第14話
霧が出てきた。霧はとても濃く、視界を遮る。
これだけ深いと数メートル先も見づらい。何より方向感覚が狂う。
この方向で本当に街に着くだろうか? 不安は大きくなる
しかし足を止める訳にはいかない。早く街に着くんだ。
建物もチラホラと見え始め、ようやく街の様相が見え始めた。
そこで何気なく見上げた施設に目が止まる。
荒れ果てた大きな駐車場。その奥に一際大きな建物。
辺りにある建物から比べても、ハッキリと違いが分かる。
間違いない。ここは以前、病院だった建物だ。
病院・・・普段なら病気の治療をしてもらえる、頼れる場所って
感じで見れるんだろうが、こんなゾンビがうろついてる状況では
近づくのも気後れしてしまう。どうにも、そういう事象と相性が良いというか
悪いというか・・・兎に角、生物学的危機の時に病院に
近づくのはちょっと・・・勇気がいるかな
けれど、病院は日常的に医薬品を取り扱っている。傷薬、貼り薬、飲み薬
一般人なら一生涯触れることもない劇薬まで・・
もしかしたら、この病院には役立つ物が手に入るかも知れない。
かなり怖いが、立ち寄る価値は十二分にありそうだ。
日は高いのに、中は暗い。霧もかかっている事も関わっているのだろうが、
懐中電灯無しには探索は困難だな。十分にハンドルを回し、懐中電灯に電気を蓄え
腰に括り、銃を構える。さて、何があるか・・
病院内は埃や汚れはあるが、綺麗な状態のまま残っていた。置きっぱなしの雑誌
置きっぱなしのPC、机に置かれたカルテ、レントゲンの写真も付けられたままだ。
病室に入ると千羽鶴に面会者が座る椅子。そしてベッドに横たわる患者。
そのどれも置きっぱなしだ。普通何かあれば、慌てて対処がなされるだろう
患者や貴重なものの移動とか・・・だが、そんな形跡すらない。
これだけ綺麗に残っているって事は、あまりにとっさの事があったの
だろうか? ともかく必要そうな物があったら、さっさと取って出るのが
得策だな。俺はさらに奥に足を進めた。
歩く自分の足音が不気味に響く。まるで誰かが後ろから着いてきているようだ。
時折、不安になって振り返り、誰もいない事に安堵したりしていた。
「あった・・ここなら」
そこは医薬品保管室。早速、引き戸の取っ手に手を掛ける。
ガチャガチャ・・・まぁ、鍵くらいはかかってるよな。どうするか?
本来なら鍵を見つけて、なんてするところなんだろうけど、ゲームじゃないから
手っ取り早い方法をとる事にする。音でゾンビが寄り付かないといいが・・・
ガゥンッ!!
狭いうえに静かな場所では、より一層音が響くな。だけど、これで綺麗に鍵が空いた。
鍵部分と一緒に、取手部分もなくなったけど開けるのには支障はない。
中には複数の棚が置かれ、ひと目で鍵付きのものであることが分かる。
電子ロックなのだろうか? 大きなキーボックスが目を引く。
保管室は思いのほか大きい。俺は付けられた札を流し見ながら奥へと進んでいく。
一通り見て回って今更ながらに思う・・・
どの薬がどの症状に効くのか、さっぱりわからねぇ!!
そりゃそうだよな。市販の医薬品みたいに風邪薬ですよって、置いてある訳じゃない。
専門の人間が、知識と患者の症状を元に処方する訳だから、こんなに薬があっても
俺にわかるわけがねぇ!! あぁ~・・無駄足だったか・・・
帰ろうか・・でも、何かあるんじゃないのか。目の前に有用かも知れない
物があってみすみす逃すのは、やはり惜しいのだ
適当に選んだ小さな棚。俺は銃床で鍵を強引に壊し開けた。
ステンレスケースのようなモノの中に入った薬品。さらに鍵がかかっている。
この鍵は原始的な南京錠だ。随分と古く、こんな病院には似つかわしくない感じがした
俺はさっきと同じように、銃床部分で強引に南京錠を破壊してケースを開けた。
中には見たこともないパッケージの薬が入っていた。随分と古く、箱の印字が霞んでいる。
パッケージの細かい注意書きなどは読めないほどだ。かろうじて大きく書かれた
パッケージの商品名。これは読めそうだ
なになに・・・ンポ・・・■ヒ・・? なんだこれ? 俺は箱を開け、中に入った瓶を取り出した。
深い緑の瓶。中には錠剤らしき物が入っている。瓶についている注意書きは少し読めそうだ。
古い字で書かれているな。飲んで大丈夫か?
適応症
1.過度の肉体疲労及び、精神活動時
2.■■ 夜間作業、その他睡眠除去を必要とする時
3.疲労、■■、乗り物酔い
4.各種憂鬱症
・・・う~ん、つまりこれは「ビタミン剤」みたいなものって解釈でいいのかな?
疲れを取るための栄養剤か・・・まぁ、こんなものでもあった方が良い。持っていこう
その横隣の錠剤も持っていくか。コレも見れば似たような文言が書かれている
ン・・チ・・ア? ゴ・・・ まぁ名前はなんでもいいか。
その他、いろいろ見て回った。とりあえず綺麗な包帯数点と、軟膏薬。そしてビタミン剤
これくらい手に入ればいいか。後は見ていない場所をちらっと見ていこう。
缶詰の一つでも有れば、嬉しいな。腰の懐中電灯のハンドルを巻き直しながら
そんな事を考えていた。
病院の廊下。そこから見える場所を流し見ていた。ある部屋を通った時、光が見えた。
暗がりにポツリと浮かぶ光。 光? 懐中電灯のような光じゃないな。 なんの光ッ!?
廊下からガラス窓越しに見える。青白く、綺麗で優しい・・暖かさすら感じてしまいそうな
不思議な光。俺はしばらくその光を見ていた。いや、その光に一瞬、心を奪われていたと
言ったほうが正しいだろう。しばらく見て我に帰った俺は、この部屋のプレートを
確認する。・・・・・・・放射線・・・治療室・・・・
理由は分からないが・・・
このプレートを見た瞬間、恐怖が全身を駆け抜けた!!
駄目だ!!
やばいッ!!
まずいッッッ!!!!!!
逃げろおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!!!!!!!!
分からなかった。理解もしていなかった。その青い光がどういったものなのか?
その青白い光に心奪われた理由も、他にこの病院で、得られたであったであろう物も
そんな事がどうでもよくなってしまうくらいの「恐怖」が俺の全身を包んだ
怖かった・・怖い!! 助けて! 助けてくれッ!!
祈った。怖かったから、ひたすら祈った。心のそこから祈った。この状況で初めて
神様っ助けてって・・・そう何度も心の奥で祈った。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・・・・はぁぁ・・・はっぁああ・・・・!!!」
病院からどのように走ってきたのかよく覚えていない。兎に角、病院から
離れなくてはいけない。そう感じた。だから逃げた。遠く・・病院から一歩でも遠く。
呼吸を整え、俺は近くにあった道の縁石にへたりこんだ。
「なんだ・・あれは・・・?」
恐怖がだんだん小さくなるのが分かる。理由のわからない恐怖。
不気味顔の男の比じゃないな。どっと疲れが体を、特に足腰を覆う
そういえば・・・
俺はさっき病院で手に入れた錠剤を、三つほど口に放り、飲み込む。
確か疲労に効くんだよな?
後ちょっとしかない水を見ながら、俺は一人そうつぶやいた。
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