第11話

・・・・


膝を着いていても、事態は変わらない・・・

何度も何度も、頭の中でその言葉を自分に言い聞かせた。


ヘリを見送って、どのくらいの時間が経ったのだろうか?

空の明かりは、沈みかける夕日の部分だけとなっていた。

俺は立ち上がり、足を進める。今日はもう暗く、歩き回るのは危険だ。

何処か宿を取れる場所を探さないといけない。


ポツポツと肩や頭に当たる。雨だ。

濡れて体温を奪われると、風を引きかねない。体を温める手段も

着替えすらないのだ。どうにか本降りになる前に屋根のある建物を見つけ無いと・・


しばらく歩くと、こんな場所には似つかわしくないような建物が

道路脇にぽつんと建っている。錆び付いて何が書いてあったかは分からない看板。

中に入ると、大きな玄関に受付・・・木材が散乱して、足の踏み場もないが

「○○御一行様」の上品な看板もある。どうやらここは旅館としてあったようだ

ここなら申し分なく泊まれそうだな


本格的に雨が降る音が聞こえる。


ズズズズ・・・


外の雨音とは違う音が聞こえる・・

嫌な予感がする・・・てか、予感も何もない。目の前に何かいる!!

俺は慌てて銃を構える。 暗くてよくわからないが、ゆっくりと近づいてくる

懐中電灯を腰に括り、正面を照らす。そこには一人の男性の姿


「うう・・・あ・・ああ・・・」


ゾンビはここ数日でいろいろ見てきたつもりだ。まぁ、違いが手に取るように

分かるって程では無いが・・・だが、この目の前にいるゾンビは少し雰囲気が違う。

何か言いたげな感じだ。戸惑っていると、そのゾンビは口を大きく開き、

振り絞るような、かすれた声で俺に一言を告げた。


「た・・・たす・・たスケ・・テ・・・」


!?


喋った。ゾンビが喋ったのか!? いや・・・違う。

ハッキリと目線はこちらを向いている。肌の色も血色がいい

言葉を発したのも、なんとなくではなく、意思を持って

「助けてくれ」と発したのだ。

この人はゾンビじゃない! 俺は銃を下ろし、駆け寄った。

「あんた大丈夫か!?」

俺は男性の肩を掴んだ。すると目の前の男性は俺に寄りかかるように

両肩を掴み、俺の顔を恨めしそうに睨みつけてきた!

「なオ・・し・・テ・・・くれ・・タの・・む・・!」

振り絞るようにそう言った後、男は急に口から泡を吹き始める!

思わず俺は、その男を突き飛ばした! 男は受身を取ることもなく、力なく

地面に倒れた。突き飛ばした事が原因かは分からないが、男性は痙攣し始めた。

徐々に大きく身を震し始める。その瞬間、異臭が漂う。どうやら糞尿を垂れ始めたらしい


どうすることも出来なかった。ただ目の前で震えて泡を吹く男を見ているしかなかった。

ほんの数分、痙攣していた男の震えがぴたりと止まる。すると男はむくりと上半身を

起こした。首筋に走った蒼い血管。どこを見ているかわからない目。肌の色は

みるみる血の気が引いている。男は地面に手をついて、立ち上がる。


もしかすると、俺は結構レアなケースを目の当たりにしたのか?

この雰囲気、表情、感覚で分かる。ゾンビだ。この男は今、ゾンビになったのだ!

人間がゾンビになる瞬間ってのは、あんな感じなんだな・・・すごく苦しそうだな

ゾンビとなった男は一歩、こちらに踏み出した。

おそらく何を言っても耳には入らないのだろうが、俺は銃を構え、警告を男に告げる


「そこで止まってくれ。もう一歩でもこっちに来たら、撃つッ!

 これは脅しじゃないぜ」


俺の声に反応はない。男は構わず一歩、踏み出してきた。


ドズンッ!!!


男の顔は砕け、鼻から下の肉が飛び散る。

壁に寄りかかり、ズルズルと体を崩した男が二度と動く事はなかった。

引き金を引いた後、初めに思ったのは、

その男への罪悪感より、この男がゾンビになった理由の方だった。

何が原因でこの男は、こんな状態になったのか?

食べもの? 病気? ウイルス? 少なくともこの男は初めからゾンビではなかった。

ここで遭遇してきたゾンビも、何らかの要因があるとするなら、それはなんなのか?

それが分からない限り、明日にでも俺はこの男と同じ運命を辿る可能性がある。

そう思うと、額に汗が滲みだし、恐怖が腹から上がってくるのを感じた。


とにかく・・・今日の寝床を決めよう。死体と一緒の建物でひと晩は

少し気味が悪いがしかたがない。処理方法もわからないし、

下手に死体に触れて、接触感染なんてオチはゴメンだ。まぁ、空気感染とかなら

もうアウトだけど・・・


この建物は三階建になっているようだ。他にも宴会場やら、大浴場やらがあるが

どこも汚れ、荒れ果てていて、横になるスペースすらない。

だが、三階はうって変わって対照的だった。埃などの汚れはあるものの、

綺麗な状態だった。というか、何もない。足跡や瓦礫の一つも。

ここならまぁ眠れるか。俺はバックを下ろし、缶詰を取り出す。

缶切りも手に入ったし、今回は楽に缶が開く。俺は缶詰の「しいたけ飯」を

取り出し、開けようとした・・・が、そこで、ふと、注意書きが目に入る


沸騰湯中25分以上加熱すれば3日、もしくは食前に加熱すればよい


・・ふむふむ・・・


ほ~・・・




え?








これ・・・湯煎にかけなきゃダメなの?




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