第4話

湖side


 少女が起きてきた。

 努めて笑顔で名前を名乗り、少女の名前を聞く。アイラと答えた少女は怯えているようだ。まあそれもそうだろう。眠っていて見えなかった瞳の色は青かった。赤だったらアルビノかとも疑ったが、青なところを見ると違うようで。

 何かあったとしか思えない。明らかに異常な状況。少女となれば混乱も当たり前だろう。まあ…どこから来たのかは謎だが…

「からだ、大丈夫?」

「…はい」

 じぃと少女を見るが、肌色も、さっきよりずっといい。指先とかが震えている様子もないし。とりあえず、大丈夫だろうと判断する。

「俺は、アイラちゃんが外に倒れているの見て、心配だったからこの家に連れてきた。女の子一人、あんな寒い場所に置いておけないからね。うん、だからね、アイラちゃん。おうちの帰り方、わかる?」

「…」

 悲しそうな顔しか返ってこない。

「帰りたくない?」

「…はい。」

「じゃぁ、アイラちゃん、お家の場所はわかる?」

 今度は怯えながらでも口を開いてくれた。聞き分けがいいのか…?

「…もりのなかです。おばあちゃんといっしょにくらしてたました。……くにのなまえはたしか、スロニってとこ」

 …スロニって国なんかないよな?うん、ない。ていうか森の中?この辺りに森はない。電車でだいぶ乗り継いだ先に小さめの森があるくらいだ。

嘘だろうか?いやこれは本当の事だろう、だって考えてるように見えなかったし。

 人の顔色をうかがうのは得意な方だ。それでいて、真実を言ってる口調だった。

 だが暮らしていたというところで過去形な事が引っ掛かった。俺の聞き方かもしれないが、こんな状況でそこまで考えて答えられるとも思えない。

「ここはさ、日本って国なんだけど知ってる?」

 フルフルと首を振る。何それカワイイ。

 ではなく、これからどうするかだ。

「あの……ウミさん、は、わたしをどうしようとしてるんですか…?」

「俺?俺はアイラちゃんが倒れてたから助けようとしてるってとこ…だと思う」

「……」

 アイラにあきれられた。気がする。ンン、と咳ばらいを一つ。

「どうして帰りたくないか聞いても?」

「おばあちゃんが…………しんじゃって。もう、わたしのこと、まってくれるひと、いないから」

 結構重い答えだった。どうしようかと迷う。

「…わかった。それでも聞くけど、アイラちゃんはどうしたい?」

 しっかりと目線を合わせながら問いかける。俺に問いに少し悩んだ風にしながらだったけど、アイラは目を離さなかった。

「ここ、わたしのしらないことがいっぱいあります。もりからもでたことないし、いどうしたようなきおくもありません。だから、ここがどこだろうとわからないです。だから…しりたい」

 驚いた。見た目は10歳くらいだろうか。そんな子どもがここまで考えていたのだ。それにしても、知りたい、か。ここに居たい、ってことか?でもそれだったらここに居たいって言えばいいし。興味を引かれる、ってだけで別にここじゃなくてもいいのか?

 ていうか、最初の質問。俺は何処にいたのかとだけ聞いたのに、なぜ国の名前をこたえた?普通、言うか?いうのかもしれないけども…。ふつうこの年の子供が目覚めたら知らない場所にいて、騒ぎもせず、こんなはっきり受け答えするものか?それに、あんな寒い外に薄手のワンピース一枚、しかも肌には入れ墨をしているとか、もう普通じゃない。もしかして、誘拐とかに慣れてる?うーん。妄想なきもしないでもない。けれど、この少女が普通じゃないことは確かで、元の環境に戻ることを望んでもいない。


 少し考えてから、簡単な事だ、という思考に至った。

「少しの間でも、うちにいる?」


1人は寂しいから。


「え…」

「うん。アイラちゃんがいっぱい抱えてるみたいだから。しばらくの間待っていてあげられる人間になれればと思って。」


だれかに理解してもらいたくって。


待っていてほしくて。


 少女は少しの間迷っているようではあった。でもその瞳には感じることがあった。

 そして、

「はい。」

 俺の目を見て真っ直ぐな眼差しで頷いた。




彼女の背負っているものは自分にはわからないし、

一緒に背負う事も出来ないだろう。

自分には経験しようもないことかもしれない。

でも知っている事はある。

可哀そう、理解している、などの言葉は時として猛毒で。

でも期待するから落胆して。

1人で自分の首を絞めて。

消えてしまいたいと___願う。

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