第28話 先生の昔話Ⅰ-2

 果たして、私と雪葉は同じクラスだった。私にとっては、通学の時に話せるので、あまり重要なことでは無かったが、しかし、これはこれでうれしい。確かに同じクラスになった方が話す時間は増えるはずである。単純に、同じ時間を過ごすことが多くなるのだから。


 いや、ちょっとまった。そうだ、と私は思い出す。何故私は、雪葉と同じクラスになったのにも関わらず、忘れていたのか。それはいたって簡単、単純に、あまり話さなかったからだ。私と雪葉はいわゆる通学友達であって、クラスの友達は別にいる。初めの内は確かによく話していたように思うが、時間が経つにつれて、結局、通学路でしか話さないようになっていった気がする。


 と、すると。今回もそうである可能性がある。というか、高い。


 雪葉の方を見ていると、たまに目が合うので、その都度手を軽く振った。


 「それやってて楽しいか」


 そうやって挑発するのは智弘という女の子だった。この子とは、一年の頃から欠かすこと無く一緒のクラスで、六年生でも一緒のクラスとなった。


 「楽しいに決まってんでしょ」

 「虚しくは、ないかい?」

 「むなしい…ねえ…確かに…」

 「おお…急に深刻になったね」

 「だってさー…もっと話したいんだよー…」私は身体を揺らしながら湿っぽく言った。

 「あんた…友人を前にしてよくもまあそんなことを…」

 「嫉妬かい?」

 「はっ(笑)」

 「鼻で笑うなよ…」

 「…ところでさ、うちの担任いんじゃん?」


 これ以上は聞かない、と言わんばかりに、智弘は話を変える。身を乗り出して、声を潜めて言った。


 「うん」

 「三組の担任の先生と付き合ってるらしいよ」

 「へえ」このテの話好きだよなあ、と半ばうんざりしつつ聞いた。

 「ほら、三組の先生とうちの担任って、おんなじ大学出身じゃん? その時から付き合ってたらしくって」

 「ほお」

 「それがさあ、前は自重してたらしいんだけど、最近は学校でもいちゃつきだしたみたいで」

 「それは…どうなの? 駄目じゃね? 公私混同じゃね?」

 「そうだよねー」

 「「そうでも無いわよ」」


 そんなステレオサウンドが、不意に聞こえた。もっと詳しく言うのなら、ステレオ、ではなく、ダブルボイスだ。同じ方向から聞こえた。


 「おは、双子」

 「「その呼ばれ方はあまり好きではないわ」」

 「私が真理よ」向かって右の女の子が言った。

 「私が美里ね」他方の子が言う。

 「「…どうして同じような名前を付けるのかしらね」」

 「まったくだね」


 私は適当に同意した。この双子は、六年生で初めて同じクラスになったらしい。それまでは、学校側の配慮か何かで、二人まとめて同じ教室にいれるようなことはしなかったようだが、もう充分育ったということで、二人まとめられていた。


 二人はそれぞれ友達がいたが、二人で一緒にいるところをよく見る。私と雪葉の関係性に重ね、密かに羨ましく思っているのは秘密である。


 「私達の両親は同じ学校の教員だったという話だわ」右側の真理が言った。

 「まあ、今では離婚してしまったけれどね」左側の美里が補足する。

 「へえ…でもさすがに、学校でいちゃついたりは…」

 「私達は学校で出来た子よ」真理が真顔で言った。

 「……」


 私と智弘は思わず黙ってしまう。


 「嘘よ」美里が悪戯っぽく言った。

 「…びっくりしたわ!」

 「あ、いや、まったくの嘘かどうかは確信がないわ。直接聞いたわけではないもの」

 「でも嘘だと信じたいわね」

 「私らもだよ…」智弘はうんざりしたように言ってから、「ってか、二人とも教員って、サラブレッドやん」

 「まあそうね」

 「私達、賢いわね」

 「賢いかどうかは意見が分かれる」

 「「そうかしら」」


 真理と美里は不服そうに口をとがらせた。その間にも私は雪葉の方を見て居たが、目は合わない。というか、こちらをむいてくれない。


 「あら、悲しそうな顔をしているわね、どうかしたかしら、奏?」真理が言った。

 「明らかにどうかしているわね。言ってみなさいな…やや視線の先には雪葉ちゃんがいらっしゃるわ。雪葉ちゃんがらみのあれかしら。ねえ?」

 「そーなんだよ、聞いてくれよ二人とも。奏がさっきから、というか六年に上がってから雪葉のことしか言わねえんだよ」

 「いやそんなことは」

 「確かにそうね。奏といえば雪葉ちゃんの方をにやにやしながら眺めているという印象があるわね」

 「それはもう気味が悪いほどの笑みで」

 「…言いすぎよ、美里」

 「そうかしら?」

 「そんなことは無い。この女は結構気色悪いぞ」

 「やめい!」好き勝手言ってくれる三人に、私は声を張り上げる。横目に雪葉の方を見るが、特に私の方に注目しているようなことは無く、安心する。

 「まあ、良いんじゃないかしら。確かに奏、最近集中力はないけれど、それくらい大切な友達というわけでしょう。だったらいいじゃない」

 「そうね。変態的ではあるけれど、要するにただ気になるだけでしょう。ならいいじゃない。…智弘はただ嫉妬しているだけだと思うわ」

 「あんたら寄ってたかって私が奏大好きみたいな…」

 「はっ(笑)」

 「うるせえ!」智弘は言ってから、「まあいいどけね、良いなら」

 「それに、なんとなくだけれど、智弘はやっぱり奏の一番の友達だと思うわよ」真理が言った。

 「お、おう…いきなり何よ」

 「雪葉ちゃんにはなんとなく…恋心を抱いていると、そう思うのよ」

 「え、真理が?」美里が驚いたように見る。

 「この流れで何故自分のことを言うと思うのかしら…もちろん、奏の話よ」

 「なんだ、びっくりした」

 「…いや、私、そんなんじゃないよ? それに、女同士だし…」

 「あら。私達、身近な人に女同士のカップルを知っているのよ。それほど突飛でもないわ」真理が言うと、美里がうんうんと頷いた。

 「というと?」

 「さっき、私達の両親は離婚したと口走ったじゃない?」

 「はいはい」

 「その原因、というか要因がね、私のお母さんが恋人を作っちゃったのよ、女性の」

 「不倫!」智弘が嬉しそうに言う。

 「ええ、そういうことになるわね」

 「そんなわけで、今はその人とお母さんと、一緒に住んでいるのよ」美里が取り次いだ。「だから、私達にとっては女同士というのはさして意外でも無ければ肯定すべきこと柄なのよ…いや、不倫はちょっと駄目だけれど」

 「そう、なんだ…」そんな軽く衝撃的な告白を私の為にしてもらって、本当に良かったのだろうか。少しだけ、申し訳ない気持ちになった。「でもたぶん違うんだよ、これ。独占欲なんだよ、これ…」

 「あら。意外に汚い気持ちなのね」美里が言う。

 「汚いって言わないで…いや汚いけど」

 「きたねえな」

 「うるさいな」

 「ほら、また突っかかってる。どんだけ奏が好きなのよ」

 「う、うるさいな!」


 そうして、私はまた雪葉の方を見る。六年生までに出来た友人と何やら談笑しているようで、笑顔だった。


 確かに、可愛いと思う。これが、自分がいった通りの独占欲なのか、それとも本当に恋心なのか、少しの間考えてみる。一緒にいたいなあ、と思うし、離れたくないなあ、と思う。


 雪葉はこちらを見て、私達は目が合った。私が軽く手を振ると、雪葉も返してくれた。


 「……」


 どきどきは、した。


****


 なにも無いまま、六年生の日々は過ぎて行った。いや、なにも無い、って何を期待していたわけでは無いけれど、つまり、クラスで話すことはあまりなかった、ということだ。登下校ではいつも通りに話しているから、本当なら寂しくないはずだ。けれど、このもやもやはなんなのか。私自身、この時はまだ判らなかった。


 卒業式より少し前。文化祭より少し後。冬とも秋とも言えない中間の時期。そのあたりで、私達の学校では修学旅行があった。小学校で最後のイベントだ。これを終えたら、もう卒業までの消化試合、という感が、私の中にはあった。というか、イベントらしいイベントなどあとは卒業式しかないのだから、きっとみんなそうだろう。


 だから、なんとしてでも雪葉と一緒に敢行したかった、のだけれど。


 「どんまい」


 と、智弘が言う。班が違っていた。だから当然、部屋割りも違う。観光地を回る順番もちがければ、バッティングすることもなかった。


 「なんだこれ…」


 私はバスの中でそう呟く。結局、隣にもならなかったのだ。


 「まあ、ドンマイね。知り合いと一緒になれただけよかったじゃない」


 隣に座る真理が言った。


 「私は真理のこと、友達だと思っているぜ?」

 「格好良すぎね。雪葉ちゃんのこととなると途端にポンコツになるのは何故かしら」

 「そういうこと言うのやめたって…」

 「まあまあ…じゃあ、私が奏を慰めてあげましょう」

 「え、あ、そう?」

 「そうそう」

 「どぅわめよ」後ろから声が聞こえた。後ろの席に座っている美里だった。

 「どぅわめ…って?」

 「だめ、と言いたかったの」

 「成る程」

 「真理が慰めるのは私だけよ」


 美里が言う。少しむきになっているような様子だった。「真理も真理よ。軽々しくそんな風なことをしちゃいけないのよ。ほんとうに好きな人じゃないと…」


 「…? 姉として、ちょっと解説してもらえる、真理?」

 「……」真理は困ったように黙ってから、「あのね…」と美里に耳打ちした。

 「…ああ、成る程。なるほどなるほど。そうなのね。ごめんなさいね。私早とちりしちゃったみたい。引っ込むわ。続けて続けて」


 納得してから恥ずかしくなったのか、美里は自分の席に座り直した。


 「…? 結局何だったの?」

 「何でもないわ。奏はあまり気にしないことよ」

 「そうかい?」

 「そうよ」真理は言ってから、「話を戻すけれど、精いっぱい友達と一緒に楽しむのも、ひとつの手よ。ほら、つまらなそうな顔をして雪葉ちゃんに気を遣わせては本末転倒でしょう?」

 「あ…確かに…」

 「だから、私と一緒に楽しみましょう、奏?」


 そう言って、真理は手を差し出してくる。私はその手を取って、少し笑った。


 直後、美里の殺気じみた視線を後ろから感じたので、すぐに手をひっこめた。


****


 そう言うわけで、京都を精いっぱい観光した。まあ、それほど楽しくはない。まず、京都にそれほどの興味がないのだ。しかし、やっぱり美里や真理と同じ班だったので、そこは救いだった。ちなみに、智弘は別の班である。


 二泊三日の予定で組まれていてたが、奈良には行かず、同じ旅館に泊まって、京都を観光するようだ。なるほど。ちょっともったいない気がしたが、まあ、京都なら見るところなどたくさんあるだろう。


 「さて、お三方。いざ参ろうか」


 智弘が言った。一日目の夜のことだった。

 部屋割り的に結構遠いはずなのに、なぜか私たちの班の部屋にいる。智弘も智弘で友達がいないわけでも無かろうに、そっちの部屋はいいのだろうか。


 「いいんだよ。みんな定時に寝ちまったから、面白くないんだ」

 「私たちももう寝たいのだけれど」真理が言った。

 「そうだそうだ」

 「うるさいな。とかいって、まだ寝ないんだろ? ネタは上がってんだよ」

 「心外だわ。智弘が来なければちゃんと時間通りに寝るはずだったのに、ああ残念。それで、どこに行くって言った?」美里がわざとらしく言う。

 「先生たちの逢引きを見に行こうぜ!?」

 「…は?」

 「どういうことかしら」真理が渋々ながら聞く。

 「言ったろ? うちの担任が三組のと付き合ってるって。だから、それ見に行くんだよ」

 「いや、悪趣味」

 「普通に最低ね」

 「そうかしら」

 「だってさ、旅行だぜ? 旅行。恋人たちがエロいことするにはちょうどいい、絶好の機会じゃないですか」

 「いや知らないけど」

 「知っとけ!」

 「怒られた!」


 何故怒られたのか分からない。人の逢瀬を面白がって盗み見るとか、普通に最低じゃねえか。内心口をとがらせる私をよそに、智弘と美里は完全に乗り気だった。


 「よしよし。異論はないな。行くぞ諸君」


 智弘は気取った口調で言った。私は悩んだが、興味がないといえば嘘になる。折角全部智弘の責任にできるこの状況下で、このまま眠ってしまうのは愚の骨頂だろう。


 「やれやれ。智弘にはかなわないなあ。私はそんなことをするなんて気が引けるけれど、智弘がそう言うならしょうがない。行くしかないでしょう!」

 「…まあ、奏が行くなら、私も行くかな」真理が言った。

 「…は? それってどういう意味かしら」それに美里が反応する。

 「他意はないわよ」真理は疲れた様にフォローした。

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