっという間に時は過ぎて、

あれは…めあねすが16週目…約四ヶ月目に差し掛かった頃に起きました。


「私ですね?」


エリスが申し訳なさそうに言った。


「そうです。

屋敷に突然、エリスが現れたのです。」



****************



――「アクアー?なにか食べたいものはありますかー?」


台所に立って昼食を作る準備をしながら、居間に居るはずのアクアに声をかける。


今日はカズマもダクネスも揃っているから、ちょっと豪勢な料理にしようかな…?


なんて思いながら

メインになりそうな食材を冷蔵庫から…


そうそぅ。

この冷蔵庫という凄いアイテムも

先月カズマが開発した商品だ。


細かな構造まではわからないけれど、一年中この冷蔵庫内を一定の低温度に保ち、野菜や魚肉類などの鮮度を飛躍的に長持ちさせられる。


今までは採りたて捕りたてをすぐに料理するのが常識だったけど、これさえあれば買いだめも出来て、何時でも好きな時に好きな料理を味わえる様になる。

本当に凄いアイテムだ。


最初カズマがこれを持ってきた時は、フリーズ系の妖精が入ってるのかと思ったが、マナタイトでこんぷれっさーというものを回して温度を下げるということだ。

いずれにしても、カズマの育ったニホンという国の文明は本当に凄い。


その冷蔵庫からメインになりそうな食材を探していると、後ろから声をかけられる。

カズマだ。


「めぐみん。昼メシはなんでもいいけど、夜までまたちょっと工房にこもるから、後でお前のカスタードパイが食べたいな。あれマジで最高だからな。コーヒーついてたらなお嬉しい。」


私は二つ返事で

「はい。いいですよ。焼けたらお持ちします。」

と。


カスタードパイは

この前までめあねすのおやつをあれこれ試行錯誤しながら色々作っていた時、その中でカズマが大絶賛してくれた一品だ。


「やった! さんきゅ! 頼むよ。」

そう残して台所を出ていく。


「ふふふ。」


思わず笑みが漏れる。

本当に可愛いなぁ。


人のために料理するのがこんな幸せな気分になるだなんて考えたこともなかった。


―ただ食べるのが精一杯だったからなぁ…


今は カズマのおかげで裕福な暮らしが出来ているから。


「ほんと

こんな豊かな気持ちになるんですね。」


カズマに出逢えて本当によかった。


愛するものに甘えられる嬉しさに

締まりなくにやにやとしながら居間に向かう。


「アクア?なにか決まりましたか?」


すると

アクアはダクネスの膝まくらですやすや眠っていた。

ダクネスはちょっと目立つようになったアクアのお腹に手を当てて目を閉じていた。


私はにやにやと幸せなまま

「めあねすは? 何かお話ししてくれてますか?」

と言うとダクネスは


「アクアと一緒に寝ているようだ。

安らかに寝かせてやろう。」

お腹をゆっくりと撫でた。


「じゃぁ アクアの好きなお魚料理にしますね。」


とまた

幸せな気持ちで台所に向かった。



****************



「あー美味しかったぁ」


「お粗末様でした。」


結局今日のお昼は、キングスソードフィッシュと香草のパイ包み焼きをメインに、緑黄色野菜のノンオイルフリッター、魚介とレンズ豆のスープ、そしてカズマから教わった竹の子サラダにした。


これがなかなか好評で、アクアはパイ包み焼きをおかわりしてくれた程だ。


「めぐみんほんっとに料理のレベルが上がったわねー。パイ包みもこのノンオイルフリッターも美味しくて止まんない。太っちゃう。」


素直に嬉しくて顔が紅くなる。

アクアの評価に嘘がないのを分かっているから。

彼女は相手が誰であれ、時も場所も選ばず美味しいものは美味しい、不味いものは不味いとはっきりと伝えるからだ。


「本当に美味かったぞめぐみん。私はもう到底敵わないな。どこかで小料理屋でもしてみたらどうだ?カズマも賛成するだろう。」

ダクネスもべた褒めしてくれる。


それは思いもよらなかったことだ。

小料理屋…

なんだかすぐに絵が浮かんでくる。

後でカズマに相談してみよう。


紅魔の里でもいい。アクセルでも。

私とカズマが料理をして、ダクネスとアクアとめあねすがホール。

めあねすが看板娘になってくれて、それはもう世界中からたくさんのお客さんが来てくれて……


「ふふ。」


「どしたの?めぐみん。 にやにやにやにやしちゃって。

片付けは私がするからね。」


だめだ。にやにやが止まらない。


でも本当。めあねすのおかげだ。

爆裂することしか頭になかった私がこんな料理なんて始めて、

小料理屋さんする夢なんて思い浮かべてる…


「アクア。ちょっとだけじっとして。」


「何!? 突然」


私はかがみこんで、固まるアクアのお腹を正面に見てお腹にキスをした。そして

「愛していますよ。めあねす。ありがとうね。」

と言ってアクアごと抱きしめた。



****************



「さてと。パイですね。」


冷蔵庫で寝かせておいたパイシートを取り出す。

お昼に作ったパイ包み焼きにも使用したシートだ。


実は昼食は本来違うメインだったのだけど、

「カズマが食べたいって言ってくれたんですからねー♪」

とパイシートをたくさん作りすぎてしまった結果のパイ包み焼きだった。我ながら可愛い。


―以前カズマが言ってたばれんたいんでぃのちょこれーとみたいなもんですかね?


どの世界も恋する女の子は盲目になるものです。うん。


と、ひとり納得しながら丁寧にパイシートをはがして一枚ずつ拡げていく。


鍋に牛乳を弱火にかけておいて、同時に別の厚めの鍋に砂糖、全卵、バニラビーンズを入れて白っぽくなるまでよくかき混ぜる。

混ざったら、少しずつ薄力粉をふるいながら加えて玉にならないように混ぜていく。


そこに別鍋に70度程に温めておいた牛乳を加え一気に混ぜ合わせる。

そして中火にかけてひたすら混ぜ続けると、もこもこのクリーム状になってくる。

ここで火を止めて、一度目の細かな網で濾す。うん。滑らかだ。


また弱火にかけ、手早くかき混ぜながら生クリームをちょっとだけ加える。

そして火を止めて、最後に隠し味の砕いたナッツを加えて、

私オリジナルカスタードの完成。


このカスタードにはかなり自信がある。

カズマも大絶賛してくれたし、あの王女アイリスですら悔しげながらに褒めてくれた。


パイシートに何ヵ所か穴をあけておいてから適量のカスタードを入れる。

それを丁寧に包み

カズマが仕事をしながらつまみ易いように春巻き状のスティックタイプにする。

それに卵黄を塗り、片側だけ切り込みを3つ入れて180度くらいのオーブンで10分ほど焼いたら完成。


「ふふ。褒めてくれますかね?」


カズマが食べているところを想像するだけで満たされてしまう。


―安上がりな女になったなぁ。


まぁ良いです。

どうせ他の男に買われる気はさらさらないのだから。


「さて。そろそろ持って行きますか。」


給仕ワゴンに

カスタードパイとコーヒーと

胸いっぱいの愛を乗せて――。



****************




「カズマー。出来ましたよ。」


屋敷の離れに作った工房のドアを数回ノックしてカズマに声をかける。

中からガタガタとしていた音が止んで、カズマが返事をした。


「さんきゅー! そこ置いといてー!」


むっ。

顔くらい見たいのに。


「何やってんですか? 入りますよー!?」

と言って無理矢理入ろうとドアに手をかけると


「わっ!?入ってくんなよ!?絶対に‼」


なんだと!?

意地でも顔くらい見てやる。

と意気込んでドアを開くと…


寸でのところで炎が私をかすめていった。


「―なっ!?」


あまりの出来事に驚いて

ワゴンと一緒に後ろに倒れる。

すぐに駆け寄って来たカズマが私を抱き起こしながら声を荒げて


「入ってくんなって言ってんだろバカ‼ なんで入るんだ!?」


――声にならない。


カズマが本気で怒っている…。


カズマに悪くて、

バカな私が怒らせてしまったことが悪くて、

それが哀しくて…


胸がぎゅぅっと痛くて――


涙が止まらない。



「めぐみん!? 大丈夫か!? 当たったのか!? どこか打ったのか!? なぁ!? どうしたんだ!?」


本気で心配してくれてるカズマに言い訳さえ出来ず―

私はのろのろと重い身体で泣きながら倒れたワゴンを起こし、溢れて割れてしまったコーヒーカップを片付け、ぐちゃぐちゃになったカスタードパイを片付け――


「やっぱめぐみんのパイは最高だな。世界一だ。」


振り向くと

落ちてぐちゃぐちゃのパイを両手と口いっぱいにほおばったカズマがウィンクしていた。――



もぅ…… ほんとに。

このひとは……。



大好き。―――



さらにぼろぼろ泣きながら

口いっぱいのカズマの胸をポカスカ叩いてやった。



****************



「何だったんです?あの炎。」



―結局。

「ぜんぶ食べるから触るな‼」

落ちてぐちゃぐちゃになったカスタードパイをすべてたいらげてしまったカズマに、コーヒーを淹れ直してあげながら聞いてみた。


「あぁ。今これを作ってんだ。」

カズマが指差した先の物体に目を向けた私の頭に大きな?マークが浮かぶ。


「はは。分かんねーよな。

これは給湯器。

水を瞬間的にお湯に出来るんだ。」


「!? 何ですかそれ!? 凄いじゃないですか‼」


「原理は簡単なんだけどな。

なかなか火の調節が難しくてさ。」


そう言って嘆息するカズマが工房の中を指すと

なるほど

あちこちに焦げた後がある。


「ごめんな。鍵をかけてなかった俺が悪かったよ。」

と言って頭を下げるカズマに私は慌てて


「いやっ。私が言うことを聞かず無理に入ろうとしたのが悪いんですから…。」

と手をぶんぶん振りながら制する。


とりあえず話題を変えようと思い、

「…でも、なんで給湯器なんですか? 最近カズマが考えるアイテムは家庭用ばかりですね。冷蔵庫とか…。」


「うん…。そうだな。ほんと家庭用ばかりだな。」

となんだか言いにくそう。


「なんですか? なんかあるんですか?」

わたしの問いに


「うーん…本人目の前にして言うのは何だか…」


「本人!?私? なんですか!?なおさらはっきりと言って下さいね!?」


私が詰め寄るとしぶしぶといった体で口を開く。


「…これだよ。」

と私の手を取った。


「…!? 私の…手が?? 何か??」


「そう。お前の手。ここ最近ずっとお前料理頑張ってくれてるよな?

産前のアクアの滋養のため、めあねすが生まれてからの離乳食とかおやつまで、一生懸命に考えてくれてさ。

毎日毎日朝早くから夜俺たちが寝たあともずっと…。

まだ冬だし水も冷たいし、手だってこんななっちゃってんだろ?」


言いながら

手荒れとあかぎれで真っ赤でぼろぼろの私の手を包むように撫でる。


「まだ15歳だぜ?

俺のいた日本じゃぁまだ何もせず親に面倒みてもらって甘えてる歳だよ?おしゃれして、友達と遊んでって年齢だ。

それがこんなに手をぼろぼろにして、自分以外の為に一生懸命頑張ってる。

それを俺が黙って見てられるもんか。

めぐみんのことだから普段は平気そうに振る舞ってても、ずっと痛いだろうなぁ、ヒリヒリしてるんだろうなぁ、どうにかちょっとでも治してあげられないかなぁって考えてたら思いついたのさ。」


カズマ――。


「ほんとはさ。完成してからじゃじゃーんって見せたかったのに、なんかこれじゃぁ格好悪くなったな。

なんかごめんな。やっぱ三枚目キャラだからな。俺。」


そんなことない―。


そんなこと―


言葉に出来ずにふるふると首を振りながら、目にいっぱい溜まった涙でカズマが見えなくなった。


「めぐみん? 泣くなってば。今日はよく泣くなぁ。おかしいぜ?」


―あなたのせいです。


――あなたがそんなに…


「……私はこんな泣き虫じゃありませんでした。

ぜんぶあなたのせいです…。

あなたが悪いんです…。」


「おいおい。なんでそんなとこまで俺が悪くなってんだよ。元はと言えばお前が…」


言いかける口をキスで閉じてやった。

長い 長いディープなキスで。



かなりの長いキスのあと

彼の腕の中から視線だけ上げて睨む


「…責任…取って下さいね?


もう私はあなたしか見えないし見たくない。見えなくていい。

私をここまでにしたんですから。」


その言葉にカズマはぎゅっと私を抱きしめる力を強くして、


「うん。わかってるよ。

お前のすべてはずっと俺が護る。

お前はいつもそばに居て、俺を見ててくれたらいい。」



―あなたを愛しています。心の底から。


爪の先まで染めて下さいね。


あなたは私の一番の望みです。――




****************




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