第24話
その夜、ボヴァンは村長の家に滞在していた。場所はジルエットの歓迎会にも使われた広い部屋。このぐらいの広さが無いとボヴァンとその御付の者達が宿泊できる場所が無いのだ。そこへ一人の小間使いがやってきて、ボヴァンに耳打ちする。
「そうか。ジルエットは馬で村を出て行ったか。朝を待たずに出て行くとは、よほど辛かったのだな。または村人と顔を合わせるのが嫌だったのか。ククッ」
ボヴァンは顔を暗い愉悦に歪ませるとワインを一息に煽った。ボヴァンはその翌日、意気揚々とコション村から去って行った。その表情が全く別の表情に歪んだのは、彼が領主城へ戻ってから十日ほどの後だ。
ボヴァンは息を切らせて城内の謁見室へ走っていた。体当たりするかのように両開きの扉を開き、広い部屋へ飛び込む。室内は非常に広く、過剰なまでに飾り付けられ椅子や机も最高級品がしつらえてあった。ここは領主が身分の高い者と会う場所だ。
「父上!」
悲鳴のように叫ぶと、青い顔で憔悴しきった父親である領主がボヴァンを見た。部屋にはその他に数人の姿がある。彼らは背も高く大柄な男達で、全員が金の装飾が施された鎧と剣を身につけていた。その鎧も剣も限られた人間しか許されない。それは王直属の騎士団である、近衛騎士団の騎士。王の命令しか聞くことが無い最精鋭の騎士達が、なぜかこの領主城に存在していた。
「な、なぜ……」
すでに使用人からその理由を聞いていたが、それでもボヴァンは思わずそんな言葉が漏れてしまっていた。その表情は砂漠にいたかのように乾き、今にもひび割れそうだ。
騎士の一人がその手に持った書状を開いて見せる。
「この領主を重大犯罪の容疑者として連行する。息子であるあなたも重要参考人だ」
ボヴァンへ騎士達が有無を言わせぬ様子で迫る。まるで夢物語だ。そう思いながらも笑うことは彼にはできなかった。
【エピローグ】
すでに夏は終わりだ。あれだけ暑かった気温もずいぶん下がっている。もうすぐ春まき小麦の収穫だ。
ジルエットとプーレは村から少し離れた川の近くで剣術の訓練をしていた。今は素振りではなく、木剣を使って実戦形式だ。この木剣は村の木材をプーレが自ら加工した物だった。見た目はジルエットが知っている物と遜色無いように思えた。
「踏み込みが浅いぞ。それに腕の振り方が雑になってる」
「はいっ!」
プーレはぶんぶんと剣を振るが、それをジルエットはかわし、斬撃を木剣で滑らせて防ぐ。プーレの剣は速く、重い。まともに受けると押されてしまうので、ジルエットは剣を避けるか、いなすしかない。
「ふう……今日はここまでにしよう」
「ありがとうございました!」
ジルエットは汗をかいているが、プーレは汗一つかかず息も切れていない。オークとのハーフだからこその体力だ。まだ剣術の腕はジルエットのほうが数段上だが、あと数年もすればプーレのほうが強くなるのではないかと思っている。そうなったときの事が少し恐ろしく、ジルエットは乾いた笑いが漏れる。
「どうしました?」
プーレの顔を見て、その不安が消える。たとえプーレのほうが強くなったとしても、ジルエットを見下したりなどはしないだろうと確信できるからだ。
二人が村へ戻ると、小さな人影が駆け寄ってきた。リーヴルだ。
「姫騎士さまー。村長さんがよんでたよー」
「何?」
反射的に険しい顔になってしまう。この間のボヴァンが村に来た時のことを思い出してしまったからだ。今でもあの嫌な気分は忘れられない。
「まさか、またか? しばらく音沙汰が無いから大丈夫だと思っていたのだが……」
「は、はやく行ってみましょう!」
三人は急ぎ足で村長の家に行く。しかしそこにはあの豪華な馬車は無かった。扉を叩くと村長が顔を出した。
「私を呼んだと聞いたが」
「はいそうですの。中に入ってくだされ、早馬の荷物が届いてますからのう」
ジルエットはその荷物を見て怪訝な顔になる。早馬はその名の通り、足の速い馬で手紙や荷物、人を運ぶ手段だ。ただし基本的に早馬というのはあまり使われない。まず料金が高いのと、その許可が下り難いのだ。早馬は敵の侵入を発見した場合など、緊急事態を知らせるためにも存在している。その数が少ないので、いざという時に早馬が無いではすまされない。そのため早馬は責任者の許可が必要なのだった。
「なぜ早馬で私に荷物が」
ジルエットは厳重に布で梱包された荷物を手に取り、何重にも縛り付けてある紐を解く。布の下から現れた物は一つの封筒と、豪奢な絹の布に包まれた手の平ほどの物体だった。ジルエットは封筒の封蝋を確認し、石化したかの様に硬直する。そこに押されていたのは王家の紋章だったからだ。
「な、なぜ、この紋章が……王からの手紙だと。馬鹿な……」
震える指で封筒を開封していると、村長が驚きの声を出した。早馬で村長にも手紙が来ていたのだ。プーレが村長へ質問すると、驚いているがのん気な口調で話す。
「この手紙には、ここの領主様が変わると書いてあるのう。領主様はまだ若かったから亡くなるには早いと思うんじゃが。しかも新しい領主様は息子さんでも無いようじゃの」
「どうしたんでしょう?」
「……その理由はこちらに書いてある」
その発端は二ヶ月ほど前、ジルエットがリーヴルからもらった石が魔石だと発覚した時だ。ジルエットは部屋の棚から法令集の分厚い本の中身を素早く確認する。法令集とはこの国の法律が細かく記されていた。これは全ての派遣騎士に配られる。派遣騎士は派遣された場所での罰則の行使まで認められているので、これが必要なのだ。
「あったぞ。魔石に関しての取り扱い法だ」
法令集を食い入るように見ているジルエットに、控えめにプーレが問いかける。
「それがどうかしたんですか?」
魔石というのは魔石灯の材料だ。それだけでなく、強力な魔法が使える魔道具を作成でき、魔法使いの魔法強化や魔力を補充するのにも使用できる。魔石の量が多ければ国の戦力を底上げできる、重要な戦略物資であり武器なのだ。そのため魔石の管理は非常に厳格化されている。魔石の鉱山は厳重に管理され、常に一定の戦力が防衛していた。また流通量も管理されていて、商人が扱える魔石の量なども決められている。
ジルエットはリーヴルが絵本を買おうとしたとき、商人が彼女のネックレスで支払いできると言っていたのを思い出したのだ。つまり、商人は赤い石が魔石だと知っているのだと気付いた。
そこでリーヴルに赤い石で買い物をしたことがあるかと聞くと、持っていた多くの絵本はそれで買ったのだと言った。さらに聞くと、大体二十個ぐらいと絵本を交換したらしい。子供たちは昔から石拾いをしているので、その程度は持っているのだ。
魔石はその大きさと同じ程度宝石ほど価値がある。魔石灯に使われているのは、小指の爪ほどの大きさの魔石だ。それでもかなり魔石灯の値段は高価だった。それを知らないリーヴルや村人達は、なぜこの石を欲しがるのだろうと不思議に思っていたらしい。
「商人は魔石だと知って取引をしていた。しかもそれなりの量がある事を知ったうえで、村人から不当に買い上げている……」
ジルエットはもう一度法令集を見ると、違う本を手に取った。それには『重要書類書式一覧』と表紙にあった。彼女はそれと紙とペンを取り出すと、机に向かって一心不乱に何かを書き始める。その様子をぽかんと見ているしか無いプーレとリーヴル。その書類が書きあがったのは太陽が沈んでしまった後だった。そして急いで旅支度を始めた。
「プーレ、私は急いで街に行く! 数日したら帰ってくるからな!」
そう言い残すと風のように家を飛び出し、馬に乗って颯爽と村を後にする。プーレたちがジルエットと再会したのは七日後だった。
「あの時書いた陳情書が、こんな事になるとは……」
「陳情書ってあの時に書いたものですよね」
「ああ。王に領主が商人と結託して魔石を買っていると報告したのだが、まさか領主が解任のうえ貴族位を剥奪、さらに罪人として捕縛されるとはな……」
驚く三人にジルエットは手紙に書かれている内容を説明する。それによると領主と商人は魔石をやはり売りさばいていた。しかし魔石の販売は管理され監視されているので、正規のルートで販売すると急に販売量が増えた事に気付かれるかもしれない。さらに魔石の販売には多くの税金がかけられている。そこで領主と商人は、非合法な方法で秘密裏に魔石を売ることにしたのだ。これだと税金がかからないうえに高値で売れる。
「それで魔石を売った相手というのがとある商会なんだが……非合法な取引をするのだから、まあ色々と曰く付きでな……」
プーレたちはジルエットの話を聞き逃さないように集中している。ちなみに商人が法外な値段で商売をしていたというのは、この三人も知っているし、村人全員が知っていた。あの日ジルエットが逃げるように走っていた姿を多くの人が目撃しているため、その噂は小さい村ではあっという間に広がる。ジルエットの家にプーレとリーヴルが行っているのも周知の事実のため、そこから追求されればプーレの口を割るのは簡単だった。
「その商人はなんでも他国へ魔石を流していたらしい。魔石は強力な兵器にもなる物だから、輸出量は制限されて厳重に国が管理している。これに違反する者は厳罰に処される」
「なるほど。それで領主様が変わるんですね」
プーレは大きく頷く。村長も頷いているが、リーヴルは理解できず首をかしげていた。リーヴルはそれより布に包まれた荷物が気になるようだ。
「ねえ、あのキレイな布はなに?」
「これはだな……」
ジルエットが包みを開くと、手の平ほどの大きさの箱があった。その蓋を外すと、紫の布が底に敷かれ、その上に金色に光る物が鎮座していた。
「これは、勲章だ。私がその事を報告したことへの、王からの感謝の印と書いてあった」
「すごーい! 王さまからのおくりものなのー!」
リーヴルだけでなく、プーレや村長も目を丸くして美麗な装飾をされた勲章を見つめる。
「ねえねえ、つけてみて!」
「そうだな……」
ジルエットは少し考え、小さく微笑むと首元から何かを取り出した。それは首から提げているネックレス、あの時リーヴルがくれた魔石に紐を巻いたものだ。それに金色の勲章をつける。
「かっこいー!」
「よくお似合いですの」
ジルエットが胸を張って口元に笑みを浮かべてプーレを見る。
「まるで本物の姫騎士みたいです」
ジルエットは自慢げに「そうだろう!」と満面の笑顔を見せた。
辺境村の姫騎士とオーク 山本アヒコ @lostoman916
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます