第5話 私たちの始まり-2
次の日だった。
「おまじない?」
「おまじない」
友人の裕美はそう頷いた。なにやら女子女子しい話題だけれど、しかし私はあまり興味をそそられなかった。元来そういう話題に興味がない、とかではないのだけれど、おまじないとか、噂とか、確かでないものを好まない傾向にあった。
殊におまじないはあまり好きじゃない。
お
「へえ…」
「うん。あそこ、なんかさびれた神社、あるでしょう?」
裕美が言っているのは学校を裏門から出て西へ行ったところにある神社のことである。いや、実際のところ神社と呼べるのかどうかわからない。小さな鳥居とお社と賽銭箱が置いてあるから、一応神社なのだろう、という感じで、ほぼ壊滅状態だった。
神様が住んでいるのかどうかも怪しい。
何か大きい神社の一部だったんじゃないか、というもっぱらの噂であるが、私は行ったことが無いので真偽のほどは解らない。
「あそこで五円玉でお参りするとなんでも良縁に恵まれるとか、想い人と結ばれるとかいう話ですぜ」
「はあ…五円玉、ご縁。…言葉遊びとダジャレの違いって何なんだろうね」
「何を言っているか分からないけれど、一緒に行ってみないかい」
「えー…と。今から?」
「へえ」
「うー…」
私は消極的だった。興味がないというのもあったけれど、行きたい場所があって、そこから神社はやや距離がある。できればそんなに歩きたくないものだけれど。
「おねがぁい」
「だまれ」
友人に付き合ってやるというのも、また大切なことだろうか。裕美にはいつもお世話になっているし、個人的にお願いしたいこともあった。神社に行ってからでも、走って向かえば間に合うか。
その神社の得意とする良縁ではないけれど、まあ、縁結びの神様でもある程度はなんでもこなせるだろう。精神科医でも内科も見れたりするし。
「そーだなー…暇だし、まあ、大丈夫かな」
「そうだよね、暇だよね、
「だまれ」
****
まだいるだろうか、と私は走りながら思う。何でこんなに急いでいるのか自分でも解らなかった。話していて楽しい相手ではないし、共通の話題もなく、親しくもないのに、どうしてこんなに会いたいのだろうか。
たったったったっ、と普段、体育の時間以外では聞くことがない音が、私の生活をどこか特別にしているような気がした。
公園が見えてきた。私はアクセルを踏み込むかのようにさらに加速する。だだだだと勢いが増すが、しかしあまりスピードを出すとすぐには止まれないので、徐々に減速させていく。反作用で脚が痛む。まあ、明日は土曜日だし、別に良いか、と思った。
「…あ!」
まだいた!
私はやや歓喜して、彼女に近付いた。
「おーい、さーちゃん」
「…!?」
即興で名付けたあだ名で呼んでみたところ、才川さんは驚いたようにこちらを見た。それから困った表情をして、しまいには不機嫌なオーラを出し始める。
私はそんなに悪いことをしたのだろうか。
「昨日の今日で距離詰め過ぎじゃない?」
「そうかな。あだ名は基本だと思うよ」
「ふーん…まあ、私には解らないけれど」
意外にも納得した風の才川さんは、また猫を抱いていた。漫然と頭を撫でている。なんか和むな。猫がよく似合う人だ。
というか、猫の方も大人しいのはすごいな。私が抱いたら秒速で腕から離れて行って、もう近づくなとばかりに毛を逆立てられるし、最悪の場合引っ掻かれたりするというのに、才川さんには心地よさそうに喉なんか鳴らしながらおさまっている。
いいなあ。
特有のオーラでも放っているのだろうか。
「可愛いなあ…ほしいなあ…」
猫を撫でながら才川さんは言う。普段のイメージとは打って変わって柔らかい笑みの彼女に、私は少しどきっとする。
撫でられたい。
反射的に思った。
「飼えば?」
「…飼えないよ。世話をできるほどの経済力がない」
「ふうん…どんまいやで」
「…ちょっと馬鹿にしてる?」
「いやいや、誤解…」ミスったな、と思いながら、挽回の言葉を探す。「あ、じゃあもう、二人で飼っちゃう?」
「はあ?」
「ちょ…怖い」
「だって変なこと言うから」
「いや…経済力がないってんなら、二人で折半しようぜ、って話だよ。この子ノラ猫だし…ノラ猫だし、このまま飼うならエサ代だけでいいんじゃないの?」
「…それ、餌付け、って言わない?」
「気分次第だよ」
「そうかなあ…」
才川さんは困ったように首をかしげる。それから、考えるように少しの間沈黙する。その物憂げな横顔にはなんとなく惹かれるものがあって、私はぼーっと見惚れていた。可愛い、というよりは、魅力的だという感じだ。
学校で見かけるときは、もっと怖い印象だけれど、今は全然そんな風じゃない。むしろ、今まで話しかけなかったのは実は損をしていたのではなかろうかと思うくらいだった。
「…そうだなあ、私もこの子好きだしなあ。できれば、飼いたいな」
「え、うん、そうだね」
「どうした?」
「いえいえ。いいね。そうしよー。この子、前より痩せちゃってるし、きっと食べれてないんだよ。二人でやれば…何とかなるって」
「そう?」
「そう」
「そっか」
うんうん、と私は何度か頷いた。
こんなふうに、才川さんと話す日がくるとはなあ、と感慨深く思う。この猫がいなかったら、才川さんとはただのクラスメイトのままだっただろう。特に話さずに一年が終わって、クラスも別々になって、特に興味も持てないままで終わっていたのだろう。
それは、少し想像しただけでも悲しくなるような結末だった。
この猫に感謝しないといけない。
「…どうした?」
才川さんが、猫を抱いたままで首を傾げた。
私を案じるかのような彼女の表情に、あれ、と思う。
いつも、その視線は猫に注がれているはずだった。やさしさと思いやりで構成されているそれは、しかし今は私を捕らえて離さない。
それはとても、私を引きつける瞳だった。
もっと見ていたいと思う。
もっと見られていたいと思う。
ああなるほど。
私は納得した。
猫はこんな瞳を注がれているから、才川さんに良く懐いているのだな。私は今にも才川さんに抱き付いてしまいそうで、猫が羨ましくなった。臆面もなく体裁もなく才川さんの腕に収まれるなんていいなあ、と思う。
「…大丈夫、だよ」
「ならよし」
才川さんが私のことを、猫の話題以外で興味を持ってくれたのかな。
上の空な私のことを心配してくれたのかな。
だとしたら、嬉しい。
もっと仲良くなれたらいいな、と心ひそかに思った。
「…智咲って、案外良いやつだね」
「案外、ってなんでさ」
「いや。ただ単に喋ったことが無かったから、ってことだよ。…あんたのこと、私結構好きかもね」
「…私も、才川さんのこと好き」
私はひそやかに笑って、才川さんもそれに釣られるようにして、少し笑った。
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