第9話

小さく揺らぐ焚き火の炎。その近くにフラフラとゾンビは歩みを進める。

まるで誘導灯に引き寄せられる蛾のようだ。

ゾンビは、焚き火の近くまで来ると、火を見つめ、足を止める。

パチパチと小さく薪のはじける音が、目立つほどの静寂。

そのゾンビは微動だにしない。物思いにでも、ふけっているのか?

まさかな・・・


ゾンビがいるこのカフェは安全ではない事は分かった。

一刻も早く離れたいが、焚き火近くの鍋とフォークは回収したい。

まだ使い道はあるからだ。相手は一人・・・やれるか?

俺は銃の弾を確認する。弾はある。一発で仕留められれば、無駄にはならない。

この距離、さほど遠くはないが・・・正直、銃の腕には自信がない。

最初に撃った時のように、至近距離まで近づいたほうがいいな。

足音を立てず、かがみながら慎重に近づく。ゾンビは俺に気づいていない。


・・・だが、俺はゾンビを撃つこと、鍋とフォークの回収を諦めた。


理由は簡単だ。足音が聞こえてきたからだ。一体や二体といった数ではない事は

足音の重なる大きさで分かる。悔しいが引くしかない。俺は目線をゾンビに

合わせたまま、後ろに下がる。ほどなく、ゾンビが火の回りを囲うように集まりだした。

俺は、この高台のカフェを後にした。



暗い道は不安を掻き立てる。いつ飛び出してくるかと、気が気ではない。

夜道を、懐中電灯を照らしながら歩いた。

どのように歩いているのか、理解しきれていなかったが、波の音は

聞こえなくなっているので、海からは確実に離れている。


しばらく歩いた所で、建物がほとんどない凹凸のある開けた場所が現れた。

ぽつんと現れるガードレール。全体がサビつき、長年の風化を感じさせる。

そのガードレールの側、一本の大きな柱。蔦が絡まり合っていて分かりづらいが

以前は電信柱であったのだろう。その電信柱に寄り添うように

一軒の建物が目に止まる。


玄関の前には二つのガラス張りの大きな箱。アイスなどの

冷凍菓子を保存する冷蔵庫だったようだ。

この雰囲気。何故か懐かしさすら感じる。俺は中に入った。

懐中電灯と銃を構え、建家内を見回す。


どうやらこの中には、ゾンビの気配は無いようだ。


狭い室内、壁側に置かれた無数の小さなプラスチック容器。

真ん中に置いてある棚にも、それは置いてある。

壁に掛る色あせたポスター。最奥には古いレジカウンター

間違いない。ここは駄菓子屋だ。

こんな状況でもなかったら、結構時間をかけて物色していたかも。

とは思いつつも、ついつい目は棚に置かれた駄菓子に目が行く。

これが全部食べられればなぁ・・


ふと目に止まる駄菓子がある。俺は気になって手に取る。

驚いた・・・それは手羽先だ。駄菓子屋なのに手羽先が売っている!

この手羽先は、一つ一つが丁寧に真空パックされていて、片手で持つのに

手頃なサイズ感だ。色は茶色く光沢がある。醤油ベースの味なのかな?

どうだろう・・・食べられるだろうか? 俺は一つ袋を開けた。





袋を開けて、中身を取り出す。見た目からタレが一緒にパックしているものだと

思っていたのだが、タレのような汁気はなく、かなりドライだ。硬い。

臭いは・・・ないな。臭みはないので食べれるか。

俺は手羽先にかじりついた。


触って硬いなら噛んでみても硬い。当然か。俺は入った歯を強引に押し込み

肉を引きちぎる。硬い・・・が、それがいい! 

甘辛く味付けされた醤油ベースの味と、噛めば広がる・・・これは大蒜!!

確かに感じる鶏肉の味!! どの味も噛めばしっかりと感じる事ができる!

醤油、にんにく 鶏肉、決してどれかの味が先だっているわけじゃない。どの味も

いや、三つの味が同時に・・最高のバランスでこの味は成り立っている!!! 





       うまい!       旨いッ!      美味いッ!!!





俺はもう一口、もう一口とかじりつく! 腹がいっぱいになっているのに

この味に夢中になっていた。


ふぅ・・・満足満足。俺は棚にあった、残りの手羽のパック三つをバックに詰めた。

駄菓子屋のレジ奥、座敷になっている。俺は近くにあった棚で座敷を囲い、申し訳程度の

バリケードを造った。今日はここで宿をとろうと思う。



しかし目標としていた海があの様子だった。それはやはりショックだ。

魚を釣って食べる事も、船を出して助けを呼ぶこともできない。

海の道は絶たれた。


・・・一旦、街に戻ってみるか。街の全てを見て回った訳じゃないし、

まだ助けとなる物はあるかもしれない。ひょとしたら

助けてくれる人は居るかもしれない・・・怖いけど

とにかく街に戻る。俺はゆっくり目を閉じて、眠りについた。




銃を抱えながら眠る・・枕も、布団もない寝床は妙に冷える。

眠っているのに、恐怖だけはハッキリと頭の裏にこびり付いて離れない。

風に吹かれた木々の音にさえ、一瞬緊張してしまう。


明日にはきっと、暖かい布団のある場所を見つけられているんじゃないか?

いや、見つけてるに決まってる。何事もなく救助されてハッピーエンドさ。

それで普通の仕事に、普通の給料で、普通の生活が待ってるんだ。

絶対そうだ・・・





そう思わないと、今すぐに

この銃の引き金を引いてしまいそうで・・・


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