第7話
「ほっほ。立派な薪小屋ですのう。これでプーレも立派な大工かの」
「すごいじゃないか、プーレ」
村長とオーク牧場の主人が褒めると、イジエが目をつり上げた。
「ふん。こんな程度で大工なんて名乗れるもんかい。全体の設計は俺がやったし、基礎と柱は俺がやったんだ。まだまだ一人前には程遠いぜ」
「す、すいません」
プーレが恐縮した様子で俯くと、その姿をちらりと見てイジエはふんと鼻から勢いよく息を吐いた。
「だがまあ、壁に隙間は無いし、屋根も見たところ問題無さそうだな。それだけは認めてやる。だがな、この程度で満足するなよ。お前には教えることがまだまだあるんだからな」
「は、はい!」
俯いていたプーレは顔を上げると大きな声で言った。その顔には笑顔が浮かんでいて、イジエに褒められたことが嬉しいことがわかる。イジエはつまらなそうに顔を背けているが、その口元は小さく笑っていた。本当はプーレのことを気に入ってることを知っている村長たちは、生暖かい目で二人を見ている。
「それで、結局これは何なのだ?」
一人置いてけぼりのジルエットがそう言うと、プーレとイジエが顔を向けた。
「ん、ああ、いたのか。これは薪小屋だ。薪を保存するための場所だな」
イジエはできたばかりの薪小屋の壁を手で叩く。
「薪小屋が一つでは足りなくなったから、新しいのを建てたんだ」
「ここではそんなに薪が必要なのか? 冬はあまり厳しくないと思っていたが……」
薪小屋は小さいとはいってもそれなりの大きさがある。このあたりは確かに冬になれば雪が降るが、それほど多く降るわけでもなくどちらかというと温暖な気候なので、それほど薪を必要とするわけではない。使うのは食事の煮炊き程度なので、コション村の人口ならば薪小屋一つで十分な大きさだった。
「それはですの、ジルエット様。土地を開墾したときに切った木が大量に余っているせいですのう」
「開墾?」
「はい。あの小麦畑を見ましたでしょう。以前はあれとは比べ物にならないくらい狭い畑しか無かったのです」
昔の小麦畑は税を払ってしまうとコション村の人間をなんとか養える程度の広さでしかなかった。飢饉などのために保存することも難しかった。
ならば畑を広げればよいのだが、それは難しい。畑は大森林に隣接していたからだ。このあたりは村以外の土地に木々が多い。さらに斜面になっているので畑を作るのは難しかった。平地はあるのだが、そこはほとんどが大森林となっている。村の小麦畑もその昔、コション村を作った最初の開拓民たちがなんとか大森林を開墾して作ったものだった。
それでも時間をかければ可能だが、開墾をするための人間が足りない。コション村の人口は少なく、開墾作業をさせる余裕も無かった。開墾した土地がすぐ小麦を実らせるわけではない。開墾作業にかまけて今ある畑を無視すれば、それで村人達は飢えるのだ。
「そういう訳でコション村は苦労していたのですが、オーク達が開墾作業をするようになったおかげで、あれほど広い畑ができたんですのう」
開墾作業は過酷だ。大木を切り倒し運び、残った切り株を掘りかえす。普通の人間ならば大変な作業でも、それの数倍も力があるオークならば簡単である。しかし、それはオークが言う事を聞いてくれるならだ。
オークが開墾作業などと昨日までのジルエットなら一笑にしただろうが、今となってはあまり驚きも無い。畑仕事や大工仕事をしているオーク達を見ているので、開墾作業ぐらいできるのだろう、そんな感想しかなかった。
だが、それでもやはり大きな疑問が残る。
「しかし、一体どうやってオークにそんなことができるのか……」
「話はもういいか。まだ作業があるんだがな」
話しこんでいたジルエット達を、イジエが不満げな顔で睨んでいた。
「おお。すまんなイジエ。もういいよ」
「そうか。そんじゃプーレ、それを片付けるぞ」
「はい」
薪小屋の周りにはノコギリやハンマーといった工具や、角材と板が置いてあった。余った薪小屋の材料だろう。
プーレは工具を麻袋につめて背負う。そして腰を落とすと、角材の一つを肩に担いだ。
「は?」
ジルエットはその光景を見て間抜けな声をだした。
「よいしょっ……と」
プーレは肩に長い角材を担いでいる。小屋の柱か補強に使われる物なので、それなりの太さがあった。その程度なら驚くに値しない。イジエも同じものを一本担いでいる。
「よっ、ほっ」
なんとプーレは次々とその肩に角材を何本も担いでいく。一本でも重いのに、その数は十本を超え、手で支えられる限界の量だ。それだけで人間数人分の重さになるのではないか。
右肩に乗せたそれの重さを苦にした様子も無く、プーレは涼やかな顔で立っている。さらにはその左手でもう一つ荷物を持ち上げた。
「なにっ!」
つい驚きの声が漏れた。プーレが持ち上げたのは、ロープで縛った木の板の束だったからだ。板は厚みがあり、長さも右肩に担ぐ角材とかわらない。それが何枚も束になった太さは、ほとんど大木と変わらなかった。片手で持てる重さではない。厳重に何回も巻き付けられた太いロープは音を立てて軋みながらも、千切れることは無かった。
ジルエットの声が聞こえたプーレは不思議そうに振り返る。驚きのあまりに間抜けな表情しているのを見られているのだが、それを気づくこともできない状態だった。
「なぜそんなに重いものを簡単に持ち上げられるんだ!」
イジエが不思議そうに言った。
「そりゃあプーレがオークだからじゃねえか」
ジルエットの表情が固まる。
「オークだと? 何の冗談だ?」
呆然とプーレの顔を見る。若い少年のような顔つきだ。鼻が高く、あごもスラリと細く白く柔らかな髪と緑色の瞳が神秘的で、中世的な顔立ちをさらに美しく見せていた。どう見てもあの豚そのものであるオークの顔とはかけ離れている。
「違うぞイジエ。オークと人間のハーフだからの」
「どっちでも一緒じゃねえか」
村長の言葉に、本当にどうでもいいといった様子でイジエが答える。しかし、その内容はジルエットにとっては簡単に聞き流せるような言葉では無かった。
「オークとのハーフ……」
騎士学校での授業を思い出す。それはオークについて教えていた教師が授業の終わり際に、これは余談だが、そう言って話はじめた。オークは人間の女性を襲うことがある、と。
それに一人の女生徒が、さっきオークは人間を襲うことがあると言っていたじゃないですかと声をあげると、教師は首を横に振った。
先程教えたのは、オークが人間を食べるために襲うということだ。これは別の意味で女性を、食べる、という事だと。その意味を知った生徒達は驚愕し、多くの女性とは嫌悪感を、少数の男子生徒は邪な笑みを浮かべた。ジルエットも嫌悪感を抱いた。
めったに無い事だが、発情期にオスのオークの中には人間の女性を襲うことがある。その女性を孕ませるためだ。一説には子供を産める状態の女性を見分けられるという。実際、幼い子供や妊娠中の女性、老婆がそういう被害にあった事実は無かった。
青い顔になった女生徒たちをそのままに、教師はさっさと教室から去っていく。休憩時間となった教室は一気に騒がしくなった。彼ら彼女らが話すのは、もちろん先程の教師が話した内容についてだ。
ジルエットは席を立つ。誰かと会話するためではない。そもそも会話をするような友達が存在しないのだ。彼女が教室から出て行こうと思ったのは、あまりにもまわりの話し声がうるさいからだった。
大声が耳障りだからだ。会話するクラスメイト達が目障りだからだ。そう自分に言い聞かせているが、惨めな気分はぬぐえない。
教室のドアをくぐろうとした時、背中から聞こえた声があった。
「あの人なんかオークに襲われればいいのにね」
明らかに自分へ向けて発せられた悪意の言葉に、背筋が冷たくなる。
「あんなのオークだって襲わないよ」
ジルエットは音がしそうなほど歯を噛みしめる。背中から聞こえる笑い声を振り切るように、廊下を強く踏みつけながら歩いて行く。
普段ならここまで思い出して悶えるところなのだが、今回は授業が終わる前、教師の話が終わったところまでしか思い出さなかった。
ジルエットが驚愕しながら見ていると、ふいに動いたプーレと目が合った。そこで教師の話が脳裏に浮かび、するとプーレの目がわずかに見開かれた後、悲しそうに目尻が下がる。それを見てハッと表情を変えた。
「……行きましょう」
プーレはジルエットから目を逸らすと、心持ち肩を落とした様子で歩き去っていく。それに続いてイジエも去って行った。
「あっ……」
ジルエットの目に浮かんだ感情をプーレは読み取ったのだろう。思わず追いかけようとしたが、何を言えばいいのか。小さくなっていく背中を見送ることしかできなかった。
そんな彼女を村長が悲しそうな目で見ていた。
「プーレを嫌わんでやってくれませんかのう。あの子は辛い思いをしてきたんでのう……」
村長はオーク牧場へ戻る道すがら、プーレについてぽつぽつと話す。オーク牧場の主人は畑仕事をするオークの元へ戻っている。
「あの子が村に来たのは、もう十年前ですのう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます