第4話

 宿にある食堂で、恵はぶつぶつと不満を口にしていた。

「なんですか、もう! なんなんですか、まったく……」

「悪かったって……ていうか、俺のせいじゃないんだけどな」

「口答えするんだ」

「だから……ああ、もういいや」

「よくありません!」

「しょうがないだろ、ああなっちゃったもんは!」

「責任取って下さい!」

「結婚でもしろってか!」

「そ、そこまで言ってないじゃないですか! ぷんすか!」

 もうかれこれ、一時間はこのやり取りが続いている……正直、疲れた。恵って、相当根に持つタイプだったんだな。アリサのが案外ケロっと忘れそう。許してくれそう。うん、そうに違いない。勝手な妄想です。個人の感想です。はい。都合のいいように好きな女を解釈しちゃっているだけです、はい。

「ふんっ……!」

 こりゃ、当分機嫌はよくなりそうもねえなあ。かといって、ほかって置いたらそれはそれで文句言いそうだし、どうしろと?

「あ、そういえばさ」

「なんですか」

 めっちゃ睨んでるよ、この人。

「いや、その。たしか今日からイベントが始まるらしくてさ。花の蜜を集めて、香水を作ろうって奴で……」

「え、香水ですか!」

 飛びついてきた。やはり、女の子は化粧関係に弱いとみた。ズバリ、的中。

「そうなんだよ、魔力を上げる効果もあるらしくて……よかったら、作りに行かないか?」

「いいんですか! 行人さん!」

「あ、ああ……勿論」

「やったぁ! どんな匂いの香水だろ……今から、楽しみだなぁ~」

 女心と秋の空ってか……もう機嫌直ってるし。女ってほんと、切り替えはえーよなぁ。

 出来れば、アリサの奴にも声をかけてやりたいところだが……あいつの居場所をしらねえわ。『紅魔ノ光』のユニオンに行けば会えるのだろうか。

 そこの場所も正直、知らないんだけど……なんか結構有名なユニオンらしいし、人も多いみたいだから、行きたくねえなぁ……人の多いところは苦手だ。

 ま、せっかく機嫌もよくなりつつある恵を刺激するのも、あれだろ。二人で行くか。

 そういうことで、俺らは二人でイベント会場まで足を運んでいた。

 風船が飛び交い、花火のようなものが鳴り響いている。随分と盛大だな……結構、大掛かりなイベントなのだろうか。

「あ。あんた達も来ていたの?」

「おう、アリサも来ていたのか。丁度いいや。パーティー組んで一緒にやらないか?」

「いいわよ。特に予定もないし」

「香水、楽しみですね! アリサさん!」

「そうね~。私はそれほど興味があるわけじゃないんだけど……私は魔力を上げる必要性もあんまりないし」

 アリサはどうも、香水とかにあまり興味がないらしい。女の子にしては珍しいな。ついでに、脳筋だから魔力を上げる必要もないと。

「あんた今、変なこと考えなかった?」

 げっ。地獄耳か、こいつは……。いや、ていうか人の心の中を察知するな。

「いや、別に。それよりさっさと行こうぜ」

「あんたに指図されなくったって、行くわよ」

 その時だった。

「おいおい、アリサ。何やってやがる。俺ら『紅魔ノ光』の面子を差し置いて、どこの馬の骨かわからん連中とパーティー組んでんのかあ?」

 誰だよ、こいつ。嫌な感じの奴らだな。ん? 『紅魔ノ光』つったか? アリサの所属してるユニオンの連中かよ。こんな連中なのか。随分、程度が低いというか……。

「何よ。人の勝手でしょ。初心者には厳しいイベントだから私が……」

「お前がレベル1の時に助けてやったのは、誰だと思ってんだぁ? 俺らだよ、オ・レ・ラ!」

「っ……」

「調子に乗って高ランクのクエスト引き受けて、ボコられて、偶然居合わせた俺らに泣きついてきたのは、どこのどいつだっけぇ?」

 ハハハッと、笑う『紅魔ノ光』のメンバー達。アリサの奴……もっと上のクエストをクリアしたとか言っていたけど、そういうことだったのか。いかにも、初心者が起こしそうな凡ミスだろう。それを別にどうこう言うつもりはない。

 それを現在進行形の初心者である俺らに向かって言い放つ辺り、こいつらの性格は最悪だろう。どうして、こんなところに入っているんだ、アリサの奴は。助けられた手前か? アリサの奴はきっと今、恥ずかしさと悔しさが入り混じっている所だろう。

「お前は俺らに多大な借りがあるわけよ。それをきっちり、返してくれないとなあ? 何せ、命の恩人だからよぉ」

「わかってるわよ、そんなこと! でも、今日は……」

「おいおい、お前に拒否権なんてあると思ってんの? さっさと来いよ!」

「今日はこの服で頼むよ。アリサちゃんのコスプレみたいな~、僕ぅ~」

 俺は、もう我慢できなかった。頭で考えず、体が先に動いた。

 俯いて震えるアリサの前に立ち、こいつらを睨みつけた。

「あん? なんだぁ、てめぇ……」

「何々? アリサちゃんの彼氏ィ? んなわけないよね~。見たところ、初心者丸出しの装備だしぃ~。まだこんなことやってんの、アリサちゃん? 初心者を見かけたらすぐ助けようとしちゃってさー。敵増やしてどーすんのよ。せめて、俺らみたいにユニオンに誘って回収してくれないと~」

「おい」

「あ?」

 俺は迷わず、殴りかかりにいった。相手はそれをひらりとかわす。

「ははっ、何だこいつ。ムキになってやがる! お前みたいなとろいパンチが当たると思ってんのかよ! 俺らのレベル、いくつだと思ってんの?」

「知るかよ、そんなもん。アリサに謝りやがれ!」

「行人……」

「謝るぅ? なんで僕らが。君こそ、謝るべきでしょ。いきなり殴りかかって来てさー。そんなにボコられたいのかな?」

「やってみろよ」

「アァ? 調子にのってんじゃねーぞ、ガキ!」

「行人さん!」

「やめて、行人! 私のことはいいから!」

「いいわけあるか! あんなこと言われていいのかよ! 悔しくねえのか! なんで、そこまでされてこんなユニオンに従ってんだ! 抜けちまえ! こんなところ!」

「行人……」

 俺がアリサのことが好きだからとか、そういうことじゃない。こいつらのやり方はクズだ。最低だ。気に入らない。こんなユニオンにアリサを置いておけるか!

「調子に……のんじゃねえぞ!」

 瞬間、鋭い蹴りが俺の脇腹に炸裂し、遠くへと吹き飛ばされた。

「行人!」

「行人さん!」

「ハッ……大したことねえな、おい!」

「ほんと、大したことねえな。お前」

「何? てめえ……」

 すぐさま起き上がる、俺。ノーダメージだ。

「ほう、見かけによらずタフじゃねえか。街中でのPKはご法度だ。表に出な」

「いいぜ」

「ちょっと、行人! やめなさいってば! 私のことはいいから!」

「男にはさー、男の意地ってもんがあるんだよ。止めてくれるな」

「あんた……バカでしょ、ほんと……ばか」

「へっ……」

 そういって、俺は親指を立てた。

 PK可能の専用フィールドに転送装置で移動した俺ら。PKっていうのは、プレイヤーキラーのこと。または、プレイヤーキル。ようするに、他人に攻撃を加えることを目的とした行為のことだ。MMORPGなどでは、主に相手を殺すことで他人のアイテムを奪ったり、EXPを獲得したり、邪魔が目的だったり、自分の強さを相手に見せつける為だったりと、様々だ。

 この現実世界におけるPKとは、即ち【死】だ。まあ、この専用フィールドでは色々と『設定』出来るようだが。死亡ダメージを受けたら強制終了とか。

 肉体的ダメージを受けない仮想空間でのバトルとか。

 今回はどうだって? 勿論、性格の悪いこいつのことだ。【死】のありえるPKゾーンだろう。ま、俺は死なないけどな。

「覚悟はいいか、クソガキ。俺は手加減しねえぞ。死んでも恨むなよ」

「こっちのセリフだ。泣き言言うんじゃねーぞ。それと、俺が勝ったらアリサはユニオンから脱退させろ」

「それはできねえ相談だな。そもそも、俺はユニオンの代表じゃねーんだ。それを出来るのは、団長だけだ」

「団長……後でそいつに直談判してやる」

「ハハッ、てめえなんかが気軽に会えると思ってんのかよ」

「だったら、お前がアポを取れ」

「いいだろう。俺様に勝てたならなぁ!」

 サーチ・オン……相手のステータスを参照……ダメだ。隠してやがる。名前は……ガルフ・ウェイバー。レベルは……32!? たかっ!

 この世界のレベルはとてつもなく上げにくい……その中で32は高い方だろう。口だけはあるのか、こいつ。だからって、アリサにした行為は許せねえけどな!

「うおおおおおっ!」

 俺は走りだす。木刀一本で。

 相手は斧を持っている。しかも、馬鹿でかい。勢いをつけて、殴りかかったが……その馬鹿でかい斧を素早く振り回して、木刀が破壊された。

「ぐあっ!」

 あまりの衝撃に、ふらつく。手が痺れてやがる……!

「死ねぇっ!」

 そのまま斧が俺に向かって飛んでくる!

「行人!」

 直撃を受けた俺は、吹き飛ばされる。

「へっ……大したことねえな。手応えはあった。間違いなく、致命傷だぜ。これは。そもそも、レベルも装備も別次元だ。防げるわけがねーけどな」

「そいつはどうかな」

「なっ……」

 傷一つついていない俺を見て、さすがのガルフは驚いたようだ。当然か。普通なら、あの一撃で即死だったろう。それがピンピンしてるわけだからな。

「てめえ……何者だ。何しやがった? 防御系のスキルか? いや、どんな防御スキルかしらねえが、このレベル差で俺の一撃を受けて無傷なんてことは……まさか……チート保有者か!?」

「だったらどうする!」

「チッ……なら、こいつでどうだ! 大地の怒りィ! グランドウェーブ!」

 地面が割れ、さらには巨大な岩が飛んでくる。その攻撃をマトモに受けて俺はまたも吹き飛ばされるが……無傷。

「この野郎……」

 ガルフの奴はムキになってスキルを連発し始めた。そろそろMPが尽きる頃だろう。

「はぁ……はぁ……はぁ」

「どうした、この程度か」

「いい気になるんじゃねえぞ、クソガキィ……。てめえは、俺様に一発もダメージを与えてねえ。条件は同じだ。てめえはたしかに無敵のようだが、俺にダメージを与えられないのは一緒だ。お前と俺じゃあ、レベルが違いすぎんだよ!」

 たしかに。俺は何のスキルも持っていない。木刀はあのザマだ。このままじゃ、双方無傷のまま、泥仕合になるだけ。どうする?

 その時だった。

「受け取りなさい! 行人!」

「えっ……」

 俺は投げられた剣を受け取った。

「その剣には、剣特有の追加スキル『ポイズンソード』があるわ! それで、相手を毒状態にさせてじっくり倒しなさい!」

 アリサだった。そうか、その手があったか。俺が何のスキルも覚えていなかったとしても、武器自体にスキルや状態異常が付与されている装備を使えば、どうにかなる!

「アリサ、てめえ!」

「卑怯とでもいうの? そんなレベル差で勝負を挑んだ奴に言われたくないわね。PKゾーンで、背後から違う相手にやられるなんて、よくある話でしょ。他プレイヤーが参加出来る状態にしていたあんたが悪い」

「うおおおおおおおおっ!」

「てめえの攻撃なんざ、俺に当たるかよ!」

「ポイズンソードォ!」

 俺の放った一撃は、ガルフに直撃した。ガルフの奴は毒を受けて、悶えている。

「がっ……な、何故……奴の攻撃が、俺に!?」

「ふん……エンチャントよ。命中率の上がるエンチャントを付与しておいたのよ。初心者だと思って、確認を怠ったわね」

「く、くそ……が」

「早く負けを認めないと、毒で死ぬわよ、あんた」

「……」

「俺の……負けだ」

 そうして、俺はガルフに勝利した。これで、約束通り団長に会わせて貰うぞ。

「その必要はないよ」

「え?」

「だ、団長……」

 どうやら、俺達の戦闘を見ていたのは他にもいたらしい。気づいたら、周りにはそこそこのギャラリー達がいた。どっから集まってきたんだよ、こいつら……。

「話は聞かせて貰ったよ。ウチのメンバーが、迷惑をかけたようだね。謝罪するよ」

 そういって、素直に謝罪した団長。

「だったら、アリサの脱退を認めてくれ」

「それは出来ない。彼女は、今後のウチの戦力として必要な人材だ。それに、ユニオンを脱退するには、脱退金が必要だ。彼女にそこまでの貯蓄はまだないはず」

「……」

 アリサは黙っていた。なるほど、一度入ると簡単には抜けられないシステムになっているのか……団長権限なら可能だろうけど。

 そしてそれは、この世界に来てまだ一週間程度のアリサが払える金額じゃとてもないということ。だから、ユニオンに招き入れてコキ使うあいつらみたいな連中が横行しているのか。ひどい話だな。

「彼らは僕の権限で脱退処分しておくよ。あんなことをしているとは、思わなかった。アリサ君も、僕に相談してくれればよかったのに」

 こいつは、良い奴なのか? いや、どうもきな臭い感じがしてならない。表に出さないタイプだ。そうに違いない。そうして、そういう奴のが厄介だ。

「それに、僕はアリサ君のことが好きだしね」

「なっ……!」

 何をさらっと言ってやがる! 俺のアリサに!

 ……いや、俺のじゃねえけど。

「今回のお詫びとして、君らが集めようとしていたイベントの蜜を好きなだけ持って行ってくれたまえ。すでに香水化したものもつけよう。それで、手打ちとしてくれないか」

「ふざけんなよ……そんなもので」

「いいわ、それで」

「アリサ!?」

「いいのよ、もう。これ以上、揉め事起こしてどーすんのよ、注目浴びすぎているわ。あんたら、少しは自分の立場を理解した方がいいわよ」

 それは、この一件で俺らが色んな連中にマークされるかもしれないってことか。噂にもなるだろうしな。けど、そんなことを気にしている場合かよ。好きでもないユニオンに無理やり入って、挙句の果てにあんな目に合わされているなんて。黙ってられっかよ。

「それはもう、今解決したじゃない。あいつらは脱退するようだし。いいのよ、私は。実際、助けられたのは事実だし。ユニオンの脱退は……考えているけど、お金が足りないしね」

「出来ればずっといて欲しいのだけどね、僕は」

「……」

 アリサはこいつのことをどう思っているのだろう。脱退の意思があるってことは、そういうことなんだろうけど。

 ここから先はアリサが話を仕切って、この一件はこれで終わることになった。

 当然、イベントは中止。花の蜜は大量に貰ったので、香水を作ることは出来たが。

 それから、暫くの間、アリサは姿を見せることはなかった。

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