第4話

 子供遊園は怪物を墜落させた現場からそう遠くない場所にあった。ポコも感じているようだが、こことメリーゴーランドだけ放っている瘴気の格が違う。警戒しすぎることはないだろう。先ほどの怪物との戦闘から考えるに、この遊園地に巣食っている悪霊と思われる何かの格はあたし達より上と思っていいだろう。

 子供遊園に入る。入った瞬間からピリピリと何者かが肌を刺激する。ポコとあたしの直感は正しいと裏付けるには十分すぎる。さて、どこから探索をしていこうか。

「ハルナ、手前から見ていきましょう。この子供遊園内部の構造把握が最優先です。すぐにでも逃げられるようにしておくに越したことはありません」

「退路の確保が最優先だな。わかった」

 ポコの指示に従い、退路を確保しつつ、横幅優先で探索を進める。頭の中に子供遊園の地図が確実に作られていく。最奥まで進むと、ドス黒い鍵が地面に刺さっていた。鍵からも瘴気が放たれているのがとても気になるが、まぁいい。これが手に入らないと先に進めないからな。しかし子供遊園のシンボルカラーと鍵が黒とはこれは如何に。

 鍵を抜く。さていつもの記憶の欠片が頭に……入って来なかった。

「あれ?」

「いつものやつはこないのですか?」

「あぁ。おかしいな……」

 そう思っていた時だった。子供遊園全体が大きな揺れに襲われる。なんだ? 嫌な感じがする。

「ポコ! 気をつけろ。よくわからんが鍵を引っこ抜いたせいで子供遊園全体によくない影響を与えたようだ」

「その鍵が霊脈を抑える鍵だったのかもしれません。ひとまず落ち着くまでここで待ちましょう」

 揺れは徐々に大きくなっていく。その間、子供遊園から見える外の景色が、まるで壁紙のように剥がれ落ち、その奥から数多もの目玉が現れ、こちらを睨む。

「あまり気持ちのいい景色ではないな」

「そうですね。リリーを救出した精神世界を思い出します。さて、霊脈が落ち着いてきたみたいです。大量の悪霊と化した霊がこちらに迫ってきているみたいです。どうやらその鍵がここに悪霊を封じ込めていたようですね。ここ自体が悪霊を引き寄せやすくなっているみたいですし、あの世へしっかり送っておく必要があるかもしれませんね」

「あぁ、荒療治だが、片っ端から転送してやろうか」

 子供遊園に囚われた魂を開放すべく、鎌を構える。いつものように鎌で切りつければ勝手にあの世送りになるだろう。

 気づくと床にも目玉が出来上がっていた。あちこちの目玉から大量の子供の悪霊が湧き出てくる。みな異形をしている。鎌で切りつける。大きく膨れ上がった首を跳ね除け、そのまま成仏させる。子供の断末魔が響き渡る。全身爛れた子供が痙攣しながら呻き、こちらに近づいてくる。足を払い、鎌で両断する。

「ママ……どこ……ママ……」

 腕が3本ある子供。

「暗いよ……」

 両目が潰され、なにも見えない子供。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」

 全身から血が吹き出ている子供。

 一歩引く。

「くそっ。流石に気味が悪いな」

「とても心地のいいものではありませんね。しかし襲ってくる以上放っておくとこちらがやられてしまいます。ここは心を鬼にして進みましょう。それに、ここの子供たちを楽にできるのは私たちしか残されていないでしょう」

「そういうことにしておくか」

 ポコの一言に感化かれ、そのまま鎌を構え直す。一歩前に踏み出し、両手で鎌を薙ぎ払う。頭の中に地図は出来上がっている。出口まで走るのは簡単だが、外から睨みつけてくる大量の目玉を見る限り、そう簡単に脱出はできないだろう。鎌で薙ぎ払い子供達を次々と跳ね飛ばし成仏させていく。

 一通り落ち着いたところで入口の方を見る。そちらから何か物音がしたからだ。物音はあっさりと正体を現した。それは頭が三つの四つん這いの赤子であった。

「ケルベロスか何かのつもりもしれないが、人間がやると些か気持ち悪いだけだな」

「人殺し! お前は子供遊園で遊んでいただけの罪のない子供を殺したんだ!」

右の首の子供が叫ぶ。そうだそうだと他の首も喚き立てる。お前たちは野次馬の女子高生か。

「残念ながら、あたしにはこの子供遊園で遊ぶことは幸せなこととは思えないな。もう少し楽しくて楽なところに案内してやろう」

鎌を構える。矢継ぎ早に話しかけてきた右の首が口から霊魂を放つ。鎌をクルクル回して弾き飛ばす。案外できるもんだな。ポケットから数枚カードを取り出し、首の方へ飛ばす。カードに追走する。カードでフェイクを仕掛け、頭に鎌を振り下ろす……が、強烈な金属音と共に鎌は弾かれてしまい、頭に致命傷を与えることは叶わなかった。

「なぁにお姉ちゃん。威勢が良かった割に腑抜けた振り下ろしだね。それともなに? 力不足ってやつ?」

今のあたしはおそらく苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。鎌の攻撃を全く受け付けない敵にはいつか出会うとは思っていたが、まさかここまで完全にシャットアウトされるとは。鎌では力不足か。ローリスクで出せる最大火力は金属バットのフルスイングである。しかしこの規格外の硬さを持つ敵に果たして金属バットは効果はあるのか。

「ポコ、上空から偵察を頼む。あまり無茶はするなよ」

「了解」

右肩から相棒が離れ、宇宙に飛び立つ。星々が輝くように目玉がギラつく、宇宙へ。全くロマンチックな光景ではないな。

 しばらく時間を稼ぐ必要がある。ポコの偵察と共に、あたし自身もこのケルベロス擬の弱点を探らなければならない。攻撃の通る場所を探すか、それとも別の方法を模索するのか。幸い、頭と比較して普通の子供同様の大きさと小さめで、機動力には欠けると考えていいだろう。ケルベロス擬に近づく。中央の首の口が裂け、肥大化した歯がチラつく。そのままこちらに噛みつきにかかる。流石にその程度の攻撃は受けない。右にステップをする。右側の首も同様に口を裂き、攻撃をする。その時、ケルベロス擬の左手が動くのを確認する。足払いをするつもりだろうが、右手がガラ空きだ。右手に足払いをし、そのまま余裕を持って距離をとる。バランスを崩したのか、揺らいでいる。真ん中の頭を掴み、そのまま床に叩きつける。赤子の泣き声が響き渡る。腐っても中身は子供か。それに合わせて周りの目玉も目を回す。両脇の頭も動揺している。そのまま頭をつかみ、再び地面に叩きつけ、離れる。右の頭の口が裂けるのが見えたからだ。楽々避ける。真ん中の頭は焦点が合っていない。叩きつけて脳震盪でも起こしたのだろうか。それこそ、さきほどのあたしのように……。脳震盪を起こさせたのはいいが、これでは致命傷にならない。さて、どうするか。

 脳震盪を起こした真ん中の頭は、本当に焦点が合っていない。そうか。

「ポコ! 右首の周りを飛んでくれ!」

「了解!」

 空を滑空していたポコがそのまま下に降りてくる。首の周りを飛び続ける。中央の子供が必死になって焦点を合わせつつ、そして、噛み付いた。そう、右の頭に。右の頭の叫び声が響き渡る。周りの目玉からも涙が出てくる。見ていて気持ちのいいものでは、ない。結局出した結論は同士討ちであった。高火力重装装甲ならば同士討ちが早いとみた。実際、頭を丸かじりにされた右の頭はひとたまりもなかったのだろう。ゴリゴリ噛み続ける中央の頭を尻目に断末魔をあげた。左の頭は怯えている。次の対象は自分なのではないか、と。チャンスだ。再び中央の首を、亡骸諸共地面に叩きつける。このままもうしばらく混乱していてくれ。我に返った左の頭がこちらに霊魂を放つ。鎌で跳ね返し、中央の頭にぶつける。混乱していた中央の首が更に暴れ始める。そしてお互いに同士討ちを始めた。今がチャンスだろう。スカートの裏に仕込んである魂喰に霊力を集める。霊力を集め終わったが、丁度2人で勝手に消耗してきた頃合であった。さて、終わりにしよう。

 魂喰に集まる霊力を確認し、頃合いを見てポコがケルベロス擬から離れる。それを確認し、衝撃波を放つ。何が起こったのかわからないまま、首達は姿を消した。

 霊力の流れも落ち着き、大技の反動もなくなった頃、ポコに声をかける。

「なんとかなったな」

「はい。戦闘に関して、咄嗟に打開案を出してくるのは毎回見事だと思います。私にはその起点の利かせ方はできませんからね」

 お互いの無事を確認し合う。ポコがあたしの肩に戻ろうとした、その時だった。目玉から何者かが現れ、ポコを掴み、そのまま目玉に吸収されてしまう。

「ハ、春奈!」

「!!!!!! ポコ! おい、ドクトル!」

 思わず彼の真名を呼ぶ。ドクトルを飲み込み終えた目玉は、そのまま消えてしまった。どうやら一つだけ別の目玉が混じっていたようだ。それ以外の目玉は穏やかな表情をしていた。先ほどの大群とケルベロス擬で、この子供遊園にいた悪霊は全てだったようだ。ありがとう、と幾多もの声が聞こえたかと思うと、目玉は消え、子供遊園も無事に元の世界へ戻っていた。穏やかな声が聞こえる。

「はやく相棒を助けて。そうでないと、この遊園地に永劫に囚われてしまう。彼はメリーゴーランドにいるはずだから」

 あ、あぁ、わかってるさ。ドクトルを、助けなければ。


ーーあの子を、楽にしてあげて。私にはできなかった。あの子は、寂しいだけだと思うから。


 自分でも気が動転しているのがわかる。あたしはこんなにドクトルに依存していたというのか。……彼女を、最初の相棒を失ったあの日を思い出す。これ以上大切なものは失わないと決めたのに。また手元から離れていきそうだった。

 自分を、落ち着かせようとしていた、その時だった。ベースが影の中で反応した。何事だ。影からベースを取り出し、奏でる。何も考えずにいつもの曲を奏でると、影からキュウビが飛び出してきた。

「お前、いつもと違うところから飛び出してきたな。どうした」

 近寄る。キュウビが足にすり寄ってきた。そもそもあたしはすでにベースを奏でていない。いつもならあっさり還ってしまうところだが、キュウビは特に消える気配も、ない。擦り寄りつつ、あたしに抱きつきてきた。対応しきれずに尻餅をつく。あたしの上でキュウビはニコニコしている。

「お、お前……その笑い方は」

 その、笑い方は、忘れもしない。そう、彼女があたしを元気づけようとする、その笑顔だった。


ーー大丈夫、ハルナ、私はいつでも側にいるよ。


 彼女の声が蘇る。忘れたと思っていた、もう見ることはできないと思っていた彼女の笑顔。こんな近くであたしを応援してくれていたんだな。ずっと。

「ありがとう。大丈夫、あたしはポコを助ける。行こう、力を貸して欲しいんだ」

 ベースを影にしまい、キュウビを抱きしめる。大丈夫、あたし達ならできるよ。ポコがいるらしいメリーゴーランドへ向かう。

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