第4話
少女は、小刻みに震えながら俺から少しでも距離をとろうとしているようで、震える手足で地面を掻き、なんとか動こうとしている。
......?
あまりに動きが鈍いと思ったが、どうやら厚い荒縄で手足を縛られているようだ。
それにしても...だ
これがヒトか。確かに大部分は虫人と同じだろう。
真っ黒い髪や服、肌は土などで汚れているためよくわからないが、ボロボロになっているため、ほとんど役割を果たせていない衣服を見ても、どうやら本当に武器になり得る部位が無い。身体の表面はーあくまで露出している部分だけだがー甲殻もなく、魔物のように特別爪が長いわけでも無い。鋭い牙も無いようだ。
何か隠している武器となるものがあるのかと思ったが、それならばまず小鬼程度には捕まらない筈だ。
この様子から見ても、小鬼より脅威は小さい。警戒するだけ無駄だろう。
それよりも、だ。
「何故生きていける?」
「ひっ」
戦闘能力は小鬼以下、いや未満か。1人でいるところを見ると群れる質でも無いようだ。そもそもこの程度のやつが群れたところでタカが知れている。
武器を持っているなら別かもしれないが......いや、さほど変わらないのだろう。
そんな生き物が生きている。これには何か大きな秘密があるのでは無いだろうか。ここで生きているということは何かしらの長所があるはずだ。
小鬼達は、弱いが繁殖力が高い。更に大量に群れる。さらに小鬼の王や盾小鬼などのように上位種に進化しやすい。
虫人は、純粋に戦闘能力と生命力が高い。
ほかは、森の狼達は連携が非常に密で、巧みだ。
その上で数も多い。
ではヒトは?
今この少女を見る限りでは、そういったところが見当たらない。
だが生きている。
何故?
...この少女と行動すれば、わかるだろうか。
それが分かれば、俺が生き残る事に大いに役立つに違いない。
であれば。
少女に1歩近づく。
どうやら声も出せないようで、引きつったような呼吸の音が聞こえた。手足の震えは酷くなっているようだ。1歩ずつ距離を詰めていく。
距離が半分を切ったあたりで、急に震える事すらしなくなり、ぽろぽろと目から大粒の涙を零し初めた。
何故だ。
少女の目の前に立つ。
少女は呆然とこちらを見るばかりだ。変わらず涙は流れているが。
右手を小鬼達を貫いた時のように、手刀の形にする。
それを少し振り上げる。背中に若干の違和感。
少女は目を瞑ってしまった。
手刀を振り下ろす。
2回繰り返し、少女の手足を縛っている荒縄を切断した。
...それにしても、細い腕だ。これでは武器を持つのもままならないだろう。筋肉がついているというわけでもない。ただ柔らかいだけだ。
「......?」
少女がゆっくりと目を開ける。
「っっ?!」
至近距離で少女を観察していた俺と目が合い、小さく飛び跳ねるほどに驚いていた。
「ふっ」
なんだこの生き物は、ころころと表情が変わる。妙にツボにハマってしまい、少し笑いが漏れる。それにすら反応し、目を真ん丸に見開きビクリと震える少女。
さて、それで......は......
そこまでやっておきながら、唐突に意識が薄れていく。
不味...今......ころ...逃......
俺の意志とは関係なく、意識を手放してしまった。
ーーーーー
...
......
.........
...目を開ける。どうやら気絶していたらしい。
「わっ」
起き上がると、正面に少女の顔があった。
「...逃げなかったのか」
殺さなかったのか。と言いかけなんとか呑み込む。
「酷い怪我だった、ので」
怪我?していただろうか。してたとして何故この少女は今動いている?
ヒトは、回復力が高いのか?
そう思っているのが顔に出たのか、少女は俺の足元を若干震える指で指した。
「背中が、その、や、焼けて抉れていました」
自分の足元に目を下ろすと、どす黒い赤の血が溜まっている。まだ乾いてはおらず、流れてからさほど時間は経っていないようだ。
そこまで見て気づく。どうやら酷い怪我をしていたのは、少女ではなく俺であったらしい。
ゾリ...と指先で背中を擦るようになぞる。傷は見当たらない。それもそうだろう。致命傷くらいならば少し経てば治る。
まぁ、それは良い。俺は気絶してしまったらしい事、その隙に殺されず生きている事。さらには目の前の少女も逃げていない事。これが確認出来たから問題は無い。
...一応確認は必要だろうか。
「お前は、ヒトか?」
少女はキョトンとしてしまった。
俺はそんなにおかしな事を聞いただろうか。
「ヒト、種族は人ですよ?」
小首をかしげたまま答える。やはり人であったらしい。
「お前は何故生きている?」
眉を寄せ困ったような表情に変わる。
「あなたが助けてくれたからです...?」
違う、そんな事は聞いていない。
「何故、その手で、足で、貧者な身体で生きていける?」
この少女を見る限り、ヒトは弱いようだ。少女だけが弱いという可能性もあるが、俺はこの少女しか知らないのだからその可能性は考えるだけ無駄だ。
俺の問を聞いた少女は、信じられないものでも見るかのようにまじまじとこちらの顔を見た後、何か考え込むように俯き、小さく唸り初めた。
少し時間が経っただろうか。
「あっ」
何か気づいたらしい。この秘密を知れるのは大きい。
期待をしながらも俺が待っていた答えは
「私と一緒に『人の街』へ行ってみませんか?」
そんな事だった。
蟲人と少女 虫媒花 @nnnnnnnnnn
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