僕は来世、猫になる
鳴上緋色
第1話
「君の来世は人間だ」
その言葉を聞いたとき僕は大嫌いなこの世界で最上級の絶望をした。
僕は公園で本を読むという日課を終わらせて帰路についていた。
日課になったのはいつからだったか覚えていない。
その日から大学に行かなくなったことは覚えているけれど。
スマートフォンで音楽を聞きながら歩いているといじめの現場に遭遇した。
そんな目で見ないでくれ。僕はいじめるやつもいじめられるやつも見て見ぬフリをする自分も大嫌いなんだ。悪く思うな。
さっき読んでいた本もちょうどイジメの話だったか。小学生の時にいじめられてた少女が中学で復習するというありきたりな話。表紙の絵で気になったが突出するようなものはとくにない作品だった。
まあ、人の本を評価できるほど数を読んではいないし知識も全く無いのだけれど。
そんなことを考えているといつの間にか住んでいるアパートについた。
僕には本を読むという日課以外にもうひとつ頻繁にやることがある。それは一冊の本を読み終わると必ずというほどする習慣になっていた。
僕はそれを行うために5階までエレベーターで上がり鍵を開けて自室に入る。
そしてそのままの勢いで窓を思いっきりあけてベランダへ飛び出す。
右足は柵の外へと飛び出している。
あとはこの重たい左足を上げて落ちれば終わりだ。
僕のもうひとつの習慣、それは自殺である。
死んだことはないので正確に言えば自殺未遂なのだけど。
「今日こそは...」
意を決して左足を上げようとする。
その時、誰も訪ねてこないはずの部屋にインターホンが響いた。
一体誰だ、まあいいどうせNHKかなんかだろう。
むしろちょうどいい。
死体をすぐに見つけて警察に通報してくれるだろう。
ずっと死体が転がってるのはご近所さんに迷惑だからな。死ぬときまで他人に迷惑はかけたくない。
目を瞑って精神統一に入る。
よし、今度こそ行ける。
左足を
「上げる!」
ガタンッ
という音が部屋に響く。
音に驚いて体制を崩し柵の向こう側へと落ちそうになる。
「危ねえ...」
柵を登ろうとすると声が聞こえてきた。
「危ねえ...って、自殺しようとする人間が危ねえ...ってなんだよ」
声の主はそう言いながら腹をかかえて笑っている。
そんなにおかしいか?いや、おかしい。自殺する人間がそう言うことがおかしいのではない。鍵をかけたはずのこの部屋に見知らぬ中年男性が入ってきていることがおかしいのだ。
「そんなに笑わないでくれよ。それよりあんたは一体なんなんだ」
「なんなんだとは?」
中年男性がすっとんきょうな声で聞いてくる。
「普通の人間が鍵のかかっている他人の部屋に入ってくる訳ないだろう。空き巣かなにかか?返事がないんで誰もいないと思ったんだろうが悪かったな。取り込み中で出られなかっただけだ」
そう言うと中年男性はまた腹をかかえて笑った。
「ちがうちがう。空き巣でも泥棒でもない。私はね、神様だよ」
「は?」
思わず声が出てしまった。こいつ、良くみれば服装も言動もなにもかもがおかしい。
「神なんているもんか。いたら世界はこんなに不平等な訳がない」
「神がいいやつなんて神様はいった覚えなんかないけどね」
僕の皮肉に対して皮肉で返してくる自称神。ほんとにこいつはなんなんだ。
「まあいい。その優しくない神様が一体僕になんの用で?」
「ああ、ひとつ忠告をしておこうと思ってね。君もううなん十回と自殺しようとしてるでしょ。まあいつも結局できないんだけど。ぷぷぷ」
むかつく笑い方に思わず睨む。
「それで?僕の自殺を止めに来てくれたのか?余計なお世話だ」
「いやいや、そんな気は全然、微塵もさらさらない。」
「じゃあ忠告ってのはなんなんだ」
「ああ、それね。それ。えっとねー」
意味もなく言葉を溜めてくる。早く言えよ
「君、人間が嫌で死のうとしてるでしょ?」
なんでわかるんだこいつ、占い師かなにかか?
「まあ神様だから人間の考えてることなんか簡単に分かっちゃうんだよね。あ、本題に入る前に君来世とかって信じてる?」
「全く信じてない訳ではない」
少しでも希望があるなら人間以外で蘇りたいさ。
「それね、本当にあるのよ。でもね、自分で選ぶことはどうしてもできなくてね。えーと、つまり言いづらいんだけどね」
「早く言ってくれよ」
「うん。じゃあ、言うね?」
「...」
「君の来世は人間だ」
「...は?」
「君の来世は人間だ」
「いや、聞こえてる」
「つまりね、人間嫌いの君が今自殺したところでね、また人間になって同じように死にたくなるような毎日を過ごすだけなのさ。そんな無駄なことのために神様お役所とかいっぱい通して君の転生手続きとかしたくないわけ。ぶっちゃけね。だから忠告しに来たのよ。」
俺の来世が人間?今死んだところでまた同じような人生を繰り返すのか?じゃあ死ぬ必要なんてないじゃないか。でもこれ以上生きたって楽しいことなんて何もないし、でも死んでも楽しいことなんかなくて。
ああだめだ。思考回路がパンクしてしまいそうになる。
いや、そもそもなんで俺はこんな良くわからないおっさんの言葉を信じているんだ。神様なんているわけ無いし仮にいたとしてもこんな面倒臭がりの冴えない中年な訳はない。
「ばかばかしい。大体あんたが神様だっていう証拠でもあるのかよ」
そこから言葉を紡ごうとする。
さて、この頭のいかれた中年になんて言葉を吐き捨ててやろうか。
「大体良い歳こいて神がどうの来世がどうのって」
「証拠ならさっきからずっと見せてるじゃない」
「恥ずかしくないのか...え?」
混乱していてきづかなかった。むしろ今の僕を見たご近所さんが混乱するだろう。
一体いつからかは分からないが僕の体はいつしか柵を離れひとりでに浮いていた。
僕は来世、猫になる 鳴上緋色 @syouga_b
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