第2話 こんな夢の続き-2
雑音が教室内を占拠している、と言うよりは教室というこの空間自体が一つの音の塊のようだった。例えばスピーカーに段ボールを被せた時のように、籠った、ざらざらする音だ。
私はこの音が結構好きだった。雑然とした、しかしどこか纏まっていて、心地良い耳障りだ。
その塊の一部に取り込まれた私は、多分に漏れず唸るような音の一部分だった。
「せんせー、おはよー」
なんて、快活な生徒は話しかけてくる。無視をするのも変なので、教師然とした態度でおはよう、と返した。
本当は子供のままの私は、しかし大人ぶって生徒に接していた。この年になって思うのは、大人になり切れていない大人って結構いるんだなーということ。
私もさることながら、同僚の先生もそうだった。隙あらば集まって、手のかかる生徒の悪口を言う。めんどくさいとか弱音を吐いて、適当に仕事をする。
昔思っていた「大人」という人間は、もっと責任感があって温厚で、まるで聖人君主のように包み込む強さを持った人間だった。
今思えば、それは買いかぶり過ぎだったと分かる。
大人にせよ子供にせよ、自分勝手でだらしがない。
思い返してみると、私が、目の前にいる生徒達くらいの年齢の時の大人も、そんな具合だったかもしれない。
ざわざわざわざわ。
さざ波のような音を聴きながら、授業の準備を着々と進めて行く。
そういうわけで私は自分が教師っぽいことをするのにちょっと違和感があった。
まあでも、教師という立場の人間が生徒と同じ子供のままで接するのは馬鹿みたいを通りこして狂気すら感じるのでやっぱり、これも仕事のうちなのだろうけれど。
違和感のある仕事なんてものはこの世にごまんとあるらしいし。知らないけど。
「ねえ、せんせー、なんか今日ちょっとおつかれ?」
と。
生徒の一人が図星を突いてきた。
子供っていうのは案外勘が鋭いものだな、と思う。
ん、いや、私はそんなに勘の良い方じゃないから、子供の時も空気の読めない方だったから、子供は、と一緒くたにするべきではないのか。
この子、馬鹿そうに見えて結構鋭いな。
…まあ、これもちょっと失礼か。
どうやって言い訳しようかと瞬時に頭を回す。
「んー? いやそうでもないよ」
何でもないような態度で私は笑った。上手く隠せたような気がして、これならギャンブルとかやっても上手くやれるのでは、と軽い達成感を覚えた。
しかしそうか、疲れが顔にでてしまっていたのか。まあ、精神的にも肉体的にも毎夜トラウマを見せつけられたらそりゃあ、そうなってしまうのも当たり前だろう。
どうせならゲームしてたとかで寝不足の方がまだしも面白かったけれど、こんな理由じゃ誤魔化すしかない。教師の後ろ暗い部分を見せられても、生徒にしてみればどう反応したらいいのやら、迷惑も良いところだろうし。
「…私、結構心配だな」
通りがかりに、その女生徒は言う。
切れ長の物憂げな瞳が私を捕らえて、私も彼女を瞳の中に閉じ込める。白い肌が瞬間的に眩しく見えた。
この子は、と思う。
しかし、そんな感慨に浸れるわけもなく、すぐに、そばにいた生徒が「私もー私もー」と同調しだして、彼女は彼女の友人の待つ自分の席に戻って行った。
「……」
何故だか私は、彼女から目が離せないのだった。それは入学式、彼女を見かけてからずっとのことで、今更どうということは無いのだけれど。
なんだか、私のトラウマの時と同じような状況に少し引っかかるのだった。
あの子の時も、こんな感じに、自然と目が行っていたなと。
あの子の時も、こんな感じに、眩しかったなと。
嫌な思い出を、昼間なのに思いだす。夢にもどうせ見ることが解っているのに、何故私はこんな二度手間みたいな、あるいは過払いみたいなことをしないといけないのだろう。
私は危惧する。もしかしたら、私は彼女を好きなんじゃないかと。
なんて。
なんてこと、私はたぶんこの先、一生思うのだろう。だからとりあえず、見ないことにして。
「授業を始めます」
私の教科は数学で、面倒な数式を書いているときだけは、無心でいられるのだった。
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