糸氏のプロレス

結城藍人

第1話 病気を商売にして何が悪い! 頑張れ北斗晶!!

※本作は2015年 11月30日に「小説家になろう」に投稿したものです。


ネットニュース、というものは、必ずしも正確な情報が得られるわけではない。

むしろ、偏向していると考えた方がいいだろう。

もっとも、そうした偏向は普通の新聞や週刊誌といった既存マスコミの方がひどいかもしれない。

ただ、普通の新聞や週刊誌は、それでも一応は「取材に基づいた」事になっている。ネットニュースの場合は、それこそネット上の情報をいじくりまわして偏向報道することもあるという。

例えば、全然炎上してもいないブログに、1つや2つ批判的なコメントがついただけで「炎上」「非難の嵐」と報道するなどという例があったという。もっとも、この例すらもネットニュースで見かけたものだが。

だから、これが正確な情報に基づいているわけではないことは分かった上で、なお憤りを感じるネットニュースがあった。


北斗ほくとあきら、というタレントが居る。元は超一流の女子プロレスラーで、夫の佐々木健介もまず一流のプロレスラーだった。本人は「鬼嫁」キャラで売っており、夫や息子達も含めて「健介ファミリー」という芸名?で家族タレントをやっている。

そして、彼女が乳癌を患っていることが先日発覚し、切除手術は成功したものの、転移が確認されたとの報道があった。

転移による5年生存率50%。あまりに過酷な数字だが、それでも生き残るために癌と戦うという決意表明は、さすがデインジャラス・クイーンの異名を取った名女子レスラーだけのことはあると感服した。

そして、彼女は実際に戦いだした。闘病の記録をブログで発表し続けているのである。


ところが、それを批判する記事をネットニュースで見かけた。病気を商売にするな、というのである。一番ひどかったのは最後のコメントだ。「治ってからやれ」と。

阿呆をぬかせ! と言いたくなった。

5年生存率50%ということは、10年生存率は何%なのか?

そもそも「治る」などという事があるのか?

いくら本人が「戦う」と言っているといっても、これは「プロレスラー」としてのコメントである。

転移した癌というのは、戦って勝てる相手なのか?


アントニオ猪木の名言に「戦う前に負けることを考える奴がいるかよ」というのがあるが、これは選ばれた「トップレスラー=負ける事が許されない団体の至宝」だからこそ許されるコメントであり、凡百のレスラーなら、むしろ負けた後にどうストーリーをつなげるか、負けをどう自分の魅力につなげるために自分をプロデュースするかを考えているはずなのだ。

最後こそトップレスラーに上り詰めたとはいえ、最終的には善玉ベビーフェイスに負けることを宿命づけられた悪役ヒールからたたき上げた北斗晶が、負けた後の事を考えないはずがないのである。


今回の場合、北斗晶が気にするのは、愛する夫と息子達のことであろう。

佐々木健介。既に引退したとはいえ、リングの中でこれほど頼りになる男はプロレス界でも数少ないトップレスラーの一人だった。きっちりと銭を稼げるレスラーでもあった。

では、リングの外では?

家庭内では頼りになる父親であり夫であろう。

だが、プロレスラーをやめた今、タレントとして銭を稼げる存在なのであろうか?


試合に負けて勝負に勝つ、ことができるのがプロレスである。試合内容で魅せることができれば、リングの上の星取り、ベルトの有無なぞよりもファンを惹きつける。

プロレスが興業である以上、最終的には「客を呼べる」レスラーが最強なのだ。「超一流」のレスラーとは、客を呼ぶ能力を持ったレスラーのことである。

そして、北斗晶は客を呼べるレスラーだった。タレント転身後も、十分な集客力、視聴率獲得能力を持っていた。すなわち、北斗晶は自己プロデュースの天才なのだ。いや、自己に限らない。夫、佐々木健介が一流レスラーの壁をぶち抜いて、外見上「超一流」の域に達したのは、北斗晶のプロデュースによるものだとしか思えないのだ。


まだ若かりし90年代から2000年代初頭において、深夜に友人と「どうして健介は一皮むけないのか」などというテーマで長電話したことが何度もあった。当時既に所属団体のチャンピオンになっていたにもかかわらず、今ひとつファンが乗れる要素が薄いキャラしか持ち合わせていなかったのが佐々木健介であった。

努力家である。プロレスラーとしては致命的に「小さい」体を、トレーニングで筋肉の塊にして業界トップ団体のチャンピオンまで上り詰めたのだ。リングの中の試合運びも決して悪くない。それなのに乗れない。なぜか?

試合以外でのアピールやパフォーマンスが、致命的にズレていたのだ。

某巨大掲示板でAAアスキーアート付きで流通した「正直スマンかった」のコメントに代表される、空気の読めない言動。むしろソコが愛すべき所、という魅力にできればよかったのだが、本人は師匠である長州力に叩き込まれた「プロレスラーには凄みがなければいけない。怖くなければいけない」という思想に呪縛されていて、それを魅力に昇華できなかった。これはつまり、自己プロデュース能力が無かった、と言いかえる事ができる。


そこを補ったのが、北斗晶だった。健介が団体に所属していた頃は口を出していなかったようだが、フリーに転向した段階で介入を決断したのだろう。団体から給料が貰えるサラリーマンレスラーと違って、フリーレスラーの場合は他の団体の試合に呼ばれなければ飯の食い上げである。呼ばれるような魅力=集客力を身につけなければならないのだ。

佐々木健介は劇的に変わった。かつては見下すような態度を取っていた弱小独立系インディペンデント団体にも積極的に参戦し、怖さ、凄みだけでなく親しみやすさ、優しさも表面に出してくるようになった。そうすると「怖いレスラー」としては違和感になっていた本人の純朴さも魅力に変わる。

かつては笑われるコメントだった「正直スマンかった」でさえも、その知名度を逆用して、ここぞという時に使って決めゼリフに変えてしまった。

これが、佐々木健介本人だけでできた事には思えないのだ。


傍証がある。健介がフリーレスラーとしてかつての所属団体に出戻り参戦した際に、当時の団体チャンピオンとタイトルマッチで対戦して、不可解な判定で健介が勝ってしまったのだ。健介本人は、一応チャンピオンになったのだからと「勝ったぞ~」系のパフォーマンスをしてしまったのだが、会場内の空気は不可解な判定に疑問を持つものだった。健介は、恐らくその空気を既に読めるようにはなりつつあったであろうが、昔からの「プロレスラーはこうしなくてはいけない」という呪縛から逃れきっていなかったのか、形式的なアピールをしてしまったのである。

これに危機感を覚えて動いたのがマネージャーとして同行していた北斗晶だった。すぐさま、本部席にいた団体の社長の所に「うちの健介を変な陰謀に巻き込むな!」と怒鳴り込むパフォーマンスを見せたのである。騒動を起こして場内の雰囲気を変えると同時に、健介の空気の読めないパフォーマンスを追いやったのだ。


プロレスラー佐々木健介は、外面上は超一流の域に達したが、それは北斗晶のプロデュースという内助の功があってのもので、自己プロデュース能力については低いと判断せざるを得ないのである。


そして、佐々木健介は既にプロレスラーを引退して、今は元レスラー枠のタレントである。いや、よりはっきり言えば「北斗晶の旦那」だ。単体のタレントとして北斗晶なしで「先生きのこ」(巨大掲示版風婉曲表現)できるかと言えば、残念ながら甚だ心もとないと言わざるを得ない。


まだティーンエイジャーで、これから先も進学するなら金のかかる息子達をかかえているのである。

しかも、佐々木健介と北斗は「健介オフィス」という事務所で、弟子を抱えてプロレスの自主興行もやっている。金が要るのだ。


プロレスファン時代に弱小独立系インディペンデント団体を結構見てきた者として言わせてもらえば、プロレスの自主興行なぞ赤字を垂れ流すようなもの。儲けになっているとは思えないのだ。

トップ団体の、それこそ集客力のあるトップレスラーが、しかし自分の集客力を過信して新団体を立ち上げては崩壊させてきた例をいくつも見てるのである。

いや、佐々木健介自身にしてから、その有象無象の中でも最悪の例であるWJという団体(第2話参照)に参加しており、そこで師匠の長州力に500万円だまし取られた(それで縁を切った)と言っているのだ。

その経験をしている以上、大赤字という事は無いと思うのだが、だからといって儲けが出ているほど昨今のプロレス業界は甘くないであろう。


その金を稼ぐ能力が心もとない夫を残しては死ぬに死ねない、という心境であろうことは疑う余地はない。

病だろうが何だろうが、使えるものは何でも使って金を稼がなくてはいけないのだ、夫と息子達のために!!


病気を商売にするな、だと。ちゃんちゃらおかしい!


北斗晶には、ぜひ頑張ってもらいたい。病気をネタにして、さんざん金を稼いで欲しい。

そして、5年と言わず、10年も20年も生き抜いて「いやー、病気のおかげで稼がせてもらったよ」と高笑いして欲しい。

デインジャラス・クイーンなら、そんなあり得ない事もやってくれるのではないか、と思う。


あり得ない事を実現するという夢を抱かせてくれるのが、そして時として実現してしまうのが、超一流のプロレスラーなのだから。

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