今日もあなたが好きなので。

成澤 柊真

雨の始まりと、最低の終わり。

第1話 こんな夢の続き-1

 『――――本気で言ってる?』

 

 その女の子は嘲りと畏怖をもって、私を出迎えた。今だけは、このくりくりとした瞳が怖い。その時の花の香りは、やや鋭く、私の脳裏にこびりついていた。

 ああ、またこの夢か。そんな諦観のような気持ちでそれを見る。

 ぼーっと嫌な気分を伴って見つめていると、場面が変わる。場所は同じく体育館裏。しかし、彼女の表情が全く違っていた。


 『――――あんたのせいで…! あんたの…!』

 

 悲しい、というよりは憎しみが強いのだろうか。彼女は目に涙を浮かべ、私に掴み掛った。

 ごめんね。私は声に出さずに言った。この時本当は何も言えなかったので、たとえ夢であっても喋ることはできないようだ。

 折角現実じゃないのなら、やり直させてはくれないだろうか。ちょっと優しくないな、と他人事みたいに思った。

 ばくばくばくばく。

 彼女の顔が目の前で憎しみ崩れていくさまを見て居ると、否応なしに動悸が早まっていく。

 『どきどき』と言うよりは『ばくばく』といった感じだ。

 それに合わせて世界が壊れていく。欠損箇所がちらほらと増えていって、他の欠損とつながり、夕焼け空が大きな穴となったころには、彼女の顔すら崩れていた。

  

 「っはぁ…はぁ…」


 がばっと。

 上半身を起こした。

 百メートルのダッシュを何本かやったあとみたいに息切れがする。苦しいのは嫌いだった。苦しみを覚えるたび、自分の中の何かがこぼれ落ちて行くような、そんな感覚に襲われるからだ。しかし、彼女の感じた理不尽な苦しみを思うと、これはあまりに理に適っている。

 これも贖罪の一つなのかもしれない、とその息切れに安心感すら覚えてしまっていた。彼女のためにこうして苦しんでいることで、私が勝手に満足しているだけに過ぎないのにもかかわらず、どこか許されたような気がしていた。

 窓からのぞく月を見ながら、はあはあ息を整える。

 月は責めるようにまん丸で、まるで私の罪は消えないという様に私を照らしてくる。

 醜い私を、容赦なく白日のもとにさらす。

 気管のあたりが切り傷のように痛んだ。

 胸のあたりが突きさされるように痛んだ。

 

 「……」

 

 ついでと言ってはなんだけれど、涙も出ていた。最近殊に多いのは、教師なんて職を選んだから、思いだしやすくなっているのかもしれない。

 あの頃と同じような光景を俯瞰して、記憶を刺激されているのかもしれない。

 本当は全然違うはずなのに、私はどうやら単純で、似たような形のものを見ると、そのものだと勘違いしてしまうみたいだ。

 めんどくさいなあ、と考える。臆面もなく、考える。

 汗で寝間着が服に張り付いていた。


 「…びちゃびちゃだ」

 

 こんな時間だけれど、シャワーに入らないと気持ち悪くてかなわない。

 一時を回っていた。明日も仕事だというのに、こう毎日毎日寝不足状態が続くとさすがに気が滅入ってくるな。もともと快活な人間ではないけれど、どうも思考が後ろむきになってしまう傾向が出てくる。

 私は一生このままなのか?

 私は一生、こんな悪夢に悩まされないといけないのか?

 

 なんて。

  

 自分本位にそう考えるけれど、彼女は今、どんな状態なのだろう。

 臆病が出て消息を追わなかったけれど、もしかして、彼女はもっと酷い状態だったら。

 私が人為的に彼女の平穏を犯した。

 それで彼女が不幸になっていでもしたら。

 私はどう償ったらいいのだろう。

 どう償えば、私は自分で納得するのだろう。

 

 「…まあとりあえず」

 

 浴室に向かって、脱衣所で服を脱ぐ。

 忘れることが出来ない私は、後回し、先延ばしがとても上達していた。

 明日も仕事だという、言い訳のおかげかもしれなかった。

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