第17話 嫌いな今の運命論-1
運命なんか、私は信じない。初めからすべてが決められているなんて、そんな考え方は救いがない。まして、生まれる前から運命づけられているなんて、最悪以外の言葉が見つからなかった。
以前の私がどうであれ、生まれる前の私がどうであれ、今の私は私以外の何者でもないから、私は私の意思で人を好きになる。
だから、私はあんな人好きにならない。いやまあ、それには大きな語弊があるけれど、恋愛の意味において、私が彼女を好きになることはありえない。
大体、初めから性格があっていないのだ。私は結構直線的な言葉で生きてきたけれど、彼女ははっきりしない、当たり障りのない、豆腐のような人間だ。何をしても何をやっても、帰ってくるものが無い。歯ごたえがない。手ごたえがない。それが彼女の良いところだというのなら、彼女の良いところを理解できない私は、だから彼女と相性が悪い。
優しい、と表現してもいいけれど、私はどうしても、もどかしいとしか思えなかった。
嫌なら嫌って言え。
好きなら好きって言え。
自分の立場をはっきりさせろ。
そう思うのは、私が子供だからに違いないけれど、誰も責めたりしないのだから、少なくとも私は責めたりしないのだから、私にくらいは、自分の意見を言って欲しい。
彼女の心を見せてほしい。
そう思うのに、彼女はどうしても私に笑顔だけを見せている。
どんな言葉をかけても笑顔。罵倒しても、甘えても、何を話しても笑顔。その表情は結局、好意の表れではなく無関心の表れだ。それならいっそのこと無表情の方が、まだしも嬉しい。
まあ、そんなことを、今更言う気はないけれど。
****
「明日から、
帰ると、母がだしぬけに言った。部活で疲れて帰ってきた娘に、おかえりもなしにそんな仕事を突き付けるのはいかがなものか。そう思ったが言わず、代わりに不機嫌を顔に出す。
「えー、また私の部屋に泊まんの?」
「しょうがないでしょ、あんたの部屋しか空いてないんだから」
「んなことないじゃん。お母さんの部屋も空いてんじゃん」
「いやいや。大学生が一人寝られるようなスペースはないから」
「えー…マジかよ…」
「文句言わずに泊めてあげなさいよ…昔はあんなに樹希ちゃんのこと好きだったのに、いつからこんなんなったんだか」
そんな母の小言を無視して、手を洗おうと洗面所へ向かう。
別に、嫌いになったわけじゃない。こんなんなったわけでもない。ただ、向こうが勝手に大人になっていくから、自然と距離が離れていっただけだ。
叔母さん家族が転勤で引っ越してからは、年に何度かになったが、その間にも樹希ちゃんだけうちに遊びに来ることもあった。私は昔から相手してもらっていて、従姉妹ではあるけれど、殆ど姉みたいなものだった。
しかし成長するにつれて、樹希ちゃんは私に本当のことを言ってくれなくなっていった。いや、それまでだって本心で話していたかどうかはわからないけれど、目に見えて上辺をすくう接し方になっていったのだ。
それから、私は樹希ちゃんが苦手になった。苦手、というか、有体に言えばつまらなくなったのだ。誰しも、接する人によって性格や言動を変えてしまうものだけれど、樹希ちゃんの場合、接する人によってそれらを変えない代わりに、誰に対しても当たり障りがない。いうなら、バーナム効果みたいなものだ。誰にでも当てはまりそうなことを言って、角を取っている。
ただ、昔はこんな人じゃなかったかというと、少し自身がない。なにせ、昔のことなんて断片的にしか憶えていないから、私と樹希ちゃんのどちらが変わったのかどうか分かったものでは無い。
私が好きになった樹希ちゃんは、どんな人だったのだろう。
ばしゃばしゃと、ついでに顔を洗っていると、途中で気付く。タオルで水気を取ってから、急いでリビングへ向かう。
「ねえお母さん、さっき、明日『から』って言った? 何日か連泊するってこと?」
「うん。連泊、っつーか、しばらく泊まるよ。あの子、この辺の大学通うんだわ。一人暮らしの予定で部屋探してたんだけど、上手く見つからなくてね。いい物件が見つかるまで、うちから通うって話になって」
「…聞いてない」
「言わなくていいかな、って思ってたわ」
「……」
母はこんな人である。いい加減、とは違うのだろうけれど、少しずれている。もう十数年の付き合いなので、こんなことで腹を立てても仕方がないことは解っていた。
とりあえず、私の部屋に散乱している漫画やその他書籍をどこかへ仕舞わなくてはな。特に、その他書籍を早急に仕舞わなくては。
「明日? もうちょっと伸ばせない?」
「あんたの部屋そんな散らかってんの…?」
「いあ、そうじゃ無いんだけれども、急だな、と思いましって」
「ましって」
「今日は疲れているもんで」
「もんで」
「今日はやりたくない!」
「はあ、成る程」母は頷いてから、「まあ、今日やんなくてもいいよー。明日、樹希ちゃんが寝るまでに片付けてくれれば」
「…私、明日も部活なんだけど。朝からこの時間まで帰ってこないんだけど」
「知らんがな」
「そんなああ」
「うそうそ…じゃあ解った。片付けとくわ」
「…お母さんが?」
「そう」
「……」
私は考える。お母さんにあの書籍を見つけられてしまった良いものか。
いや、駄目でしょう。いや、考えるまでもなく。
「…やってやろうじゃねえか」
「え?」
「今からやってやる!」私は覚悟を決めて、自分の部屋へ登って行く。途中で思いだして、「入って来ちゃ駄目だからね!」と叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます