第4話 私たちの始まり-1
その日の天気は土砂降りで、まるで昔のドラマのラストシーンのようだった。視界が雨飛沫のせいか不鮮明で、空は低く、私のテンションも低い。水たまりのせいで歩きにくいのもあるだろうが、足取りは重かった。
どこかの誰かの人生において、重要な何かが今日、行われているのだろうか。そうだとするなら甚だ迷惑だ。盛り上がるのは勝手だけれど、私をはじめとする、まったくの他人である日本国民一億三千万人を巻き添えにしないでほしい。
まあ、私をとって言うなら、自分にとって劇的なことが起こる時、大概の場合晴天なのだけれど。
それがまた、恨めしいのだけれど。
ぱんぱんぱん。
雨が傘に勢いよく当たって、そんな音を鳴らした。
この音は嫌いじゃない。
しかし、この音があることによって雨の日が好きになるかと言われればそうでは無いので、私の好きはしょせん、その程度なのだろう。
「…あー」
意味もなく声を漏らした。勿論、周囲の人間には聞こえないくらいの、口の中で発音する感じに、だが。
一人の帰路は憂鬱だった。何がどうってわけでもないけれど、今日もまた一日が終わってしまったなあ、という気分になる。日本語特有の単語であるところの、もったいない、である。
一日をもったいない使い方をしている、と自分で思うのだ。
結構頑張っているんだけどなあ。
とぼとぼ歩いて、一直線に進んでいく。
雑踏に目を遣ると、私と同じように肩をすぼめて歩いていた。まあ、こんな雨の日に満面の笑みでスキップなんかしながら歩いている奴がいるなら、そいつはスタジオジブリかなんかからオファーが来るだろうな。
電車は止まるわ、道は混むわで良いことなんか何も無い。強いて言うなら米が育ちやすくなるのが利点だろうか。
そんな恩恵、目に見えないから正直言って私の心情には関係無い。
「……」
そういえば、気温が低くなっている。ノラ猫とかって、こういう寒い日はどうしているんだろう。人間のように室内に入ることもできないし、暖房器具も持っていなければ、自らの毛皮しか暖を取るものがない。
もし、こんなタイミングで風邪をひいてしまったら。悪化する一方なんじゃないだろうか。
「…大丈夫かな」
にわかに心配になって、道なりに進めば自宅につくはずだったが、右に曲がって、公園へ向かうことにした。
帰ってもどうせやることなんて無いし、猫のために時間を使ったって支障はない。どころか、このまま帰るより有意義かもしれない。
もし、ノラ猫が凍えていたらどうしよう。
私は歩きながら考える。
いったん自宅に戻って、タオルとか、あとはカイロなんかを持ってきてあげよう。有難迷惑かもしれないけれど、うん、私の気が済まない。
「…公園公園」
呟きながら歩いて行く。長らく立ち入っていなかったから、道に迷いかけたが、どうにかこうにか到着する。
土砂降りの日には基本的に利用されない機関ではあるが、こう、誰もいないところを目の当たりにすると、結構くるものがあった。
まるで公園が突如として誰からの目にも映らなくなったかのような、閑散とした様子。
誰からも興味を持たれないというのは、寂しいものだ。殊に、普段は賑やかなはずの場所であるからそう感じるのかもしれない。
こんなところにノラ猫がいるのかというと、まあ、いる。
いるということを私は知っている。
少し入るとブランコが右手に現れて、その隣にある茂みのところだ。
「ん…?」
近づくと、猫以外の気配がした。他の動物とかではなく、人間の気配だ。
まあ、私以外にその猫を気にかけるということはままある話であるし、出くわしたっておかしくはないだろう。
ちょっと話してみようか。仲良くなれたらそれが良い。
良い人だといいな。
「……」
屈んだ後姿が目に映った。同じ制服を着ていて、女生徒の様である。同級生かな、知ってる人かな、とワクワクしながら近寄った。
髪は長い金髪。とはいえ純正のものではなく染めたものの様で、若干痛んだ風だった。
そして、その背格好には見覚えがあった。
「才川さん…?」
「…ん」
私がそう呼んだ彼女は猫を抱いたまま怪訝そうに振り返り、私を睨むようにする。
なんでクラスメイトの名前を呼んだだけで睨まれないといけないんだ、と私はやや機嫌を損ねた。
「こんにちは」
「…こんにちは」
他人行儀に私たちは挨拶をする。殆ど話したことが無いクラスメイトなんて、他人も同然なのだから他人行儀も当たり前だろう。
「……」
「……」
お互い黙ったままで、牽制し合っている。
なんだこの時間、とおかしくなった。
私たちの物語はそこから始まる。
この雨の日にこの公園で、雨音に紛れて音もなく、静かに幕を開けるのだった。
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