第10話

 魔石灯に限らず、魔道具は非常に高価な品物だ。それは材料の魔石がそれだけで宝石と同じほどに高額だからだった。魔石の採掘量は非常に少ない。また大粒の魔石が採掘されるのはさらに少ない。

 その他の原因として、魔道具を作れる職人の数が少ないため値段が高くなる。魔道具職人は手先の器用さだけでなく、自身の持つ魔力が多くなければならない。魔道具職人の多くは魔法使いの実力者でもあるのだ。

 そういった理由でたとえ魔石灯のような明かりにしか使えない魔道具でも、一般人では手の届かないほどの高額商品になる。ジルエットは一応貴族なので、屋敷には魔石灯がいくつかあった。騎士学校にも魔石灯が設置されていたので、彼女にとってはそう珍しい物ではない。

 しかしここは辺境のさらに辺境に位置するコション村だ。魔石灯はこんな場所の、しかも貴族でもない庶民の家には分不相応すぎる。

 ジルエットが呆然と頭上の魔石灯を見上げていると、魔石灯に明かりをつけた人物がそれを見て思わず声をかけた。

「魔石灯が珍しいのですか?」

 その声にジルエットが顔を向け、二人はお互いの姿を確認した。ジルエットは驚きに口を開け、もう一人の人物も驚きを顔に浮かべ、その後視線を斜め下へそらす。その表情は決まり悪げで、どこか寂しそうなものだった。

 それを見てジルエットは何かを言おうとしたが、それは言葉にならずわずかに唇を動かすだけになる。

「あっ、プーレ帰ってきたんだー」

 父親が下へおろすとリーヴルは駆け寄って抱きつく。抱きつかれた少年、オークと人間のハーフであるプーレは優しげに笑いながらリーヴルの頭を撫でる。

「ただいま、リーヴル」

「お疲れ、プーレ。みんなの食事は大丈夫か?」

 リーヴルの父親がプーレに笑顔を向ける。

「はい。ちゃんと全員に配りました」

「悪いね。腰がまだ痛くてなあ」

「ぎっくり腰はまだ治ってないんですから、無理は禁物です。あと何日かは力仕事は禁止ですからね」

 労わりの心がこもった笑顔を浮かべながらプーレは言う。その表情を見たジルエットは、なぜか胸の鼓動が高くなる。

「何だ……?」

 一人自身の体の変化に戸惑っていると、鍋を持ったリーヴルの母親が部屋に入ってきた。彼女は隣にある台所で料理をずっとしていたのだ。

「ちょうどいい時に帰ってきたねプーレ。今から夕食だよ」

「あ、はい。それで、どうして騎士様がここにいるんですか」

 プーレは目を合わせないように横目でジルエットへと目を向ける。

「今日は一緒に夕食を食べるんだよ。ほら、早く座りな」

 有無を言わさずプーレは椅子に座らされる。彼女には頭が上がらないのだ。プーレだけでなくリーヴルとその父親もそうだ。いそいそと席に着く。

「…………」

 ジルエットは顔をやや俯けてテーブルに視線を落としていた。対面にいるプーレを見ないようにするためだ。気まずくて目を合わせられない。

 プーレも同じく居心地悪げに視線を横に向けているのを上目づかいに見て、その際に目が合いそうになって慌てて目を伏せる。

 そんな二人を気にした様子も無く、三人の家族はワイワイ楽しそうに会話をしていた。

 全員に鍋の中のスープが皿へ取り分けられると食事が始まる。全員で神様へ食前の祈りを捧げた。

「じゃ、食べようか」

「ワーイ!」

 リーヴルが勢いよくスープの皿に木製のスプーンを突き入れる。

「こらっ! 音をたてるんじゃないよ」

「はーい」

 そう言いながらリーヴルはスープをかきこむ。その度にスプーンと皿が当たってカチャカチャと音をたてた。それにため息をつきながらも、母親は笑顔で見ている。

 ジルエットもスープを飲む。味は薄いが塩味がきいている。具は葉野菜と芋。その他に食卓にはパンがいくつか乗っていた。これがこの村の一般的な食事のようだ。

 ジルエットは貴族なのでそれなりに豊かな食卓に慣れていた。騎士の訓練などで粗末な食事をすることもあったが、普段の食事はそうではない。騎士学校の寮の食事は貴族の子供が食べるものでもあるので、毎日それなりに豪華な食事が提供されていた。

 覚悟していたとはいえ、いきなりこれほどまで食事の質を落とされてしまうと、つい落胆してしまう。一月も移動で粗末な食事しかできず、昨日食べたこれとほとんど同じ食事には感動したというのに、我ながら現金なものだと苦笑する。

「どうしたの?」

 食事の手が止まっていたことに気付いたリーヴルが隣にいるジルエットの顔を覗き込んでいた。丸く大きな目がじっと見ている。

「な、何でもない」

 ジルエットはパンを千切ると口へ押し込んだ。焦っていたせいで千切ったパンは大きかったが、それでも無理矢理口へ入れた。

 頬を膨らませながらパンを食べるのを見て、リーヴルがにっこりと笑う。ジルエットも口の中をいっぱいにしながら歪んだ笑顔を浮かべる。

 そのとき小さく笑う声が聞こえたので、ジルエットはそちらへ目を向けた。そこには対面のプーレがこちらを見て笑みを浮かべていた。ぼうっとそれを見ていると、プーレがそれに気付きさっと笑みを消して目をそらす。

 目をそらされたことは嬉しいことではないが、プーレの笑顔が見れたこと、それがなぜかジルエットの胸を温かくしていた。

 それからジルエットの居心地の悪さはいくらか薄れ、食事を楽しむ余裕ができた。その雰囲気を感じてか、プーレもリーヴルやその両親と会話をしながら食事をし始める。言葉は少ないながらジルエットもその会話に混じり話す。その流れでリーヴルの両親の名前がわかった。父親がトレナール、母親がシャンスだ。

「あのね、プーレも姫騎士が好きなんだよ!」

 食事も終わり、食後のお茶を飲んでいると突然リーヴルが言った。

「えっ!」

 その言葉にジルエットは激しく動揺する。意図せず赤くなり熱を持つ顔をプーレへと向けた。

 その表情を見たプーレは慌てて両手を突き出し、左右に振りながら「違います!」と叫ぶ。

「リーヴルが言ったのは騎士様のことじゃなくて、絵本のことです!」

「な、何だ。そうか……」

 ジルエットは赤くなった顔を隠すように俯く。まだ少し鼓動が速い。ほっとする心の中に、少しの残念さを感じたが、それがどういう心の動きなのか自覚できていない。

 プーレのほうも沈黙し、テーブルの上に視線を落としている。そんな二人を不思議そうにリーヴルとその両親が首をかしげながら見ていた。

「ゴホン……つまり姫騎士の旅の絵本が好きなんだなプーレは」

「は、はい」

 わざとらしく咳をして、仕切りなおすジルエット。それに慌てて返事をプーレがする。

「そうだよー。あの絵本もはじめのほうは全部プーレが集めたんだから」

 なぜか自分の手柄のように自慢げに言うリーヴル。それに照れくさそうに頬を指でかくプーレ。

 あの絵本があれほどまでに使い込まれていた理由に納得する。最初はプーレが読んでいて、そのあとリーヴルがお下がりとしてもらったのだ。

「わたしは姫騎士が好きだけど、プーレは少年騎士が好きなんだよ」

 少年騎士は姫騎士の旅に途中から加わる人物だ。姫騎士はあるとき村を苦しめる貴族を成敗するのだが、そのとき助けた村の少年が旅立とうとする彼女の前に現れる。少年は自分も騎士になりたいと頼み、それを了承した姫騎士は少年を見習い騎士として一緒に旅に出ることになる。

「ふむ。たしかにあの少年騎士も姫騎士と同じくらい人気があるな」

 騎士といえば男性のイメージが強い。ジルエットが騎士であるように、女性騎士というのはこの国では珍しくないが、それでも騎士は男性の職業であると多くの人が思っている。

 だからこそ男性の騎士ではない、姫騎士が主人公というこの絵本の人気の原因でもあった。特に幼い女の子の人気がすごい。

 それが少年騎士の登場から、その人気が男の子の子供にまで波及した。やはり自分と同じ男というのが共感できるのだろう。騎士はやはり男の子にとっては憧れの職業であり、貴族の子供にとってはしかるべき未来の姿でもある。内容も勧善懲悪で教育にも良いということで、貴族の親達も子供にすすんで買い与えた。その人気は庶民の間にも浸透する。

 その結果として誰もが知る国民的物語『姫騎士の旅』となったのだった。

「やはり男は少年騎士のほうが好きか。私は姫騎士が好きだがな」

「そうだよね!」

 リーヴルは自分と同じ意見に、嬉しそうに椅子の上で飛び跳ねる。それを母親のシャンスから注意されてしまう。

「僕も姫騎士は好きですよ。でも、やっぱり少年騎士のほうが感情移入できますから」

 そう言ってかすかに笑うプーレをちらりと見る。

 絵本に描かれている少年騎士の姿は、どこにでもいる村の少年だ。しかし古くから楽しまれてきたこの物語にはいくつかの種類があり、その中には美少年として描かれているものもある。

 プーレは美少年という顔立ちではないが、すらりとした顎は綺麗な輪郭をしていた。そして人ではありえない白に近い灰色の肌と、それに映える白い髪の毛。何より印象的なのは深い緑色の瞳だ。

 その色が目に入ったジルエットは、ついその瞳へ視線が吸い寄せられてしまう。そしてこの村に来た昨日の夜、運ばれる際にその瞳を間近で見たことを思い出す。それと同時に、プーレが自分の体をいわゆるお姫様抱っこで運んだことを思い出した。

「うわ……」

 一気に顔へ血が上る。そして自分の目がじっとプーレの緑の瞳を見つめていた事実にさらに赤面し、その視線に気づいたのか不意に動いたプーレの目と目が合った瞬間、恥ずかしさのあまり両手で顔を隠した。

「ふひゅっ!」

 衝撃のあまり間抜けな音が唇から漏れてしまう。そんな不思議な声とともに顔を隠すという奇妙な動きに、ジルエットへ食卓にいる全員の視線が向けられる。

「ああ、どうすればいいんだ……」

 今さらこの動きを無かったことにはできない。何食わぬ顔でいればいいのだが、自分の顔が今どういう状態か理解できているため、手を外すこともできなかった。

「絶対に真っ赤になっている。こんな顔を見られるわけには……」

 懊悩していると「姫騎士さまどうしたの?」というリーヴルの無邪気な声が、なけなしの彼女のプライドをさらに削る。対面にいるプーレの視線も感じられる気がした。プーレが今どんな表情でこちらを見ているのかと思うと、さらに辛い。

「くっ……しかし何か前にもこんな事があったような……」

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