第3話

 ゲートをくぐり、遊園地へ戻る。このままジェットコースターの方へ行こうか。ジェットコースターのゲートをくぐる。乗り場から少し乗り出した、レールの上に鍵が宙づりになって放置されていた。これを掴んで引き剥がせばここは終わりか。

 近づいて鍵に触れようとしたその瞬間。レールの奥から異様な気配が発せられる。何事だ? 奥から勢いよく走ってきたのは蛇のような頭の怪物だった。そのまま鍵を掠め取り、レールを走り始める。

「とんだ刺客だな。追いかけるぞ、ポコ」

「走ってですか? いくら貴女とはいえ無茶です」

 ポコに止められる。なら飛ぶか。そんなことを考えていると、後ろからジェットコースターがやってくる。なるほど、これに乗れということだろう。乗り込むと動き始める。最初にエネルギーを溜め込むために上昇を始めるが……。

「ポコ! 最初の下りの途中でレールが切れてる! 飛ぶぞ!」

 ガガガガと大きな音を立てつつ、ジェットコースターが進む。しかしその先に道はない。思わず大きな声で肩の上の相棒に声をかけてしまったが、この距離なら普通に話せば届く距離だった気もする。

「えぇ! それしかないでしょう! 完全同調してから飛びますか?」

「いや、空ならお前がいた方がいい! 普通に飛ぶぞ!」

 ジェットコースターが頂上にたどり着く。影から鎌を抜き、羽根を生やす。下り始める。最も勢いがついたところで飛び立つ。勢いを保ちつつ、怪物の行方を探すと、奴は観覧車の中の線路を進んでいた。そのまま線路を無視して怪物めがけ直進する。怪物めがけ鎌を振り下ろすが、器用に線路の上で鎌を避ける。

「どうにも空中戦は慣れないな」

「完全同調するべきでしたかね。なんとも言えないところではありますが」

 こちらの攻撃が終わるのを見るや怪物もその鋭い牙で攻撃を仕掛ける。なんとか軌道をそらし、空に飛び立つ。どうしても空ではぎこちない動きになってしまう。ポコともう少し空を飛ぶ鍛錬を積むべきだったか。

 攻撃が外れたのを確認すると怪物は順路を進み始める。こちらも線路に着地し、勢いをつけ直して怪物めがけて飛び立つ。怪物はどんどん加速し、こちらとの距離をとっていく。

「ハルナ! このままでは逃げられてしまいます。レールの柱を利用するなりして加速して追いかけてください」

「なるほど。柱だな。わかった」

 軌道少し変え、柱に足をつける。そのまま勢いよく柱を蹴り、速度をつける。次の柱も蹴り飛ばし、どんどん勢いをつけて行く。たしかにこの方法は効果的……なのだろうか。あたしにはわからない。

 しかし、怪物との距離が近づきつつあるのも事実であった。さて、次のチャンスだ。ここを逃すと、線路の残り具合的にも厳しいものがありそうだ。どうやって攻めようか。さきほど鎌で一撃を加えようとして、見事に外した。同じことをしても外れる未来しか見えない。そうなると……。

「ポコ! 申し訳ないが、少し無茶をするから、あたしが失敗したらフォローを頼む」

「貴女の無茶苦茶なんて今日に始まったものではありませんよ。安心してください。私がなんとかします」

 怪物に近づいてきた。怪物の少し前を目掛け鎌を投げつける。飛んでいた時の勢いも重なり、今まで見てきた以上の勢いで鎌は飛ぶ。そのまま怪物の頭の少し上を通り越し、レールを塞ぐように豪快に突き刺さる。刺さった鎌を見て怪物の動きが鈍る。ここがチャンスだ。そのままの勢いで自分自身が怪物に飛びかかる。怪物を引っ張り、勢いに任せてレールから強引に引き抜き、そのまま怪物と共に下に落ちる。それなりに重いあたしではあるが、流石に怪物の方が重かったらしく、怪物を下にして床に墜落した。怪物から飛び退く。鎌を持って上からポコが降りてきてあたしの肩に着陸する。背中に羽をしまう。

「貴女という人は。普段から非力だ非力だ言いながらこういう無茶なことをするんだから。まったく」

「うまくレールから引き離せたんだ。文句ばっかり言ってないで次の攻撃に備えるぞ」

 あれだけの衝撃を受けてもまだ怪物は息があるらしい。人間と違って格上の怪物は体力、攻撃力、防御力が桁外れに高いから困る。のそりと上体を起こすと咆哮をあげる。まだ逃げるのか、それとも……。

 怪物はさらに口を大きく開けると、その大きな口から衝撃波を放つ。大慌てで右に避ける。

「ポコ! 空に走れ!」

 直撃は避けられたが、余波を受けたらしく、大きく吹き飛ばされ、背後の観覧車に激突する。ポコの衝撃を感じなかったのであいつはうまく逃げ切ったのだろう。地面に墜落する。頭がくらくらする。どうも頭を強く打ちすぎたらしい。くそっ。うまく口が回らない。千鳥足で怪物から距離を取る。視界が揺らぐ。畜生。あいつは……ポコは……。どこだ?

 怪物から距離を取ったはいいが、怪物もポコもこちらに近づいてこない。ピンチでもあるが、チャンスでもある。今のうちに物陰で回復しよう……。

 しばらく座っていると頭の痺れが取れる。やっと口が動くようになった。魔法を唱え、体の傷を癒す。プリーツスカートが折り目に合わせて裂けてしまっている。後で直そう。先ほどまで怪物がいた方向を見る。すると、ポコが一人で怪物相手に距離を取りつつも、相手をしていた。慌てて合流する。

「目が覚めましたか? 壁に激突するわ千鳥足になるわで流石に私も焦りましたよ。回復したようなら何よりです。後でスカートは私が直しましょう」

「心配をかけたようだな、ポコ。すまない。さて、あんな大技があるならば警戒しないといけないな」

 怪物の尻尾を避けつつ、肩に戻ってきた相棒と会話を続ける。

「そうですね。しかし口を大きく開く、と予備動作はわかりやすいものでした。予備動作の後はほぼノーリアクションで衝撃が飛んできていたので口を開くことをサインに影に隠れるなりしてやり過ごすのがいいかと思います。幸い、今回の戦闘は私達以外の連れもいませんし、ね」

「大技は安全地帯でやり過ごすに限るからな」

 なにがあっても致命傷だけは負ってはいけない。特に機動力でゴリ押すあたし達にとって、移動を制限されるのは致命傷である。

 怪物が予備動作なしにこちらに突撃してくる。衝撃波ではなさそうだ。鎌を抜き、突撃を避け、怪物の頭の上に飛び乗る。そのまま脳天めがけ鎌を突き刺す。大きな叫びをあげ、怪物が悶える。鎌を抜き、頭から飛び降り距離を取る。顎の噛み合わせがずれている。かなり効いたようだ。ならば作戦変更だ。ここがチャンスだろう。鎌を構え直し、もう一度怪物めがけて突撃する。怪物の目の前で鎌を出鱈目に振り回す。怪物側も避けようとしたが、脳天を貫かれ、これ以上動く余裕もなかったのだろう。何発も鎌を受けるうちに動きが鈍くなり、そして、止まった。

「やったか?」

「……やった、みたいですね」

 動かなくなった怪物はそのまま闇に溶けるように消え、床には先ほど見つけた鍵が残されていた。鍵を手に取る。再びあの感覚に襲われる。


「……今日もママ、来なかったね」

「……そうだね。大丈夫、私がついてるから。君に寂しい想いはさせないよ」

「……ママ……ママ……会いたいよ」

「大丈夫。退院はもうすぐだからね。そうだ、退院したら、一緒に遊園地やサーカスに行こう! ね?」

「……うん」


「……お母様、どうしたのかしら。今日には来るって連絡があったのに」

「……電話も繋がらない。どうして?」

「緊急搬送! 意識不明、仕事中に突然倒れた女性が……」


「……どうですか? 何者かと記憶は同調できましたか?」

 ポコの一言で我に返る。また鍵を取った瞬間に何者かの記憶が流れ込んできた。そしてやはり登場人物達に覚えはない。ポコにそのことを伝える。

「私も、貴女と出会う前も出会った後も、病院に纏わる話は持ち合わせていません。やはりここに私たちを招いた人物が見せている記憶と見ていいでしょう。先に進みましょう。それでこの記憶の主と出会い、ここから脱出する手がかりを掴むのです」

 力強く語る相棒を見て、こちらもその気になる。次は子供遊園か……。

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