第7話

ガタッ!


何かの物音で目が覚めた。はっきりとしない意識の中、抱えた銃を

周りに向けた。


時折、強く吹く風が小窓を揺らしている。

小窓が揺れる音か。そう分かると、急に安心感を覚え、ため息が漏れた。

どのくらい寝ていたのだろうか? 小窓からは薄っら夜が明けかけているのが確認できる

俺はバックを背負い、銃を握る。


度重なる緊張と、歩き回った疲れがまだ抜けていない。

だが、ここに長居をしても意味はない。

突っ返させていた机をどかし、俺は扉を開けた。


むやみに歩き回っても効率的では無い上に危険だ。なので今の

自分の目的を決めることにした。それは「海を目指す」というもの。

海で釣りを行い、魚を取得して、当面の食料を確保する。

手元に銃もあるので、山でこもって狩りという選択肢もあるのだろうが

生憎、俺は山の場所がわからない。わかれば選択肢にもできたんだが・・・

海なら、ここからでも大体の方角は分かる。


それともう一つ、可能性はほとんどないのかもしれないが、

動くボートや漁船のような、海の乗り物が有れば、この場所から

出られるかもしれない。救いの手があるかも・・本当に、望みは薄いが・・。


梯子を降りて、深呼吸を一回。冷たい空気が肺を満たし、目が冴える


俺は給水塔を後にした。





陽が高い時間、街中を歩くなら、大道りを歩いた方が良さそうだ。

ゾンビの姿はほとんど見られない。おそらく建物内にいるからだろう。

俺は錆びた車が連なる道の隙間を通りながら、周りの建物に目を向ける

一階の物陰や、オフィスか何かだった二階の部屋、そこかしこに

ぼやぁっと人のシルエットが確認できる。理由は分からないが、

出てくる気配はない。別に陽の光で体が溶ける訳じゃないだろうに

こいつらの行動原理はイマイチわからないな・・・。

もしかして寝てる? ゾンビも寝るのだとしたら、こいつらが

活動しない時間帯を狙い探索が可能だが・・。

まぁ今は、襲ってこないのなら、どうでもいいことか。


建物が閑散としてきた。そして聞こえる波の音。海が近い。

もう少し歩けば、見えてくるだろうか? 気持ちが高ぶる。

意識していたわけではないが、少し歩く速度が早くなっていく

道路より少し高い防潮堤。この防潮堤にもコケや蔦がビッシリくっついている。

蔦なんかが絡まっているなら、手を掛けて登る事が出来そうだな。

そう考えながら、俺は防潮堤に近づいていた・・・


「う゛ッ!!」


鼻を突く臭い。胸を直接えぐるような・・・なんとも言い難い臭い。

思わず嘔吐く臭いだ。何かが腐っている? いや、それにしたってこの臭いは酷い

一体何が臭っているんだ? 近くに何かがある。おそらくこの防潮堤の、その向うだ。

俺は銃をバックと背中の間に突っ込み、蔦に手を掛ける。しっかり握れる蔦は、

俺の体重を十分に支えている。これなら登っていけそうだ。



もう少し・・・



防潮堤を上りきり、その上に立った。そこから見える景色は

本当に、この世の物なのか? 目を疑った・・・。


大量に打ち上げられた魚。挫傷した船。大きな腐肉の塊は、おそらく鯨のような

大型の水生生物だろう。その腐敗した死体の山が、防潮堤部分まで敷き詰められている。

もちろん魚ばかりではない。牛や馬のような物、人間もここから確認できる。

長い時間、ここで潮風にさらされて腐敗し、魚も、牛も、馬も、人間も

全ての死体の肉が溶け合って、一塊の濁った腐肉のゼリーになっているように見える。

その光景が見渡す限り続いている。赤茶色い泡が海に浮かび、

防波堤先に見える灯台には、そのくすんだ赤茶色い泡のようなものが大量にへばりついている。

折り返す波が泡を砕き、宙に舞っている。まるでしゃぼん玉だ

くすんだシャボン玉・・・。


この光景を目の当たりにした俺は、その場でヘタリこんでしまった。思わず力が抜けた。

甘かった。考えが。目の前の現実が「逃げ場はない」と語っている。

海自体が死んでいる。これでは釣りをしても、おそらく何も釣れないだろう。

挫傷した船になにか使えるものがあればと思ったが、足の踏み場なく死体が敷かれていて

歩いて行けそうにない。俺はここで考えることをやめた。



少しの間、この光景を眺めていた。

こんな時でも、寄せては返す波の音は、変わらず綺麗だな・・・・







・・・・・・・・・・・・・・・。












さて・・・・・行くか。








防潮堤を俺は後にした。


しかし、これからどうしたものか? 俺は歩きながら考えていた。

なだらかな坂道。少し小高い場所に出た。そこで目にした建物。

どうやら以前はカフェのような店だったのだろう。

店の外にはテーブル席が有り、朽ち果てたパラソルが哀愁を誘う。

俺は建物内に足を進めた。中は埃と汚れこそあるが、他の建物より幾分ましで、

荒らされたような形跡もなかった。ここなら、まだ何かあるかもしれない。


小さいが、洒落た店内、時間が経っているというのにそれを感じさせない。

キッチンも同様で、ここを経営していた人が愛着を持っていたことが分かる。

丁寧な仕事をしていたんだろうな。

俺はキッチンにある戸棚を開けた。缶詰だ!!

・・・・・

喜んだのも束の間、缶詰は錆だらけで、少し中身が膨らんでいる

膨らんでいるということは、中でガスが発生している。

食べるのは危険だろう。他には何かあるだろうか・・・

戸棚の片隅、思わず口元が緩んだ。

見つけたのはパスタだ。未開封のパスタ。

これなら食べられそうだ!





ここには調理器具も揃っている。着火用のライター、少し錆びているが鍋もある。

水もあるから、パスタを茹でることができるぞ!

少し早いが、今日はここで夜を過ごすことにした。


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