第二章 15年の鎖。

第17話 たからもの



あれは

魔王討伐から数週間経ったなんでもないおだやかな日でした…。



****************



「ちょむ!

爆裂に行きますよー!

早く出てきて下さい!」


使い魔のちょむすけを朝から探してるのだが、一向に見当たらない。


今日はダクネスとちょむとお弁当を持って、ちょっと遠出な爆裂散歩に行くつもりなのだ。


「ちょむー? ちょむすけ~‼」


玄関ホールに来て声を荒げていると、二階からアクアが降りてくるのが見えた。


「ちょっとアクアー? ちょむ見ませんでしたか? 朝から行方が分からなくて困っているのですが…。」


「ちょむすけ…? 昨夜遅く私のとこに来て、顔をじろじろ見て、寝てるカズマの頭をぽんぽん叩いてから、窓から出て行ったけど……なんか奇妙だったわね。」


そう言って肩をすくめた。


「うーん。不審ネコですね。

まぁいいです。それよりアクア。

今日はお弁当持ってちょっと遠出な爆裂散歩にダクネスと行こうと思っています。アクアとカズマもどうですか? お弁当はけっこうな量を作っていますので大丈夫です。ひさしぶりにみんなで行きませんか?」


実際

魔王討伐後は、一生涯遊んで暮らしても使いきれないほどの褒賞金が皆に与えられ、クエストを受けることもなく、みんな何も考えず勝手気ままに過ごしていたので、あまり街の外に出ることもなくなっていたのだ。


ダクネスだけは大層なお家柄なのもあって、魔王討伐の功績で国の重臣に出世したり、莫大な領地を与えられたりしたおかげで施政に宮仕えにと走り回ることになって、そんな訳にはいかなかったが。


だけど数日前に

今日ひさしぶりにダクネスが屋敷に帰れると聞いて、かねてから計画をしていた爆裂散歩なのだ。


「ただいまー。

おっ。めぐみん。アクア。

元気だったか?」


そうこうしてる間にダクネスが帰って来た。

心底嬉しそうな笑顔に、こちらまで顔がほころんでしまう。


「おかえりなさいダクネス。」


私はそんな親友を両手を拡げて迎え、思いきり抱きついた。




****************



「ちょむすけか? 見なかったな。」


一応、ダクネスにも聞いてはみたが会っていないという。

今はリビングのソファに三人で座り、お互いの近況を報告しあっていた。


本来なら、爆裂散歩の道中に話しながら行こうと思っていたのだが、ちょむのおかげで少々出鼻を挫かれていた。


「ちょむすけめ。帰ってきたら私の爆裂魔法をお見舞いしてやりますからね。」


と穏やかではないことを口走っていたら突然アクアが口を開いた。


「…二人とも? …ちょっと聞いて欲しいことがあるの…。」


そう言えば

朝出逢った時からいつもの馬鹿元気がなく、どこか様子がおかしかったアクア。

私もダクネスも

不遜な気配になんとなく身構えて、アクアを見る。


「どうしたアクア? 新たな懸念材料が何か出来たのか…?」


ダクネスがそんな空気にたまらず口を開く。


私は俯いているアクアを穏やかに見やり、落ち着いてゆっくりと言った。


「どうしたんですかアクア? 何でも言って下さいよ? あなたは家族なんですから。」


その言葉に堰が切られた様にアクアの瞳から涙が止めどなく溢れ始める。


私たちは慌てて


「アクア?どうしたんですか?何か嫌なことでもありましたか?大丈夫ですよ?私もダクネスもそばについていますから。」


ダクネスも続いて


「アクア!不安なことなんてすぐに私が蹴散らしてやる!だから泣くな。お前を泣かすものはこの世からすべて排除してきてやる。どうしたのか教えてくれアクア。カズマか?カズマの奴がお前に酷いことをしたのか!? あいつめ…酷いことは私だけにしてくれればいいものを…。今すぐに叩き切ってくれる!」


と言って立ち上がるダクネスの手を掴むアクアが、


「違う…違うの…。私が悪いの…。」


その言葉にダクネスと二人で顔を見合わせ


「何があったんですかアクア?」


私は出来るだけおだやかに聞いた。


すると


アクアは両の瞳に涙を一杯に溜めて、下唇を噛み締め堪える様に、私たち二人を見つめてこう言った。


「…めぐみん…ダクネス…ごめんなさい…。

私……赤ちゃんが出来たの……。」




「「えぇぇぇぇえぇぇ‼」」




****************




「…ごめんなさいめぐみん。ダクネス…。ごめんなさい…ごめんなさい…。」


そう言って謝り続けるアクアに

私たちの興奮は止まらない。いや。

これは興奮じゃぁなくて高揚だ!


「アクア!? 何を謝る必要があるのです!? バっカじゃないんですか!?」


「そうだぞアクア? なんで泣くことがあるんだ!? お前は本当に馬鹿なんだな!?」


アクアが私たちの剣幕に目を白黒させながら


「えっ!?…えっ!?…」


っと声にならなくおろおろしているが、私たちはアクアの両手をお互いに掴むとぶんぶんと振り回しながら大きな声で叫ぶ。


「どんだけ馬鹿なんですかあなたは!?

私たちが怒るとでも思ったんですか!?頭悪い女神ですね~まったくもう‼」


「お前は本物の大馬鹿だ‼

そんな話私たちが嬉しくないわけがないだろう!?

この…馬鹿女神…が…」


と言ってダクネスはもう号泣している。


「めぐみん…ダクネス…。」


「男の子ですか!?女の子ですか!?

まだわかりませんか!?

いいえ!どっちでも良いですよ!

元気に生まれてくれればどっちでも‼

私の…、いえ。紅魔族のすべての力をその子に伝えましょう‼

いずれその子は私たち全世界の希望になるのです‼

この世界にその名も轟く、最強の大魔道士にして最強の盾にして最強の英雄に‼」


私はぶんぶんと振り回す手を更に強く大袈裟なほどに振り回す。


「どこに出しても恥ずかしくないように私が英才教育を施してやろう‼

ダスティネス家の誇りにかけて‼

私の持てるすべての力で立派に育て上げて見せよう‼」


もはやダクネスの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。

心の底から嬉しそうにアクアの手を振り回す。


「…ありがとう…二人とも……。

本当にありがとう…。ありがとう…。」


アクアは号泣しながら何度も何度も私たちに御礼を言っていた。



****************




「それで結局、性別どちらかは分かってるんですか?」


私の問いにアクアは


「まだ授精したのがほんの先日なの。

安定していないからまだまだ予断は許されないんだけど…

でも性別は判るわ。

女の子よ。」


なるほど

女神ともなると、授精したての状態でも妊娠が分かり、性別すら判別出来るらしい。


「「女の子かぁ…」」


ダクネスと二人して夢見がちに締まらない笑顔で上を見上げて妄想を始める。


「アクアに似てそれはもぅ美しい娘が生まれるんでしょうねぇぇ…。

中身はあんまり似て欲しくないですけど……。はぁぁ…。私のことを何て呼ばせましょうか? やっぱりやっぱり母めぐみんですかねぇ…。めぐみん母さんでも良いですよねぇ……。」


よだれが垂れそうな勢いで妄想してると横からダクネスが


「いやいやめぐみん。そこは母さまで統一しよう。

アクア母さま、めぐみん母さま、ダクネス母さまだ。

女の子なんだし、しっかりとした言葉使いと情操を幼いうちから教えて、どこに出しても恥ずかしくないような素敵なレイディにしよう。

世の中の男どもが誰しも虜になるような。

うぅー!もぅたまらんな!

早く産んでくれアクア‼

私たちの可愛い娘を‼」


そう言ってダクネスは真っ赤な顔で鼻息を荒げて、アクアのお腹に頬擦りをする。


「ちょっ ちょっと待って二人とも!?

さすがに女神の私でも十月十日は待ってちょうだいね!?

元気な子供を生みたいんだから…。」


と言いながらお腹を愛おしそうにさすりながら微笑むアクアは本当に美しかった。


そのままお腹を見ながらアクアは


「それでね。

カズマとも話し合ったんだけど、二人にお願いがあります。」


まるでお腹の子供にも向けて話すように優しく言った。



****************



「なんだアクア?遠慮なく言ってくれ。

今の私は空だって飛べる気分だ。」


「そうですよアクア。

私たちに出来る力はすべてあなたとこの娘の為に使いたいです。」


と言うとアクアは

この世のものとは思えないほど美しい微笑みで大きく頷き

口を開いた。


「めぐみんとダクネスの血を

この娘に分けてくれませんか?」



****************



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