第15話
薬の効果だろうか。だんだんと気持ちに落ち着きが戻ってくるのが分かる。
気のせいか、いつもより早く冷静になっているように感じる。
薬が効いているのか? それとも偽薬効果なのか?
まぁ、冷静に頭が働くのなら、この際何だっていい。
道路の縁石に下ろしていた腰を上げ、再び霧深い道を歩く。
ただ、慌てて走ってきたので、道がイマイチわからない。だが
方向はなんとなく分かるから、どうにかなるだろう。
・・・なんか、ちょっと楽観的過ぎるか? いいや
なんか気持ちがいいし、すっきりした感覚があるし、このまま気楽に
進むか。足が軽い。俺は目の前に見える道を考えずに歩く。
目の前の道路脇、小さな駐車場の奥にある建物。倒れて見る影もないが
あの看板とあの色使い・・・コンビニだ!
コンビニエンスストア。24時間年中無休で食品はもちろん、日用雑貨にいたるまで
幅広く取り扱っている、みんなの愛すべき商店である。
できれば、こんなガラスが全て砕けた状態の無残な姿でない時に発見したかったものだ
そうは思いつつも、俺は店舗の中へ足を踏み入れた。
バリバリとガラスが踏み砕ける音。中の棚はもちろん荒らされ、何かが引っ掻いた後すら
ある。よっぽどのパニック状態があったことが伺える。外側に陳列された雑誌コーナーも
酷い有様だ。風化したアダルト雑誌が哀愁を誘う。
・・・・・・。
別に見たいわけではないのだが、コレも情報収集の一環であると考えれば、
手にとらざろうえないだろう。俺は端がビニールテープで止められた
雑誌を拾い上げた。
ガタ・・
物音が聞こえた! 俺は咄嗟に銃を構える。音は店舗の奥、スタッフが休憩なんかに使う
部屋からだ。俺はかがみながら店舗の奥をめざす。
コンッ
足元に何かが当たる。 俺は目を向けた。細長い梱包された物。どうやらお菓子だ。
海外などで見かけるチョコバー。これはラッキー! 結構、高カロリーなタイプの
食べ物なので、缶詰が尽きた時なんかに重宝しそうだ。俺はそのチョコバーを拾い、
ポケットにねじ込むと、再び奥へと近づく。
スタッフルーム奥、ここから音が聞こえた。どうするか・・・
何かがいるのは間違いない。強襲するか? それとも呼びかけた方がいいのか?
ふと、あの時の記憶が浮かぶ。中年の男に呼びかけた時の事を。
呼びかけて不意をつかれたら、今度は痛手を負うかも? いや、あの時は
運が良かった。最悪、銃弾が当たって死んでいたかもしれない。
ここはやはり、強襲する方がいいな。身を乗り出し、有無を言わさず引き金を引く!
俺は一つ大きく息を吸い込み、身を乗り出した!!
「わああああぁぁぁぁぁ!!!!! 撃たないでくれえええぇぇぇ!!!!!」
引き金にかけた指に力が入る・・・が、目の前の状況に俺は呆然となった。
目の前にはメガネのズレた中年男性が、尻からズッポリ床に突き刺さっている。
おそらく何らかの拍子に尻餅を突き、さらについた先の床が抜け、今の尻がはまった状態
となっているのだろう。
「頼む! う・・撃たないで・・・ ひぃ・・・撃たないで・・・」
・・・気の毒すぎて、これじゃ撃つなんて考えられねぇよ。
「あ~分かった。分かった。わかったから少し落ち着いてくださいよ」
俺は宥めるように男に優しく声をかけた。しばらく両腕で顔を覆っていたが、
俺に敵意が無い事が分かると、その腕を下げた。
「き・・君は、僕を撃たないのか?」
戸惑うように男は俺に話かける。俺は銃を下げ、手を差し出す。
「流石に尻が抜けない人間相手には、引き金をひけませんよ」(弾もったいないし)
俺の手を男が掴む。俺は体重を掛けつつ、男を引き抜いた。
「ありがとう。助かったよ」
男は体についた埃を払いながら、感謝を述べる。ズレたメガネを直し、男は
申し訳なさそうに一礼した。メガネをかけ、無精髭をはやした、
見た目は三十半ばくらいだろうか? 見た目的に随分と小汚い。まぁ俺も人の事は
言えた見た目じゃないが。だが、これだけボロボロになっているという事は
相当前から、この場所でゾンビ相手の生存競争をやっていると
考えられる。この男から何か必要な情報が得られるかも。
なんなら、これから生存の協力者となってくれるかも知れない。
「名前は?」
俺はメガネの男にそう尋ねた。だが男は少し困惑した表情を見せる。
そして思い付いたかのように「あ、山田です」と答えた。
・・・おそらく本名じゃないな。この男も、俺が目が覚めた時と同じ様な状況
だったのかも知れない。もしくは俺に言いたくないか・・・だな。
「ぶしつけで悪いんすけど、今の状況を知りたいんです。山田さんは何か知っていますか?
どんな些細な情報でもいいので、分かる事があったら教えて欲しいんです」
大きなため息の後、山田は首を横に振った。
「ごめんよ。俺も何が何やらよくわかっていないんだよ。気がついたらこんな状況で」
よく分からずここまで来たって感じだな。この事には嘘を感じない。
信じてもいいだろう。
「そうですか・・ありがとうございます」
俺はそう言って一礼する。どことなく頼りない感じのしている人だが、悪い人には
見えない。俺はこの人に同行することを提案する。
「あの・・もし、今、目的とか同行する相手がいないとか・・・いないんでしたら
一緒に行動しませんか? 一人で行動するより二人の方が安全でしょうし・・」
山田は俺の提案を聞いてくれた。だが返事は帰ってこなかった。山田は静かに
首を横に振る。
「ありがとう。気持ちだけもらっておくよ。でも・・・俺は・・」
俯く目線は何処か寂しげだった。その哀愁ある態度から、察することはできる。
きっと以前に同行していた者がいて、何かがあったのだろう。
相手が賛同しかねるのであれば、これ以上は誘えないな。
「その・・・もしよかったらこれ。ここのコンビニで見つけたんだ」
山田は自分のカバンから何かを取り出した。それは未開封のペットボトルの水。
それから小さな小瓶。
「それじゃ・・・俺はもう行くよ。道中気を付けて・・・」
山田は俺にこの二つを渡し、去っていった。
水はわかるが、これは・・・俺は手で汚れを落とし、まじまじとその小瓶を見つめた。
汚れていて銘柄みたいなものは分からないが、イラストが書かれている
麦? だろうか・・ひげを蓄えたおじさんが、小さなグラスを持っている。
小瓶の蓋を開け、匂いを嗅いだ。
・・・!? これは・・・いい匂いだ! ・・間違いない! この鼻の奥を
直接刺激するような感覚は・・・酒だッ!! ブランデー、いやウイスキーか。
兎に角、酒だ! 酒が手に入った!! なんて事だ! 手に入れてこれほど
興奮するものがあっただろうか! 俺は興奮を抑えつつも水とウイスキーを
カバンへとしまい、早々とこのコンビニを後にした。
さて・・今日の夕食は豪勢になるなぁ~
俺は意気揚々と歩き始める・・・
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