第2話 長州力への挽歌

※この作品は2016年 05月27日に「小説家になろう」に投稿したものです。


もう、今から13年も前のことである。

ワールド・ジャパンプロレス、略称WJというプロレス団体があった。

新日本プロレス(略称新日)を退団した長州力が設立した新団体である。

当時、新日の経営の混乱は、多くの有力選手の流出を招いていた。

武藤敬司はもう一つの老舗、全日本プロレスへ移籍。

橋本真也はZERO-ONEという己の新団体を設立。

そして、長州力もまた、新団体を設立したのだった。

長州力のタニマチがスポンサーにつき、資金は豊富。

その資金をバックに、新団体としては豪華なメンバーを集めた、と豪語していた。

……が、実際には長州の弟子である佐々木健介とプロレスリング・ノアを退団した大森隆男を除けば、盛りを過ぎたベテランか、経験の足りない若手ばかり集まった団体であり、新団体の割には今ひとつ新鮮味に欠けていたのも事実だった。

心あるファンは、大丈夫なのかと心配した。

心ないファンは、大コケするのではないかと期待した。


そして、実際に動き出したWJは、心ないファンの期待に、これ以上ないくらいに見事に応えてしまったのである。

有力な他団体のビッグマッチにぶつけた旗揚げ戦は、興業戦争で惨敗。

旗揚げシリーズの目玉だった長州と天龍のシングルマッチ連戦は、途中で天龍の怪我により中止……ということになっているが、実際には長州の方が怪我をしたのではないかと、当時から疑われていた。

ファンの期待に応えないマッチメイク、営業力の無さによって目立つ空席、若手こそ懸命に頑張るもののベテランは省エネに徹する短い試合時間……

ツッコみどころ満載のWJは、大規模匿名掲示板「2ちゃんねる」のプロレス板住民の格好の標的となり、「WJだけは勘弁してください」がプ板住人の合い言葉になった。


そんな2ちゃんのWJ祭に参加するチャンスを狙っていた私は、2003年8月3日、駒沢オリンピック公園体育館で行われる大会に足を運んでみたのだった。

ロビーに割引券が大量に置いてあったにもかかわらず、正規の料金でチケットを買ったのは、きちんと金を払った以上は、どんな楽しみ方をしても許されるだろう、という言い訳エクスキューズのためだったのかもしれない。

実際、試合のレポートや、それなりに空席が目立つ場内の写真を2ちゃんにアップして「神」呼ばわりされたのだから、元は取れたと思っている。


では、「プロレス」の試合に対して払った金として元は取れたのか?

その意味では、NOである。

何しろ、生で観戦した試合は……短かった。

つまらない、とは言わない。若手選手が必死に頑張っているのは見えた。

当時どっぷりとプロレスにハマっていた私は、もっとレベルの低いドインディーの興業や試合もいくつも見ている。下には下があるのだ。


それでもなお、天龍源一郎以外のベテランは手を抜いているんじゃないか、と疑いたくなるような短い試合を見ていると、「金返せ」という言葉が喉の所までこみ上げてくるのも事実だった。実際に、試合中に会場内からは「金返せ」というヤジも少しは飛んでいた。

そんな試合が続きながらも、それでも私はセミ・ファイナルの長州力VS安生洋二というシングルマッチには、さすがに期待していた。

新日とUインターの対抗戦以来の因縁がある長州と安生の試合である。さすがにこれは激闘になるのではないか。

……そんな期待をしていた私は、まだ甘かったのだろう。試合は、ロクにからみもないまま、長州のリキ・ラリアットが一閃して、あっさりと安生をマットに沈めたのだった。


そこで、休憩時間になった。

「レッスル1よりは面白かったな、レッスル1よりは……」

そんな会話が聞こえてきた。レッスル1とは、武藤敬司がメインになって行われた「新時代のプロレス」と称した興業だったが、エンタメを勘違いした演出が空回りし、試合内容もつまらない失敗興業である。それよりは面白い、というのは断じて褒め言葉ではない。

それでも、「金返せ」「つまんねえ」という声は、無いわけではないが、あまり聞こえてはこなかった。

あとで2ちゃんあたりには書き込むのかもしれないが、少なくとも会場内にいる間は、ファンは意外に優しかったのだ。


そして、その休憩時間中の一番印象に残った会話は、とある親子が交わしていたものだった。

まだ小学校高学年くらいの娘が、アラフォーくらいの父親に言ったのだ。


「ねえ、長州力って、もうあんな試合しかできないの?」


それは、皮肉でも嫌味でもなかった。

また、無知による無邪気な発言とも思えなかった。

父親にビデオかDVDでも見せられたのだろうか、プロレスを、それも全盛期の長州力のファイトを知った上での発言のように思えた。

その上でなお、真摯に、恐らく長州ファンであろう父親に、聞いたのだ。

今の長州力は、真面目に試合をして、あの程度の試合しかできないのか、と。


その問いに対する父親の答えは簡潔だった。


「そうなんだよ」


ただ一言、寂しげに、そう答えていた。

父親は、別に泣いてはいなかった。トイレか、売店か、どこに向かうのかは分からないが、娘と並んで普通に歩いていた。

だが、そのシンプルな答えの中に、私は長州ファンの慟哭を聞いた。声なき嗚咽を聞いた。確かに、聞いたのだ。


私は、別に長州ファンではなかった。橋本ファンとしては、むしろ新日から橋本を追放した長州は嫌いだった。


それでもなお、あのときの長州ファンらしき父親の寂しげな答えは、心に刺さったのだ。


そのとき、場内には長州の入場テーマ「パワーホール」が流れていた。

本来勇壮なはずのそのメロディは、しかし、非常に哀愁を感じさせるバラード調に編曲されていた。

私には、それが長州力に捧げる挽歌のように聞こえてならなかった。


……あれから13年、2005年の橋本の死を機にプロレスファンをやめた私が、どうして今更、あのときの父親の言葉を思い出したのか。

アルスラーン戦記15巻「戦旗不倒」を読んだからだと思う。

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