第5話

 俺と恵は、宿屋で朝食をとっている。いつも通りの風景だが……。

「アリサさん、どうしちゃったんですかね……」

「さあ……『紅魔ノ光』に行っても会わせてはくれないだろうし」

「そうですね……」

「この間の一件を引きずってなけりゃいいけどな」

「やっぱり、あの時のことが原因なのでしょうか……」

「かもな。とはいえ、あの時はついかっとなってああなっちまったが、元々はアリサ個人の問題だし、あいつがそれでいいと言った以上、これ以上おせっかいするわけにも行かないだろ」

「はい……でも、顔は出して欲しいですよね」

「そうだなぁ……ま、時間が必要なんじゃねえの。顔合わせづらいのは、わかるし」

「そうですけど……」

「やめやめ。朝から辛気臭い。俺達が心配しても、何かが変わるわけでもないだろ。そんなことより、自分たちのことを考えようぜ。俺らは未だにレベル1。その上、あんなことがあって色んな連中が俺たちをマークし始めている。この前も、儲け話がどうとか、ユニオンの誘いとか、色々あった。PKに遭遇する可能性だって、ないわけじゃない。何が言いたいかと言うと、俺達はそろそろ本格的にレベルアップを図らないとダメだってことだ」

「具体的にどうするんですか?」

「それは……」

 それは、どうしよう。そう言われると、困るんだよなあ。単にクエストをやるってだけじゃ、そんなすぐには強くなれないし。

「それはそうと、『チートスキル』なんて持っていたんですね?」

 う……バレてしまった。こんな早くバレるとは思っていなかったけど、いつかはバレるだろうとは思っていたし……別にいいんだけどさ。どっちみち、あのスキルじゃバレるのは時間の問題だったし。

 そう、あれから俺は『チート保有者』として、脚光を浴びてしまい、色んなパーティーやユニオンから誘いを受けまくっていた。それらを全部断っているのだが……別に、恵とのパーティーなんて一過性のものだし、さっさと別れて大手にでも入る方が得だろうけど……それをしないのは、やはりこの前のせいだろう。

 あんな胸くそ悪い話を聞いてからでは、どこもまるで信用出来ない。うまい話は全て罠にしか見えないからだ。それなら、付き合いは短くても、それなりの人となりを知っている恵のがまだ信用出来る。アリサはもう、根っからのお節介焼きだし。惚れた女に騙されるなら、それも一興だしな。

 そもそもあいつらは俺が欲しいんじゃない、俺の『チートスキル』が欲しいだけなんだ。人を物としてしか見てない連中のところになんざ、行けるかよ。

「あ、ああ……いや、悪い。言うか言わないか迷ってさ」

「そうですね……そんなスキルを持っていたら、たしかに言い出せないのもわかりますけど」

「俺が信用出来ないっていうなら、解散しても……」

「どうしてですか? 私、そんなこと一言も言っていませんけど」

「そ、そう?」

「はい。だって、行人さんは最初からずっと私のことを助けてくれたじゃないですか。私の時もそうだし、アリサさんの時だって。行人さんの人間性はそれだけでわかりますよ。私は行人さんのことを信頼してますから」

「なんか、照れるな……」

「まあ、人の胸触ったり、パンツ見たりする変態さんなところもありますけど」

「いや、だからそれは事故だって!」

「ほんとかなぁ~」

「本当だって!」

「ぷっ……」

「え?」

「あははははっ」

 そういって、恵は笑う。なんだよ、まったく。

「行人さんは正直なんですよ。それは見ていてわかります。だから、そんな行人さんと私は一緒にいたいと思ったんです」

 え、それって……。

「てわけで、『ユニオン』作りませんか?」

「へ?」

「ユニオンですよ。ユニオン。私達がどこにも所属していないから、問題なのであって。自分たちで作っちゃえばいいんです。勿論、団長は行人さんがやって下さいね」

「俺が団長!? いや、それより『ユニオン』ってたしか、レベル10ないと作れないんじゃなかったか? それに、設立金が必要だし……」

「だから、レベルアップを図りたいんじゃないんですか」

「うーん……まあ、それもあるけど」

「何か手っ取り早くレベルアップする方法はないんですか」

「あるには、ある。と思う。ただ、リスキーでもある」

「なんですか?」

「一つは、高レベル帯の人間に金を渡してパーティーに入れて貰う。そこに寄生してレベルを上げる方法さ。リスクがあるのは、相手が悪意のある人間だった場合、置いて行かれる可能性もあるし、ハメられる可能性もあるし、基本的に前金が必要だから、バックられることもある」

「前金、ですか」

「そう。お互いのリスクを減らす為に、最初にいくつかの前金を渡しておいて、達成後に残りの分を渡すってのが、基本だ。こうすることで、リスクを最小限に出来る」

「なるほど……でも、たしかに危ないですね」

 あんなことがあった後だしな……それに、この現実世界での裏切りは即ち、死を意味する。高レベル帯のフィールドで置いて行かれたら、俺らは確実にアウトだ。

 俺はともかく、恵は間違いなく死ぬ。そんなリスク背負ってまでレベル上げを優先する必要もないだろうし。

「他にもあるんですか?」

「……恵も、少しは考えろよな。二つ目は他のユニオンに入ることだが、それはパスだ。他には……装備を揃えることだな。つっても、強力な装備は装備出来るレベル制限が施されていることがほとんどだ。じゃあどうするか。装備の中にはレベル制限が存在しない物がある。でも、これらは大したものはほとんどないんだけど……中には、超強力な装備も存在するわけ」

「それを購入するんですか? でも、資金が……」

「この前、あいつらから花の蜜と香水を大量に貰っただろ。あれを『フリーマーケット』で売る」

「あぁ、そういえば沢山貰いましたね。『フリーマーケット』なんてあるんですね、知りませんでした」

 恵はゲームとかしたことないんだろうな、きっと……。MMOじゃ露店を開ける場所があるのは、基本中の基本だ。通称、バザー、フリマ。

「そこで自分の店を開いて販売するか、競売をかけるか、他人に手数料と売上の2割を払って頼むか、どれかだ」

「へえ」

「行ってみるか?」

「面白そうですね、行きたいです!」

「じゃ、準備しよう。花の蜜は500個、香水は50個ある。昨日、フリマを回ってきたが、初心者には厳しいイベントってのは本当だったみたいだな。蜜は一つ500ルビー、香水は1個1万ルビーで取引されていた」

「そんなにするんですか!」

「ああ。だから、これらを都合よく売れれば、それだけで75万ルビーになる。俺らじゃきっと、数ヶ月かかっても稼げないと思うぞ」

「すごいですね!」

「この資金を使って装備を整える。俺は見ての通り、無敵だ。防具はいらねえ。まあ、スキルかエンチャントされているのを買うのも手だが、強力な武器を一つ買う方が絶対いいだろう。恵は全身揃えた方がいいだろうな。そうなると少しグレードを下げて手頃な装備になるだろうけど」

「私はなんでも構いませんよ。行人さんの好きにして下さい」

 恵はいい子だな……こういう時に大量の資金が手に入ると大抵、パーティー内で分前などについて揉めたりするんだが。

 ま、俺にもこのスカルブレイドがあるわけだが……ていうか、この武器、アリサに返し忘れたんだよな。『ポイズンソード』のスキルが追加されているこの装備は俺にとっては、かなり有用な武器なんだけど。

 買うならやっぱり、そういう系がいいのかもしれないな。とはいえ、毒無効の敵だって当然いるだろうし……。

 なんとなく、剣使いやってるけど、魔法使いとかだってやってみたいんだよなあ。

 『転職』システムも一応、あるみたいだし。

 盾役をやるなら近接武器でいいんだろうけど、詠唱中に隙の出来る魔法使いが、まったくダメージ受けなかったら、魔法打ち放題だろうし。正直、このチートスキルは汎用性が高すぎる。それに、俺のステータスを見て思ったが、俺は『魔力』のが、高いようだしな。

 魔法系が二人ってのは、バランス的にどうなんだって話だけど、そこはアリサが加わってくれれば、調整出来そうだし。

「なあ、俺。魔法使いをやってみたいんだけど、いいかな?」

「いいんじゃないですか?」

「……恵も、『転職』とかしないのか? ほら、俺。無敵だし。現状、ヒーラーいらないかなって」

 あ、また地雷を。言い方がいちいち悪いよな、俺って。もっと、オブラートに包まないと。

「うーん。たしかに、そうなんですけど……やっぱり、これでいいです。私、戦闘とかって苦手ですし……誰かを癒やす方が向いていると思うんです。それに、スキル習得画面を見たんですけど、回復以外にも、強化スペルがいくつかありましたし」

「ああ、攻撃強化とか、防御強化とか、そういう奴かな」

「そうです。それなら、少しは役に立ちますよね?」

「そうだな。俺はともかく、アリサとパーティー組んだ時は、ヒーラーはいると思うし、それでいいか」

「はいっ!」

 嬉しそうな表情をする恵。ちょっと、ドキっとした。ほんと、なんていうか……まっすぐというか。俺には勿体無いぐらいの仲間だろう。眩しくて、羨ましい。

 俺もこういう性格だったらなあ……そう思うが、人格までは転生しても変わらねえみたいだし。仕方ない。

「とにかく、フリマに行こうか」

「そうですね」



 俺たちはフリマへと足を運んでいた。その際中だった。

「あ、いたいた。行人様ぁ~」

「えっ……様?」

「はい! 行人様! 私達のユニオン『メイドの園』に来ませんか!」

 ああ、また勧誘か……しかし、メイドの衣装……ごくり。完全にドストライクだぜ。かぁー! やっぱ、メイドさんはいいよなぁ。男のロマンだぜ。

「ゆ・き・ひ・と・さん?」

 ギロリ、と。俺を睨みつける恵の姿がそこにはあった。マジ、こええ……。

「あーっと……悪いけど、俺は……」

「そんなこと言わずにぃ~。ほらほら~」

 そういって、俺に擦り寄ってくるメイド二人。そして……耳元でこう言った。

「ご・主・人・様・♪」

 うおっ! これはダメだ! ぞわっとした! 耳元で囁かれてぞわっとしたわ! マジ萌える! やべぇ! 破壊力やべぇ!

「ウチの団長は行人様を、副団長として招き入れたいと仰っています。それにぃ……私たちを毎日、『好きに』出来るんですよ?」

 人差し指をあてて、ウインクするメイドたち。その仕草もめっちゃ、かわいい。

 金ならともかく、女の誘惑はマジでヤバイ。理性が保てなくなる。拷問ですよ、これは。

 この前も、エロい格好をしたお姉ちゃんに、『い・い・こ・としない?』とか言われて、思わずついて行きそうになったし。ただでさえ、毎日恵の馬鹿でかい胸見てムラムラしているところにそんな誘惑あったら、ほんとーーーーーーーに、ヤバイから。

 おかげで、トイレでしこる毎日ですよ、俺は。

 どうも、『チート所有者』ってやつは、ガチャなんて目じゃないほどの超低確率者らしくて、どこのパーティーもユニオンも喉から手が出るほど欲しているらしい。

「行人様ぁ~。ねえねえ、いいでしょぉ?」

「は、はいっ!」

「行人さんっ!」

「す、すみまません! 行けません!」

 思わず、噛んだ。

「何よ、さっきからそこの女。あんた、行人様のなんなわけ?」

「私は……私は行人さんの彼女です!」

「ええっ!?」

 驚いたのは、こっちの方だった。いきなり、何を言い出すんだ。恵の奴は。ていうか、いつの間に彼女に!? 付き合ってたの、俺たち!?

『話を合わせてください』

 小声で、俺に囁きかけてくる恵。あ、そういうことね……残念。

「ふぅん……じゃ、彼女さんも一緒に来る?」

「え?」

「ウチには、超高級店の化粧水やブランド品がいっぱいありますよ」

「えっ!?」

「あとあと~、行人様たちには特別に毎月五万ルビーの支給があるそうです♪」

「五万!?」

 五万といえば、前世では大体五百万ぐらいの価値だ。毎月、五百万貰ってメイドたちに囲まれていちゃラブ生活とか……夢のようじゃないか。パラダイスってレベルじゃねーぞ。

「「えへ、えへへへへ……」」

 俺と恵は同時に顔を合わせたが、二人共にやけた面をしていた。もうダメだ。完全に落ちている。相手のペースに飲まれちまっている。いいじゃないか、断る理由がどこにある? もう、完全にメイドたちで遊ぶことで頭がいっぱいだぁ!

 極めつけの一言。メイドが耳元で。

「『奴隷』もいますよ」

「いきまーーーーーーーーすっ! 行かせて下さいっ!」

「はぁいっ♪ では、お二人様、ごあんな~い♪」

 そういって、終始にやけ顔の俺ら二人をメイドが腕を組んで案内しようとする。ああ、胸が当たる。腕が柔らかい……くう、たまらん! なんか、いい匂いがするし!

「ちょおおおおおおおおおおおおっと、まったあああああああああああっ!」

 遠くから、怒声のようなものが聞こえてくる。

「はあ……はあ。何やってんのよ、あんたたちっ!」

「あ、アリサっ!?」

「ちっ……」

 あ、今。あからさまに舌打ちしたよ、このメイド。

「何ですか? 貴方は。邪魔をしないでくれます? 今から、行人様たちを私たちのユニオンへご招待する最中なんですから」

「そうだそうだ! 俺たちのパラダイスを邪魔するなー!」

 完全に懐柔されていた。勝手に口が出てびびったぐらい。

「そうだー!」

 恵まで。

 それを見た、アリサさんは……当然のように、激高。

「バカッ! 目を覚ましなさい! あんたらは騙されているのよ! 目当ては、あんたの『チートスキル』なのは明白でしょうが! 馬車馬のように働かされるわよ! ノルマだってあるんだから、ああいうユニオンは!」

「えっ……」

 テンションダウン。びゅううううん。

「あんたらも、私みたいになりたいわけ? ユニオンはよく考えて選ばないとダメよ。少なくとも、初心者のうちに決めることではないわ」

「アリサ……」

「邪魔しやがって、このアマぁ……」

 メイドの声が急にドスのきいた声に変わる。こええ……女って、マジこええ……何、あの豹変っぷり。あ、でも。結構そういうのも好きだったりします。これはこれで、『アリ』かなって。うん、カワイイって正義なんだ。可愛けりゃ何しても許されるって、ほんとだね♪

 っておいおい。目を覚ませ。アリサの言うとおりだろ。この前の一件を忘れたのか、俺は。

「何? あんたら、私のユニオンに喧嘩売るつもり? いいわよ、相手になっても」

「くっ……覚えてなさい!」

 そういって、メイドたちは立ち去った。そんなに凄いところだったのか、『紅魔ノ光』って。

「大手ユニオンに睨まれたら、その町じゃもう活動出来ないわよ」

「……それって、俺たちアウトじゃん」

「はぁ……一応、『紅魔ノ光』はあんたらに対して報復を行うつもりはないらしいわ。あれから、規律も少し変わってね。あんたらとも、行動しやすくなったから」

「アリサさん! 心配してたんですよ! どうして、顔を見せてくれなかったんですか!」

「その割にはにやけた面してたわね、恵」

「えっ……あれは、その……いいじゃないですか、そんなことは! どうでも!」

「はいはい……まあ、あれから色々あったのよ。さっきも言ったけど、規律が変わったり、メンバーの粛清とか。後は、ユニオン戦も控えてたし……色々あって、顔を出せなかったわけ」

「この間の一件を引きずっていたんじゃなかったのか」

「え? 私が? そんなわけないじゃない。ま、ゼロとは言わないけどさ。そんなの、二、三日もすれば忘れるわよ。それより、あんたらの方こそ。大変みたいね。あんなゴロツキ連中に散々勧誘されちゃって。やっぱり、あんたらは私がいないとダメね。今後も私が面倒見てあげるわ」

 それって、プロポーズ? って、あんた「ら」か。残念。

 俺はアリサに最近の出来事と、今からについて話した。

「ふーん? なるほどね。あんたにしては、良い判断ね。そのスカルブレイドなら、あんたにあげるわ。私はもっと破壊力のある武器が好みだもの」

 使わない装備は、専用のポーチに転送して収納出来る優れものだ。

 出したい時は、ウインドウを出して選択するか、出したい装備の名前を発音して、最後に転送と付け足せば、出てくる。戦闘中とかはそういう出し方になるな。

「そうか、じゃあこれは貰っておくよ。俺らは今からフリマにいくけど、アリサもくるか?」

「いいわよ。私も、買いたいものがあったし」

 そうして、フリマに到着。

「競売にかけるよりは、露店で少し安めの設定をして売る方が早く捌けるわよ。転売目的の奴に買われかねないけど、売れないよりはいいでしょ」

「そうだな。手っ取り早く金が欲しいし。これだけの数を売ろうと思ったら時間もかかる。多少安くしてもしょうがないか」

「値下げをした場合。手数料と、売上の二割を引いて……52万ルビーってとこかしら。それだけあれば、十分な装備が買えるわね。少なくとも、レベル1の初心者が持つ装備じゃないわね」

「何かおすすめの装備ってあるか? 俺は魔法使いをやろうと思うんだけど」

「あんたが魔法使い? まあ、そのチートスキルを活かせないわけじゃないけど……盾やった方がいいんじゃないの、あんたは」

「そう思ったんだけど、現状、パーティーを組むにしてもこの三人以外でやることはないと思う。だから、盾役だと火力的に困るんだよ。恵はヒーラーだし」

「そう。まあ、たしかに私がいる場合はともかく、あんたら二人で盾とヒーラーじゃたしかに困るわね……仕方ないか。あんた、魔力高いの?」

「少なくとも、自分のステータスの中では一番高かったと思う」

「なら、適正能力はあるのか。いいんじゃない? やれば?」

「で、魔法使いの装備でいいのってあるか」

「魔法使いとなると、武器だけでも強力な魔力や、スペルが付与されているのが沢山あるし、防具だって魔力の底上げや、詠唱短縮など、様々ね。あんたが防具いらないって言った理由はわかるけど、魔法使いなら、全体の底上げに全身あった方がいいわよ」

「そうなると資金がなあ……恵の分もあるし」

「あの、私なら別にいいですよ。この装備のままでも……」

「何言ってんだよ。そんなのダメだろ。俺だけ強くなっても。それに、俺だって毎回助けられるかわかんねーし。恵にも強くなって貰わないと」

「そうですよね……」

「んー。どっかで妥協するしかないか。あんたの魔力がどんなもんかわからないけど、取り敢えず武器優先で、防具は詠唱短縮のあるなるべく安価な奴。恵も同様ね。これで探しましょ」

 俺たちは露店を他人に任せ、装備めぐりをすることにした。フリマには本当に色んな商品が展示されている。薬草から、武器、防具……部屋のインテリアから、趣味で作った服や音楽まで。様々だ。

「こうして見てると、どれも欲しくなってくるよな」

「わかります~。ショッピングは楽しいですよね」

「大して欲しくもないものまで買っていると後で後悔するわよ。大金を手に入れて、金銭感覚麻痺しないように気をつけなさい」

「へーい」

「はーい」

「本当にわかってるのかしら……」

 それから、あちこち巡った後、俺らは一旦露店に戻ると、全商品が完売していた。

「凄いな、もう売れたのか」

「通常の相場よりもだいぶ下げたからね。転売目的の奴が全部買っていったんでしょ、どうせ。今回は都合がいいわ。これでさっさとあんたらの装備を整えましょ」

「ああ」

「そうですね」

 アリサは、一通り巡った中で目星をいくつかつけたようで、それらを俺たちに紹介して回った。

「この武器は、魔属性のルーンスタッフで、弱点をつけない代わりに、ほとんどの敵に大してダメージを与えられる便利な杖ね。ルーン文字が刻まれていて、魔力も補強してくれるし、装備のレベル制限もない。ただ、高価ね。25万ルビーするわ」

「うーん、高いな……」

「こっちのサンダースタッフは、追加スキルに『サンダーボルト』が付与されていて、初心者にも扱いやすい武器になっているわね。問題点は雷属性だから、不利な相手に大して苦戦を強いられるってことだけど……5万ルビーで、安価ね」

 五万が、安価って……もう金銭感覚狂ってるだろ。この前まで、50ルビーのクエストを必死になって受けてたんだぞ、俺らは。

「ん、ああ……私も大手ユニオンにいるせいで、だいぶ感覚狂ってるわね。たしかに、あんたらじゃ数ヶ月はかかりそうだし」

「そんなに収入あるのに、脱退出来ないのか?」

「こんなもんじゃ、全然足りないわよ。脱退金ってのは、ユニオンが自由に設定出来るのよ。嫌なシステムにしてくれたもんね」

「そりゃ、最悪だな……自由設定かよ。それじゃ、永久に抜け出せない奴も出てくるんじゃないのか?」

「まあ、安易な気持ちでユニオンに入るなっていうのは、そういうことよ。入ったら最後。骨までシャブリ尽くされるってわけ。一応、自由設定といっても上限はあるけどね」

 どうせ、一千万とか一億とかそういう桁なんだろうなって思った。おー、こええこええ。

「優しいのは最初だけよ。途中からはノルマを達成出来ない奴は粛清されたり、ペット以下の扱いを受けたりするわ」

「……どういうとこだよ、ほんと。ユニオンってどこもそういうものなのか?」

「全部が全部そういう場所じゃないわよ、たぶん。ま、初心者の多い町ってのはそれだけそういう奴らが横行するから、多く見えるだけって話ね。ターゲットにされやすいのよ」

「そういえば、大手ユニオンなのに、始まりの街に常駐しているんだな」

「ええ。この町は中継点になっているからね。ここから転送ポータルを使って移動する場所が圧倒的に多いのよ。だから、この町に留まるユニオンもユーザーも多いわけ」

「なるほど。それだけ利便性が高いってことか」

「そういうことね。こっから、まったく出なくても生活に困らないし。ま、新天地を求めるユーザーやユニオンもいるし、新しい土地を開拓してそこの領主になる連中もいるし。色々よ。好きに行動すればいいわ」

 そりゃそうか。大手に食い物にされるよりは、新しい土地でそこの大手になる方が得と考える奴は多いだろうし、考え方は人それぞれだ。

「この世界は、例え大手であっても、二つまでしか拠点を作れないの。だから勢力図ってのは、そう簡単に広げられないし、派閥も多いし、争いも多いのよ」

 なるほど、そういうシステムか。確かにそれならどこか大手の一強とはならないし、色んな勢力が存在しやすい。ただ、そうなると争いも頻発するってことか……。

「同盟とかもあるけどね。それも沢山は組めないし、大手同士の同盟は禁止されているわ」

 よく出来ている。まるで、ゲームのようだ。ゲームをそのまま現実世界にした感じだろうか。そう考えるとしっくりする。ゲームバランスが極端に狂わないような調整がされているってことだ。

「で、どうすんの? 何買うの?」

「え? ああ……どうしよっかな」

 うーん、やっぱりルーンスタッフのが魅力的だなぁ。どの敵にもダメージが通るってのは、でかい。今後、腐らない武器ってことだ。ただ、高い。これを買うと残り27万ルビーで、防具は当然安価なものになるし、恵の分も考えないといけない。サンダースタッフにするべきだろうか……。それでも、現状なら十分すぎる武器だろうし。

「ルーンスタッフのがいいんじゃないですか? 行人さん」

「え、でもなあ……高いし」

「私のことなら、気にしないでください。それに、行人さんが戦力アップしてくれた方が私には助かります」

「……そこまでいうなら」

「じゃ、ルーンスタッフに決まりね。ちょっと、これ下さい……はい、25万ルビー。はい……ありがとうございます」

「はい、ルーンスタッフよ。受け取りなさい」

「お、おう……」

 25万の装備だ……緊張もする。それが俺の手に来た。瞬間、魔力を感じた。溢れ出てくるぐらい、強力な波動を……感じる。

「どう? 装備した感触は?」

「いや、すげえよ。これ……持っただけで、わかる。半端じゃねえってことが」

「ふうん……私は魔力がからっきしだから、よくわかんないけど、そういうものなんだ」

「アリサは脳筋だからな」

「なんですって!」

「はは、すまんすまん……でも、買ってよかったかも。後で魔法使いに『転職』して、初期スキルの習得をしてみるよ」

「わかったわ。じゃ防具は安物一式にするわよ。恵の分も買わないとだし」

「ああ」

 そうして、俺と恵は装備を充実させることに成功した。防具はやや安価とはいえ、初心者がもてるような装備じゃないことは、明白だ。

 恵の武器は、ヒーリングロッド。回復量を増やす武器だ。詠唱短縮の効果もあるらしい。

 また、魔力の底上げも行っているようだ。5万ルビーで購入。

 レベル制限のない優秀な装備は、それだけ価値が高いらしく、レベル制限のある装備よりも、圧倒的に高価だったりする。

 実際、ヒーリングロッドと同性能のレベル30武器が、5000ルビー程度で売られていた。つまるところ、レベル30の装備をレベル1でも持てるんだから、そりゃ高いわけだ。

 そもそも、初心者がこんな装備をレベル1で装備出来るわけもないのだが……ユニオンとかは、こういった装備を配布して即戦力として使うことが多いらしい。

「じゃ、試し打ちと行きましょうか。この間のウルフでもいく? リベンジしたいでしょ、あんたら」

「ああ。たしかにな。今なら勝てそうな気がするぜ」

「そりゃ、勝てるわよ。装備が違うもの」

 早速、俺達はこの前のウルフクエストを受けて、ウェアウルフ達のいる森へと向かった。

「グルルルル……」

「おー、いるいる。ウルフ達が大量だわ」

「さっそく、覚えた魔法を使って見なさいよ。恵は魔力強化のスペルを行人にかけなさい」

「は、はいっ!」

 恵はスペルアップの魔法を俺に付与。俺の魔力が強化された。

「よし、行くぞ!」

 俺は、魔法使いに転職し、最初に覚えた初期スキル『ウィンドブレード』を放った。

「風よ、全てを切り裂け! ウィンドブレード!」

 すると、ウルフ達はあっという間に紙切れのように切断された。

「すげえ……」

「風属性のウィンドブレード。土属性のあいつらには一溜りもないわね」

「すごいです! 行人さん!」

「ああ! すげえよ、恵!」

 俺と恵は手を取り合って、浮かれていた。それを見たアリサはムっとする。

「こほん……ここは戦場よ。気を抜かないで頂戴」

「あっ、ごめん」

「すみません……」

「わかればいいのよ。とにかく、クエストも達成したことだし、戻りましょ」

 クエスト達成報酬の50ルビーをギルドから受け取る。

「しょっべえ……」

「そうですね……」

「ま、そうなるわよね。金銭感覚はどうしても狂うわ。そんな序盤最強装備を手に入れちゃったら尚更ね。しばらくは何の苦労もなくスイスイクエストを達成出来るんじゃないかしら。そうすれば、レベルも勝手にあがっていくわ。ただし、油断は禁物よ。それは、自分の力じゃない。装備の力で強くなっただけ。モンスターの強さをちゃんと把握して、挑みなさい。いきなり強くなったせいで、戦闘経験がおなざりになったままだからね」

 アリサの言うことは至極当然だった。ゲームでも油断して急激に敵が強くなったゾーンまで足を踏み入れて全滅、なんてことがよくある。こっちでそれをやったら、デッドエンドだ。死んでしまう。気をつけないと。

「ま、高ランクのクエを引き受ける時は私が一緒の時にしなさい。いいわね?」

「あ、ああ。ところで、アリサってレベルいくつになったんだ?」

「私? 20よ」

「20!? は、早くね……?」

「大手ユニオンにいるから、早いってだけよ。あんたらが同じ速度で来れるわけないし、急がなくてもいいわ」

「あ、ああ……わかったよ」

 そうして、本日の冒険は終了した。こりゃ、このままだと一生アリサの尻に敷かれたままになりそうだ。と、俺は思ったのだった。

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