揺れる時間、繰り返す気持ち。
第27話 先生の昔話Ⅰ-1
出生は青森。出身は神奈川。そんなもんだから、私はあまり、雪が好きではなかった。たぶん潜在的に、雪にはもう飽きた、とかそういうことを思っているのだろう。まあ、神奈川はあまり雪が降らないから、誰かに雪が嫌いだ、と公言したことは無いけれど、しかし、寒いのが苦手なのは周知の事実だった。
彼女はそんな私に、ごめんね、という。
それは、彼女の名前が「雪葉」といういかにも寒そうな名前だったからだ。寒そうな名前というのは、ちょっとこじつけている感もあるけれど、彼女はどうやら気にしていたみたいだった。
「私といて、嫌じゃないの?」
いつか、彼女に訊かれたことだった。
「嫌じゃないに決まってるよ」
私はそんな風に答えた。実際、名前だけで気温が下がるわけでも無いし、彼女は夏になったら溶ける性質をしているわけでも無かったので、あまり気にしていなかった。大体、字を見るだけ、発音するだけで嫌なものなど、ゴキブリくらいしか思いつかない。
雪のことは、そこまで嫌悪しているわけでは無かった。
いつからの付き合いだったか、もう覚えていないが、雪葉とは家が隣同士だった。だから当然、保育園、小学校、と順調に同じ所へ通うことになっていた。
いつも、雪葉とは一緒に登下校をする。
「かーなでちゃん、いーこーおー」
変な節を付けて、私の家の前でそう声を発するのが聞こえた。それは大人数でやるから大丈夫なのであって、一人でやるには抵抗があるのではなかろうか、と私は思う。ただ、それをやってのけるのが雪葉であることも、承知していた。
「ちょっと待ってて」私は家の扉を少し開き、そう言った。
「なんだよーまだパジャマー」
「なるはやで」
引っ込むと、お母さんが用意してくれていた食パンを急いで食べた。その後で歯磨きと軽い洗顔をしっかり終えると、着替える。その時点でもう十分ほど経過していた。
ランドセルを掴んでばたばたと扉を開けると私の家の塀に凭れて、雪葉が待っていた。
「…ら、ら、らくだ…。だ、だ、だんご…」
「おまたせ」私は言って、雪葉の肩を叩く。
「ご」
「ご?」
「『ご』から始まる言葉」
「ゴジラ」
「ら…また、ら、か…」
「なにしてんの?」
「しりとり」
「…ひとりで?」
「いや、今、奏答えたでしょ」
「それまでは一人だったでしょ」
どちらともなく歩きだして、私たちはしりとりを続ける。雪葉はさすがのマイペースだった。
お互い、相手の歩調に合わせながら学校へ向かっていると、不意に雪葉が言った。
「て、繋ぎますか?」手を差し出してきた。
「どうしたいきなり」
「いや。奏、不安かな、と思って」
「…? なんで?」
「いや…だってさ、私ら、もう六年生じゃん?」
「うん」
「最後の一年じゃん?」
「うん」
「ところで、小学校で何回同じクラスになったっけ?」
「二、三回?」
「…一回なんだなあ、これが」
「あ、そうだっけ」
そう言われて思い返してみると、確かに、雪葉との小学校での思い出は、この通学路くらいのものだった。なるほど、確かにこの機会を逃せば、同じクラスになるためには中学校が同じところにならなければならない。
雪葉のお父さんは海外派遣の多い会社で働いているため、同じ中学校へ行けるとは限らないのだった。
「…ごめん。嘘だね。私が不安。奏と一緒のクラスになりたいなあ、って思ったんだ」
「そっか…私もだよ。て、繋ごっか」
「ん」
雪葉の手に触れると、柔く暖かい感触が私に伝わってくる。やっぱり雪なんかじゃない、と、当たり前だが、嬉しい気分になるのだった。
「……」
ぷにぷにと感触を確かめるように何度か握る。
「な、なにさ…」
「いや…なんとなく」
「さては、奏も不安なんだな? 余裕ぶってるくせに」
「もち肌だなあって」
「それなら奏も同じだからねっ!」
お互いの手をぷにぷにしながら、私はなんとなく気恥しくなって、手汗をかいていないか心配になった。
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