第4.5話

「あ、あの…」

「うん?どうしたの」

「ウミさん、はどうしてわたしをここに…?」


 頷いたアイラに、次はどうしようと悩んでいたら、アイラのほうからおずおずと声がかかった。屈んで目線をあわせながらその問いに答える。


「ただ放っておけなかっただけ。近くに人もいなかったから。今雪降ってるし」

「じゃまじゃ、ない?」

「うん。全然。俺、暫くこの家に一人なんだよね。寧ろにぎやかになってうれしいっていうか。どうせ言ったところでおれの親も文句言わないだろうし」

「そっか…」


 そういってアイラはうつむいてしまった。しばらくそのままで動かないので、少し心配になってくる。


「あ、そうだ。アイラちゃん、寒くない?」


 そういって、自然に、あくまで自然に肩に手を置く。アイラを着替えさせるのもあれで見つけた時のままだ。雪の中に倒れていたはずなのに、雪が解けることもなく服についていただけだったので、そのまま雪をはたいてあっためた。凍傷になってないよな!?って思ったけど、ネットとかで調べる限り大丈夫そうだった。でも、雪が解けてなかったって、それはつまり、それほどアイラの肌は冷えていたってことだ。暖房をガンガンにつけた部屋で布団に入れて、それで起きた時のためにと思ってお湯を沸かしていたら起きてきた、という経緯がある。

 触った肩は大分体温が戻ってきていた。


「あ、えっと…。あんまり、さむいとかわかんなくて」

「え」

「あっ。あついのとかも、です」


 いや、訂正するのはそこじゃない。


「…生まれつき、とか?」

「たぶん、そうです」


 ふ、ふぅん。それって感覚が鈍いとかでおk?やばくない?でも、話すアイラの顔は先ほどよりも暗いような気がした。あまり触れてほしくないことなのかもしれない。

 聞くことができないので、一応怖くなって俺はアイラを体温計で計ることにした。


「えっと、ちょっと待ってて」


 俺はあまり風邪をひかないタイプなので、体温計を使ったのもだいぶ前だ。なので洗面所の棚の中から体温計を引っ張り出してきて、それをアイラに渡す。


「それね、体温計。体温計るやつ。こう、脇にギュッと挟んで、何秒だったかな…90秒くらい待ってて」

「…こう?」


 身振り手振りで説明すると、それ通りにアイラが体温計を挟む。


「そうそう」


 でも、立ちっぱなしってのもあれだな。そう思ってリビングの中央にあるソファに案内する。


「ここ、座って」


 脇をぎゅってしながらじゃ歩きにくそうで、先に座らせればよかったと思いながらも、素直にソファに座るアイラはかわいかった。小動物がかわいいってこういうことを言うんだと思う。


 しーん、としてしまって、なんとなしにテレビをつけた。アイラはおとなしく脇に温度計きゅって挟んで座っている。いつも家に一人なので、無音の時はテレビ中にか、音楽を流すようにしているのだ。


 ぽちりとつけられたテレビをアイラはじぃと凝視していた。適当につけられたチャンネルは、何かの番組の再放送らしい。俺も一度見たことあるような、人気番組の。


「…アイラちゃん、この番組知ってる?」

「ばんぐみ?」

「………えっと。これ、何かわかる?」


 そういってテレビを指さす。アイラはそれにおずおずといった感じで首を振った。

まじか。テレビ、知らんのか。


「……くちと、はなしてること、あってない、です。えいぞうしゃえいきのににてる…かな」

「えいぞうしゃえいき」


 映像射影機、だろうか。

 それと、俺からしてみればテレビが口パクに見えるなんてことはない。いたって普通の、違和感のないものだ。


「ねぇアイラちゃん。俺が話してるの見て、そう言うふうに合ってないって思う?」


 思い浮かんで問いかけてみる。するとアイラはこちらをじっと見て、それから首を振った。


「いまは、あってます。おかしくない。けど…さいしょ、は、ちょっと」


 最初、ということはあの挨拶の時か。だんだん違和感はなくなってきた、と。


 ぴぴぴ、とアイラから音が鳴った。ビクッとアイラの身体が弾む。


「あ、温度計れたね。温度計、貰ってもいい?」


 音源が温度計だと気が付き、ホッとしたようにアイラがそれを差し出してきた。表示された体温は、35.6。これは…平熱が低いのか、それともまだ体が温まりきっていないのか。どちらにせよ、暖房の温度を一度上げた。


「うーん…まぁ、大丈夫、じゃないっていたらじゃない気もするけど大丈夫かな」

「だいじょうぶ…?」

「うん」

「……そっかぁ」


 どこか気の抜けたように、アイラの身体から力が抜けた。そんなに、体温の心配をしてたのか…?とりあえず、ひざ掛けでもかけようかと立ち上がろうとして、


「…あの!」


 ぱっとアイラが顔を上げた。


「ウミさんは、」


 アイラがゆっくりと言葉を発した。一言一言、かみしめる様な。テレビから聞こえてくる音が若干うるさかった。やっぱりつけるんじゃなかったかな。そんな思考を端に追いやって、少女の言葉に意識を傾けた。


「やさしいひと?」


 ころりと転げ出た言葉は堅かった。けれども、誰が見てもわかる願望と、緊張、それとすこしのやわらかさが詰まっていて、俺には重かった。10にも満たないだろう子どもが、知らない場所で、知らない人間に見せる初めての”お願い”。


「俺は____

 俺は、アイラちゃんにとって、ずっとやさしいひとでいるよ」


 今までの自分が、特別人に誇れるほどやさしい人間でもないことはわかっている。そこら辺にいくらでもいる、異世界とかに夢見ちゃうちょっと痛いただの男子高校生だ。けど、そんな俺でも、目の前の少女に誠実でいないといけないと思った。

 出会ってすぐの少女に何を真剣に、と思う自分もいた。でも、あんな、雪の中一人で冷たくなっていた子どもを助けたいと思うのは、間違っているだろうか。今まで善行も、徳も積んだことのない人生だが、今ここでアイラからの信頼を勝ち取って、アイラが幸せになれるまで見届けてやれるだろうか。

 そうなりたいな、と思った。


「ほんとに?」

「ほんとに!」


 じゃあ、と。アイラはソファから立ち上がって、俺のほうに近づいた。ぐ、と両手を伸ばして、俺を見上げる。

 それに招かれるように俺はアイラを抱きしめた。


「ありがとう」


 耳元で落とされる小さなこえ。震えていて、今にも泣きそうだった。こんな幼いからだからそんな声が出るなんて、この子に一体何があったのだろうか。そんなことを思いながら、少し体温の低い身体をもう一度抱きしめなおす。


「えへへ、うれしいことがあって、おれいしたいときはぎゅっとするんだっておばあちゃんがいってた」


 今きっと笑ってるんだろうな、そう思いながら。すっげぇうれしくなって、俺も、と答えた。

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