第21話

 その日男は、急な来訪者に訝しげな顔をしていた。

「どうしたのだ。いつもより来るのが早いではないか。しかも知らせも無しに」

 男は豪奢な椅子にだらしなく座り、頬杖をつきながら訪問者である年かさの男をうろんげな目で見た。男の年齢は四十歳ほど。頬にも腹にも肉がついている。服装は豪華で、絹製の上着は、金糸や銀糸の飾りや模様で埋め尽くされていた。

 男はそれほどの服を着れる人物。つまりは貴族であり、広い領地を持つ領主だった。

「はい……実は、問題が起こりまして……」

 部屋一面に敷かれた絨毯へ膝をつく男は、引きつった表情を浮かべている。なぜならこれから男へ、確実にその気分を害する内容を伝えなければならないからだ。

「問題だと?」

「はい。それなのですが……」

 男の報告を聞いているうちに、徐々に領主の表情は歪み、最後には顔を真っ赤にして怒りを露に怒鳴った。

「つまり、これからあの村から小麦を安く買い叩けなくなるということか!」

「す、すいませんっ!」

 絨毯へ額を擦りつけんばかりに下げている男は、コション村へやってくる商隊を一手に扱っている商会の会長、グラークだった。

「何てことだ! そうなると私の手元に入る金はいくらになるんだ!」

 口から唾を撒き散らしながら領主は吐き捨てる。

 コション村の小麦を不当な値段で買い叩く事を思いついたのはグラークだった。彼はコション村へ行った部下からの報告を受け、その異常なまでの小麦収穫量にまず驚き、それをどうすれば一番利益を上げられるか考えた。そこで思いついたのが、辺境すぎる閉鎖的な村ゆえの無知に付け込んで、法外な値段で物を売りつけることである。

 グラークは最初に誰も知らないインパクトのある高額商品を見せ、その後それより安く、しかし普通の値段より高く設定した物を見せれば村人達は購入するのではと考えた。それは成功した。成功しすぎたとも言える。

 まず売ったのは魔石灯だった。これを国のどの家庭でも使っているという触れ込みで紹介すると、コション村の誰もが火を使わない明かりに驚き、これを購入した。値段は一つ小麦百袋という法外な値段だったが、相場を知らない村人達はその値段で納得する。

 これに気を良くしたグラークは、次々と村人達が知らないだろう商品を運んでは高値で売りさばいた。それがどんな安い品物でも、コション村では高級品へと変化する。値切ることも疑うことも知らない村人達はいいカモで、今では粗悪品を売りつける始末だ。

「そ、それなんですが、小麦を相場と同程度で取引するとなると利益はほとんど無いので、領主様へ渡せるお金は無いのです……」

「ふざけるなっ!」

 領主の一括に震えるグラークだが、金を差し出すとは言わない。曲がりなりにも商人であるので、自分の利益には一番厳しい。

 コション村は辺境で徴税官も来ない場所なので、人頭税さえ払っていれば誰も気付かないのでグラークの商会が利益を独占できそうだが、そうもいかない理由がある。グラーク商会はこの地方の流通販売を牛耳る最大手であり、この領主の子飼いとも言える立場なのだ。それがその領主の領地にある村から不当に搾取している事が発覚したら、非常にまずい事態になるだろう。

 そこでグラークはこの計画を領主へ話し、その利益を分配することとなった。それでも手に入る金額は普通に小麦を取引するより何倍も多いので、全く損にはならない。

「全く、辺境の貧乏村が金のなる木になったというのに。なぜ突然あんな村に派遣騎士がやってくるのだ。そんなもの聞いていないぞ!」

 実際はコション村へ派遣騎士が来るという知らせはすでに届いている。しかしその手紙は何の変哲も無い封筒で届き、領主へ届く書類を管理する部署の人間がその内容を読んで重要度が低いものに分類したため、領主が読むことなく他の書類の下で眠っていた。

 領主は顔も知らない派遣騎士へ憎しみをつのらせながら、歯をむき出しにして唸る。何とか派遣騎士を排除したいが、相手は王によって守られている。領主は高い身分に位置しているが、その権力も王命勅任派遣騎士には効果が無い。その言葉は直接王へ届けられるのだ。下手をすれば自分が排除されることになる。

「誰なんだ、その忌々しい派遣騎士は!」

「はい。名前は確か、ジルエット・ブルジェオンと……」

「ジルエット? それは本当か?」

 領主でもグラークでもない声が聞こえた。声を発しないだけで、その男は最初から領主の横へ立っていた人物だ。

「こちらの方は?」

「お前は会ったことが無かったか。これは私の息子だ。騎士学校を卒業して、いま私の仕事を教えている」

 領主の息子は再びグラークへ問いかける。

「その騎士の名前はジルエット・ブルジェオンで間違いないのか」

 グラークが頷くと、領主の息子の顔に、趣味の悪い笑みが浮かんだ。

「その騎士を知っているのか?」

「ええ。よく知っています。俺に任せてもらえませんか。その騎士を追い出してみせます」

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