インテグラルの夜

あるぱか

夜の帳と煙草

  俺の前に現われた化物は一人の女性によって殺される。


  「そこの君、大丈夫かい?」


  透き通った綺麗な声だと思った。

  ほんの数秒前に死を覚悟したのに、そんな場違いな事を考えた。


  「……大丈夫、あんたが助けてくれたから。」


  「助けて何ていないよ、私はコイツを追ってきただけだからさ。」


  彼女は化物を追ってきたと言った、普通の人間では勝ち目が無い化物を追ってきたと。


  「こんな化物を追ってどうする気だったんだ?」


  簡単な疑問。

  しかし彼女は不思議そうな顔をする。


  「……化物?

 あぁ、コイツの事か。」


  納得した顔をする。


  「こんなの化物何かじゃないよ。

 この程度腐る程居るからね。」


  「……何者なんだ?」


  「ふふ、自己紹介をしようか。

 私は魔法使い、インテグラル・エインズワース。

 夜の帳と呼ばれる者さ。

  君の名も教えてくれるかな?」


  「……俺は奏上 響、しがない青年だ。」


  「では響、見ておけよ?」


  日が沈み、夜が顔を出すこの時間に日が登る。


  「これが私の魔法さ、簡単に言えば逆転って所かな。まぁ雑魚なら生死を逆転させれば済むが、強い奴には効かんがね。」


  カラカラと笑う。

  

  「俺は殺されるのか?」


  当然の疑問を投げかける。

  存在を知られた、魔法を知られた、数多の理由はあれど物語ならば俺は殺される流れだ。


  「いや、殺しなんてしないさ。」


  「何てしないって事は何かはするんだな。」


  「察しがいいね、嫌いじゃない。

 早速だが本題に入ろうか。」


  俺は緊張のせいか喋る事が出来ず話されるのを待つ。


  「率直に言おう、一晩泊めてはくれまいか?」


  ……一晩泊める、それだけ?

  

  「……それだけか?」


  「言葉足らずだったね、響が家に招き入れてくれ。」


  「どういう事だ?」


  「私は自ら人の住む家には入れ無いんだ。だから誰かに招いてもらはねばならなくてね。」


  「それだけでいいのなら。」


  「ふむ、契約成立だ。早速だが頼むよ、些か腹が減っていてね。」


  こうして奇妙な魔法使いとの一夜が始まった。




  家に着くとエインズワースは何やら魔法を使い結界を張ってくれた。


  俺はそれが終わると同時に家へ招く。


  「入ってくれ」


  「ありがとう、人の家に入るのは久方ぶりだね。」


  久方ぶりと言うことはそれなりに長生きしているのだろう。


  失礼を承知で年齢を聞いてみた。


  「エインズワース、いったい幾つ何だ?」


  「インテグラルで良いよ、家名はあまり好きでは無くてね。」


  「わかった、インテグラルは幾つ何だ?」


  「そうだな、三百と二十二かな」


  俺は桁違いの年齢に驚く。


  「……魔法使いってのはそんなに長生きなのか?」


  「私が特別長生きなだけさ、稀代の魔法使いだからね。」


  その自信に溢れた言葉とは裏腹に淋しげな表情に見えた。


  「……そっか、変な事を聞いて悪かった。」


  「気にしなくて良いよ、そんな事よりお腹が減ってしまったよ。」


  紛らわすかの様に言の葉を紡ぐ。


  「そうだな、炒飯位しか作れないが良いか?」


  「大丈夫だよ、好き嫌いをする歳でも無いからね。」


  彼女の言葉を背に台所へ向かい、炒飯を作る。


  俺は何に巻き込まれたんだ?

  魔法使い?空想と思っていたがあれを見た後では否定出来ない。


  そして飯を作り終わり、インテグラルに渡す。


  「ありがとう。」


  インテグラルは御礼を言うと炒飯を食べ始めた。


  

  その間やる事が無いのでベランダへ出て煙草を吸う。


  魔法か、指先から火が出りゃライター要らずなんだがな。


  夢もクソもない事を考えていた。



  

  煙草を三本も吸い終わるとインテグラルがこちらへ来た。


  「私にも一本くれるかな?」


  「どうぞ」


  インテグラルは煙草を咥えると指先から火を出した。


  「……喫煙者の考える事は一緒か。」


  「そうだね、私も火の魔法を覚えた切っ掛けは煙草の火を持ち歩くのが面倒だったからだしね。」


  二人は笑う。

  


  「良い物を見せてあげよう。」


  インテグラルの吐く紫煙が鳥の形になる。


  「……それも魔法か?」


  「魔法って訳じゃ無いね。これは煙に魔力を宿した使い魔さ。」


  「魔法使いは変な事をするのが好きなのか?」


  「元々は面倒臭い事を省略する為に魔法を作ったのが始まりだからね。」


  「それがライターの代わりの火って訳か。」


  「そうだよ、私も今じゃ夜の帳何て呼ばれてはいるが、元の呼び名は紫煙の魔女だったからね。」


  「何処でも煙草を吸ってたからか?」


  「その通りだよ、今の呼び名は百七十年程前の阿呆の尻拭いをしたせいさ。」


  「その話を聞かせてくれるか?」


  「良いとも、では話そうか。」



  俺はインテグラルに耳を傾ける。



  「あれは百七十年程前の話だったかな、一人の阿呆が歴史上の英雄を呼ぼうとした事があったんだ。

  結果だけで言えば成功したよ、呼び出したのはガウェイン。

  日の出ている間は最強の騎士、流石円卓の騎士って所さ。

  それだけなら良かったんだが、ガウェインの奴が擬似太陽を作り出したせいで誰も勝てやしなくてね。」


  「そこで呼ばれたのがインテグラルか?」


  「私はその頃紫煙の魔女だからね、戦力として見られてなかったよ。」


  「じゃあ何故インテグラルが夜の帳に?」


  「私は夜が好きだったのに擬似太陽って代物は傍迷惑だ!って怒って日と夜を逆転させてね。」


  「だから夜の帳って呼ばれたのか。」


  「そうだよ、そしてガウェインを斬り伏せたりんだ。」


  「斬り伏せたり?」


  「こうやってね。」


  インテグラルは紫煙を剣の形に変えた。


  「魔法ってのは何でも出来るな。」


  「何でもは出来やしないさ、さっきの使い魔と一緒で魔力を宿しただけさ。」


  そう言うと剣を再び煙に戻す。


  「さて、そろそろ夜が明ける時間だ。」


  「そんなに時間は経ってないはずだけど?」


  「結界を張る時に時空を少し弄ってたからね。」


  「……魔法って何でも出来てんじゃん。」


  「まぁある程度はね、それじゃ行くよ。」


  「また来いよ。」


  インテグラルは呆けた顔をする。


  「……また来てもいいのかい?言ってしまえば私に巻き込まれたのに?」


  「助けてくれたんだからそれ位良いよ。」


  「そっか……。

 なら、また遊びに来ようか。その時は取って置きの魔法を見してあげよう。」


  「楽しみに待ってるぞ。」


  「それじゃあまた。」


  「おう、またな。」



  


  

  夜の帳は終わりを告げる。

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