ゴールデン・エイジ ―おならは地球を救えるか―

青出インディゴ

第1話

 〈ゴールデン・エイジ〉の宇宙船内にブザー音が鳴り響いた。

 自分のキャビンで昼寝をしていた日本太郎(ひもと たろう)は、大儀そうに枕元に手を伸ばし、ブザー音を切った。彼は途中覚醒と就職活動が大嫌いだった。二度寝に就こうとすると、天井のスピーカーが船内放送をがなり立てた。

「総員集合、総員集合っ! 次の惑星を発見しましたっ」

 かわいらしい少女の声である。太郎が眉をしかめながらなおも睡眠を決め込んでいると、割り込むようにして別の女の声が入ってきた。

「リーダー、また寝てるわね! 早く起きてきて! 今度こそ目標の星かもしれないんだから!」

 この女にはなんでもお見通しなのだ。太郎は仕方なく起きあがった。

 周知のとおり、地球滅亡の危機が発覚したのは、2016年の暮れであった。

 全宇宙エイリアン団体連合から、わが地球へ宣戦が布告されたのである。時は12月。クリスマスや正月などのリア充向けのイベントの陰で、人生に辟易していた各国のナード、オタクはこれを歓迎。地球滅亡を今や遅しと待ち構えていたものだが、圧倒的多数を誇るリア充人口は持ち前の行動力を発揮し、国際地球滅亡対策委員会を発足させ、対策に乗り出した。その対策の中核が彼ら、チーム〈ゴールデン・エイジ〉である。

 未知のエイリアンに武力で立ち向かうなどということは考慮の埒外だった。2017年初頭には〈ゴールデン・エイジ〉の5人のメンバーは宇宙船に乗り込み地球を出発。現在、移住可能な惑星を求めて深宇宙を航行中である。世界中から成果を熱望されているが、今のところ期待に応えることはできていない。その理由は、チームのメンバーを見れば一目瞭然である。幸いなことにほとんどの地球人はまだ気づいていない、悲劇的理由なのであるが……。

 キャビンから出て宇宙船の狭い通路をとぼとぼ歩いていくと、巨大で真っ赤なビーズクッションに追い越された。ビーズクッションが空中飛行で移動しているのである。いや、クッションという無生物が意思を持っているのではない。その上には人間の男が身を沈めている。200キロはあろうかという脂肪の塊の巨大な男である。もはやどちらがクッションでどちらが脂肪かわからない。クッション男はピザをむしゃむしゃ食べながら飛行している。いつもの光景なので太郎は驚きもしない。男――メリケン・サックは空中のクッションから振り返った。

「HAHAHA! 一杯食わされたようだな、リーダー。フランフランを出し抜こうなんて土台無理な話さ。彼女は心が読めるんだから」

 そう言ってまたHAHAHAと笑う。メリケンはアメリカ人なのだ。この事実だけでHAHAHAと笑う理由は説明充分だろう。

「知ってるよ、メリケン。もう何か月も一緒にいるんだから」

「HAHAHA、そうこなくっちゃ。それじゃ先に行ってるよ、Enjoy your walking!」

 巨大な赤いビーズクッションは音も立てずに通路を飛んでいく。その後ろを太郎も足早に追いかけた。

 操舵室に入ると、宇宙船前面のメインウィンドウに、黒々とした宇宙空間を背景にして金色の星が大きく映し出されていた。

「遅いぞ、リーダー」

 壁際に腕組みをして立っている格闘技の胴着を着た男が、眉をしかめながら太郎を振り返る。坊主頭で筋骨隆々とした男で、国籍は不明だが名前を中 国男(チュウ・コクナン)という。

「これが次の星か?」

 太郎は無視してメインコンソールに歩み寄った。そこにはエキゾチックな浅黒い肌をした小さな少女がちょこんと席に着いていて、その隣には金髪の若い女が寄り添うように立っている。また、近くにはビーズクッションが浮いている。

 これで〈ゴールデン・エイジ〉のメンバー5人が勢ぞろいした。その様子を見れば、地球を救うという目標をいまだ達成できない理由は明白だろう。どいつもこいつも頼りなさそうなのである。

 少女が答えた。

「そうなのです。地球を飛び立ってから早6か月と21日……探索した惑星は数知れず。今度こそ移住に適した星であってほしいのですっ」

 彼女は本名ア・ブラ・カダ・ブラ、通称ブラと言い、IQ53万を誇る超高知能の異能力者である。まだ10歳ながら宇宙船の操縦、メンテナンスを一手に引き受けている。陰ではブラこそがチームのリーダーにふさわしいという声もあるほどだ。

 隣に立った女が言う。

「地表をざっとスキャンしたけれど、今のところ知的生物の気配は感じられない。地球の70億の人口が移住するのに、原住民との衝突が起きる可能性は低いと思われるわ」

 フランソワ・ド・フランス、通称フランフラン。豊かな金髪に、体の線にぴったり吸いついている白のジャンプスーツが最高にイケている。

「すごいな、そんなことまでわかるのか?」

「対象を自分の目で捉えることができれば、ね」

 フランフランにとって不幸だったのは、いわゆるテレパス――他人の心を読むことができる異能力を持って生まれたことだ。そのおかげで弱冠20歳にして数々の悲恋を体験している。女にとって男の心ほど読んではいけないものはない――逆もまたしかりだ。そのためか、相当な美貌の持ち主なのに、表情にはどこか暗いノワールな雰囲気を漂わせている。必ず最後は悲劇に終わるフランス映画のような女である。

「HEY、GUYS! どっちにしろ行くっきゃないんだ。今度の星も期待外れだって、いったい誰が決めたんだい? プディングの味は食べてみなきゃわからないってね!」

 メリケンはいつも馬鹿みたいにポジティブでいいなと太郎は思った。もちろん皮肉である。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、捕まってください! 着陸態勢に入るのですっ!」

 操縦桿を握りしめたブラが叫び、メンバーはそれぞれの座席に散らばり、シートベルトを締める。ウィンドウに映る金色の惑星が大きさを増していく。


 宇宙船は轟音を立てて広場に降り立った。

「都市……?」

 衝撃から一番最初に回復した国男が、側面の舷窓から外を覗いている。太郎もおそるおそる目を開けた。そこに広がっていたのは、金色に光り輝く古い高層ビル群であった。古いと感じたのは、ほとんど全ての建物が大なり小なり崩れているからである。蔦のような植物も絡みついている。道路は隙間なく舗装されているものの、ひび割れからペンペン草が飛び出している。

「廃墟というより遺跡みたいです。フランフランお姉ちゃんの読んだとおり、住人はいそうにないですね」とブラ。

 メリケンが話し出す。「さっそく探索と洒落込もうじゃないか。僕らに残された時間はそう多かないんだ。これまでにいくつの星という名の期待を棒に振ってきた? 10、20、30? いやはや50じゃきかないね。さあ僕に続け、異能力チーム〈ゴールデン・エイジ〉。地球人の運命は僕らの――」

「行きましょう」

 フランフランがすげなく遮ってくれたので、他の3人は心の中で感謝した。

 プシュッという空気音を立ててエアロックのドアが開く。ブラが慌てて「宇宙服を!」と叫んだ。全員がいつも忘れることから、通例のやりとりとなっている。


 それからほどなくして、5人は都市のメインストリートと思しき場所に足を踏み入れた。幅は数十メートル。全長は不明だが、前後とも向こう端が霞むまで遠く続いている。ストリートの両側には金色のビルやドームが立ち並ぶ。どうも本物の黄金であるらしい。ありし日は一級の美術品にも匹敵するたたずまいであったろう。繁栄が遠く過ぎ去った今もなお、白い太陽の光を反射して鈍く輝いている。一体どんな異星人が住んでいて、なぜ滅びたのか。

「ユルゲンに報告しておこう」

 太郎はつぶやき、宇宙服の手首のスイッチを押す。リーダーである太郎の起動と同時に、全員の通信システムが立ちあがった。円形に並んだ5人の中心に、半透明の立体映像が浮かびあがる。いかにもやり手なふうのアラフォーの男が革張りの椅子に腰かけている。

「やあ諸君、連絡を待ちかねていたよ」

「どうもです、ユルゲンさん。とりあえず次の星に着いたとこなんですけど」と太郎が代表して言う。

「環境は? 危険性は? 地球人は移住できそうか?」

 太郎は口ごもって、小さなブラを見下ろす。太郎には難しいことはわからない。ブラは「現時点での気温は摂氏5度。夜間はマイナス20度程度と予測。大気の成分は窒素80%、二酸化炭素15%、その他。重力は地球の0.75倍程度。地質は金鉱石、銀鉱石、ビスマス鉱石他、元素鉱物を多く含有している模様。植生は地球に酷似しているものの現状では詳細未確認。先ほど宇宙船のインスタント・ラボに各種採取サンプルを送付。24時間後には概要がつかめる見込みですっ」

 太郎が絶句して聞いていると、立体映像のユルゲンが答える。

「結構。さすがはブラくんだ。では分析結果を待つあいだ、できるだけ探索を進めてくれたまえ。太郎くん、きみにはリーダーとして期待しているよ。こちらも全力でサポートしている」

 ユルゲンの顔に優しい微笑みが浮かんだのに続いて映像は切れた。

 太郎はほーっとため息をつく。国際地球滅亡対策委員会委員長のユルゲン氏になぜか買われてリーダーに指名されたはいいが、重いプレッシャーを感じてしまう。そもそも太郎はそういった責任から逃れたくて〈ゴールデン・エイジ〉の活動に加わったつもりだった。なぜ自分がリーダーに選ばれたのかわからない。今のところ一番年上だからということしか理由が思いつかないのだ。それでも22歳だから、ブラ以外の他のメンバーとは1つ2つくらいしか違わないのだが。

「あの建物は何でしょう?」

 ブラが言い、国男が答えている。

「私もさっきから気になっていた。町の中心地にあるようだな。何やらどでかいドームのように見えるが。フランフラン、生きているものの気配は?」

「相変わらずなし」

 フランフランが首を振り、国男が、ふむ、と顎に手を添える。

「とりあえずあそこを目指すのはどうだろうか。ブラ、距離はわかるか?」

「直線距離にして20キロほどですっ」

「よし。どうだ、みんな?」

「行くに決まってるさあ! さっきから腰のホルスターがうずうずしてるんでね。処女地探索と行こうじゃないか、GUYS!」

 お前はクッションに収まってるだけだから楽でいいよな、と太郎はげんなりしながら思う。5人は市街地に向かって歩きはじめる。(ところで、賢明なる読者諸氏に置かれては、今のところ出てきている登場人物は国籍がバラバラなのになぜ言葉が通じるのか不審に思われているかもしれないので言っておくが、言葉は「気合」で通じているのである。予めご承知おき願いたい)。


 〈ゴールデン・エイジ〉のメンバーで、最後に選ばれたのは太郎だった。

 そもそもゴールデン・エイジとはいかなるものか。ここ20年ほどのあいだに、世界各地で生まれついての異能力者の発見が相次いだ。その力の大きさは大きなものもあれば小さなものもあり、役立つものもあればそうでないものもあるが、異能力者たちはそれぞれに固有の超能力を持っている。さらに彼らの共通点は、生まれた年代が直近20年ほどに限定されるということだ。そのために異能力者たちのことをゴールデン・エイジ(黄金世代)と呼ぶようになった。なぜ突然彼らのような能力者が生まれるようになったのか、各国で各分野の学者たちが研究している。化学者は汚染物質が原因だと言い、物理学者は放射線が原因だと言い、生物学者はホルモンのせいだと言い、ヴードゥー術師は呪いのせいだと言っているが、いまだ決め手は見つかっていない。

 ともかく彼らの能力に着目したのが国際地球滅亡対策委員会である。各国からの選抜委員で構成されたこの組織は、ゴールデン・エイジの若者たちの強力な力によってこの危機を脱しようと決意した。すぐに異能力者を集めはじめたが、そんなうさんくさい組織に声を掛けられて協力を表明する者はほとんどいなかった。やっと集まったのは現チーム〈ゴールデン・エイジ〉の5人だけであった。だから委員会としては能力の大小なぞ言っていられなかった。

 太郎は小さなほうの異能力者である。いや、小さなという表現でもおこがましいかもしれない。ミジンコの目玉ほどに小さな異能力である。彼の能力は――とんでもないおなら(TNO)。異常におならがくさいという能力なのであった。

 半年前、大学生だった太郎は就職活動中だった。しかし生来の人見知りと怠け癖がたたって内定はひとつももらえていなかった。忌々しいリクルートスーツとネクタイに心底嫌気が差していたし、次々と就職が決まっていく友人たちの笑顔も憎らしかった。そんな鬱屈とした日々を過ごしていたある日、浜松町の路上で、黒いスーツに黒いサングラスの男たちに拉致されたのだった。

 黒塗りの車の後部座席で泡を食った太郎は異能力――TNOを発動した。途端に急ブレーキとともに、車は電柱に激突。太郎の両側に座っていた黒服男たちはもだえ苦しみ意識を失った。太郎は車から逃げ出した。が、それすら見越していたのだろう、すぐに2台目の黒塗りの車が来て、同じような姿の男たちに再び連れ込まれた。今度は即座にガーゼか何かを口鼻に当てられ、気を失ってしまった。

 それが〈ゴールデン・エイジ〉への加入の経緯だった。今から考えると、あんなに乱暴な真似をしなくてもよかったのではと思うが、数々の異能力者に逃げられたあとだったため国際地球滅亡対策委員会も切羽詰まっていたのだろう。目を覚ますと、高層ビルの会議室のような部屋の中で、椅子に座らせられており、今一緒に過ごしている〈ゴールデン・エイジ〉のメンバー、それから委員長のユルゲンと対面することになったのだった。

「やあ、日本太郎くん。私はユルゲン・フォン・ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル。ユルゲンと呼んでくれたまえ」

 太郎はありがたくユルゲンと呼ぶことにした。

 ユルゲンは毛皮のロシア帽を被っているのでロシア人かと思っていたが、ドイツ人だということだった。

「母方がロシアでね。ちなみに私はドイツの貴族だ。メルケル首相とは友達だよ。太郎くん、よかったら〈ゴールデン・エイジ〉に加入してくれないか。まあ、きみに選択権はないと思うがね。就職に困っているんだろう?」

 太郎はふーっと長いため息をついて背もたれに寄りかかった。渡りに舟であった。


 メンバーとは互いにあいさつを交わし、年が近いこともありすぐに打ち解けた。よくあることだが、やがて鼻につくメンバーも出てきたが。メリケンのことである。そのメリケン・サックは、アメリカの実家でピザを食べながら映画版『スター・トレック』のDVDを鑑賞している最中に連れてこられたそうだ。ブラは学会での発表中、国男は竹林で武道の修行中、そしてフランフランは瞑想中に黒服の男たちに拉致されたという。

 瞑想中? と太郎が不思議そうな顔をすると、

「男なんて結局は体のことばっかり……これ以上は言わせないで。私、あれ以来テレパス能力をシャットアウトしてるの」

 そういうわけで地球上の数多くの黄金世代の能力者の中で唯一都合のついた5人は、宇宙船に乗って移住可能な惑星を探索する旅に出ることになった。

「幸いなことに、エイリアンから布告されている攻撃開始までにはわずかな期間の余裕がある。きみたちには全世界の運命がかかっているのだ。素晴らしいメンバーに出会うことができて興奮しているよ」

 ユルゲンはそう言って、ひとりひとりと丁寧な握手を交わした。

「太郎くん、きみがリーダーだ」

「えっ」

「HAHAHA、そいつはいいや。期待してるぜ、太郎リーダー。ところでユルゲンさん、いつ出発になるので?」

「明日だ」

「えっ」

 そうして地球70億人の期待を一身に背負って、〈ゴールデン・エイジ〉はケネディ宇宙センターから発射されたのだった。期待している者の中には委員会からの勧誘を断った異能力者もいるだろうに、人間とは勝手なものである。リア充なのかもしれない。


 都市は広大だった。メインストリートをドーム方向に抜けると、100メートル以上はある巨大なビル群が続く。オフィス街だったのかもしれない。時間が経つにつれ、高層集合住宅地や、鬱蒼とした植物に覆われている、公園だったらしい広場、劇場、コロッセウム、公衆浴場のようなものにも出くわした。数時間過ぎても日がかげる気配はない。自転周期が長いからかもしれないが、それ以上に常に黄金の壁が陽光を反射してきらめいているからだろう。

「とっても高度な文明だったらしいですね。金をここまで実用化していただなんて、地球では考えられませんっ」

「本当にね。滅びて何十年も経っているように見える。どうして誰もいなくなったのかしら」

「どうしてでしょうっ……。自然災害や戦争があったようにも見えませんし、伝染病だとしたら、ここまでの技術を持っていてどうして……」

「ブラちゃん、何か推測できることはない?」

「う~んとですね……ひょっとして――」

「HEY、お嬢さんたち! ドームに着いたみたいだぜ!」

 気がつくと、巨大なドームの前にいた。5人は頭をそらせて見あげるが、てっぺんまで見通すことすらできない。ピカピカの金が全体を覆って輝くばかりだ。

 呆けていると、一番最初に意識を取り戻した国男が隣の太郎をふり返る。

「リーダー、どうする?」

 太郎は、訊くなよと思った。もちろん一番やりたいことは宇宙船に取って返して自分のキャビンで二度寝することである。が、そこは破れかぶれでも学校という組織で15年間過ごしてきた日本男児。周りの期待に流されるという処世術を徹底して身につけていた。

「もちろん行くよ。さあ中に入って探索しよう」

 と小さな声でつぶやいた。

 それから数分建物の周りを巡って、やっと入り口らしき箇所を見つけたが、横から倒れてきた巨大な門柱にふさがれている。

「こういうシチュエーションこそ僕の出番さ! とくとご覧あれ!」

 メリケンがクッションの中から両手をかざすと、門柱が重そうな音を立てて浮かびあがり、反対側に倒れた。彼の異能力はテレキネシス。体を動かさずとも自由自在に物体を動かせるのである。とんでもない力だが、一切動かなくても生活できるということから副作用として200キロの体になってしまった。

「わあ、メリケンお兄ちゃん、いつ見てもすごいですう!」

 とブラが声をあげ、メリケンが何でもないさというふうに肩をすくめているあいだに、他の3人はさっさとドームの中に入っていった。


 入ってすぐのところに物々しいセキュリティゲートが設けられているが、エネルギーを失った今ではもはや意味をなしておらず、問題なく通り抜けることができた。ドームの中は回廊になっているらしい。緩やかなカーブを描く壁に多くのドアが連綿と続いている。

「リーダー、どうする?」と再び国男が訊く。真一文字に結んだ唇の端が心なしか笑っているような気がする。太郎がしどろもどろになるのを楽しんでいるようだ。国男には何の関係もないが、オンラインゲームで嫌味な中国人に散々ケチをつけられたことを思い出してやるせなくなる。忘れようとぶるぶると首を振る。

「よし……ふたてに分かれて探索しよう。フランフランとブラはあっち、国男とメリケンと俺はこっちで。1時間後にまたこの場所で落ち合おう」

「その組分けでいいのか? フランフランとブラが危険では?」

「うっ……」

 太郎は言葉に詰まる。

「私は格闘術、メリケンはテレキネシスを持っているのだから、危険時のために分散させたほうがいいのではないかと思うが」

「HAHAHA、組分け帽子でもあればいいのにね。どう分けようか。そうそう、リーダーの能力は何なんだい? いいかげん教えてくれてもいいんじゃないの?」

 メリケンから言われ、太郎は視線をそらした。テレキネシスのメリケン、格闘術の国男、高知能のブラ、そしてテレパスのフランフラン。いくら寄せ集めの〈ゴールデン・エイジ〉だからといって、それなりに優れた異能力を持つ彼らの前で、まさか能力がTNOだとは言えなかった。しかしリーダーがいつまでも能力を隠していることに、メンバーはそろそろ不信感を抱きはじめているいるらしい。

 気まずいムードが漂いはじめた時、フランフランが言った。

「私たちは構わないわよ。私の能力は危険察知ができるもの。危なくなる前に逃げちゃうわ。リーダーの判断は妥当だと思う」

 国男が本当に大丈夫かと念を押すが、万一危険に巻き込まれたらテレパスで太郎たちに助けを求める、ということで話し合いは落ち着いた。


「フランフランはさ、リーダーのことが好きなのかな?」

 探索中、メリケンが言い出したので、太郎はつんのめりそうになった。すでにフランフランとブラとは分かれて歩きはじめている。手当たり次第にドアを開けているが、これといったものは見当たらない。目星のつけ方が間違っていたか。

 聞こえないふりをしていると、国男が眼光鋭く訊き返した。

「なぜそう思う?」

「だってリーダーをかばうことが多いだろ?」

「しかしだな――」

「ウェイウェイウェイ! 国男、言いたいことはわかるよ。なんでこんなヒョロガリくんをあんな美人が? ってね。僕もそう思ってるさ。でも理屈じゃないのさ。彼女はリーダーのミステリアスなところに惹かれてるんだと思う」

「こいつがミステリアスだって?」

 メリケンも国男も、すぐ後ろに太郎がいることなどお構いなしに話している。

「そうさ、彼女ってテレパスのせいでずっと他人の本音を聞いて育ってきたって言うだろ? それで恋愛もことごとく失敗したって。それで普段は能力を閉ざすようになっちまった。太郎みたいにあまり自分のことを話さない、能力もひけらかさない男は、フランフランにとっちゃ新鮮なんだよ」

「ううむ……そういうことなら多少わかる気もする」

 わかるのかよ、と太郎は心でツッコミを入れた。

「だけどな、リーダー」とメリケンはここで初めて太郎を振り返った。ぷくぷくの脂肪に埋もれた眼光が妙に鋭い。「僕って男のことを忘れちゃ困るぜ。フランフランにふさわしいのがどっちか、火を見るより明らかだと思うがね」

 太郎は静かな声でつぶやいた。

「最終的に選ぶのは彼女だ。俺には関係ない」

 なんとなくかっこいい言い合いになってしまっているが、一方はとんでもないおならの持ち主男、もう一方はビーズクッションの中の200キロ男だということを忘れてはいけない。

 そんなこんなで全く収穫もないまま1時間が過ぎ、約束の場所に戻った。

 ほどなくフランフランとブラも姿を見せ、結果を報告し合う。ブラが手で敬礼のポーズをとりながらリーダーに報告する。

「見つけた書類の内容や建物の形状などから、おそらくここはこの星の議事堂のようなものだと思われますっ」

「そうだったのか。じゃあここが政治の中枢だったということか?」と太郎。

「そういうことになりますねっ。さらに興味深いことには、惑星が滅んだ原因について記載のある文書を発見しました!」

「OMG! どでかい発見じゃないか! そいつがわかればこの星が移住に適した星かどうかわかるってもんだ」

 ブラは鼻をこすって得意そうに続ける。

「そうなんですっ! その文書によると、ある日この星にエイリアンが――」

 その時だ。

 辺りにとんでもない轟音が響いた。5人がびっくりして見回すと、金色の高い天井が音を立てて裂け、巨大な何かが落ちてきた。

 それは小山のような巨体の、異様な姿をした怪物だった。まさに怪物としか言いようがない。巨大な頭としっぽを持ち、全身が鉄のような鱗で覆われている。怪物は頭をかかげて息を吸い込むようなしぐさを見せる。と、口を開けた次の瞬間、灼熱の劫火が噴出した。

 太郎たちは慌てふためいて逃げ惑う。幸い火炎が直撃した者はいなかったが、あの美しかった金色の壁や通路が焼け落ちてしまっている。

「な、な、な、なんだってんだい、ありゃあ!?」

 メリケンが叫ぶ。

「あ、あ、あ、あれこそがこの星を滅ぼした――エイリアンですうっ! きゃっ」

 最後の悲鳴はフランフランに突き飛ばされたからだ。1秒後には、ブラのいた場所に巨大な前脚が振りおろされていた。

「ブラちゃん、気をつけて!」

「お姉ちゃん、ありがとうございますっ!」

 怪物は5人へ襲いかかる。巨体に耐えきれず、金の床が粉々に砕けて飛び散る。辺りが崩壊していく。

「メリケン、いけるか!?」

「おうってことよ、国男!」

 国男はバネのように飛び跳ね、崩れた壁や天井を駆けあがって怪物へ迫っていく。メリケンも赤いビーズクッションで天井すれすれに高く飛びあがる。クッションの周りには多数の瓦礫が浮かんでいる。

「喰らえ!」

 瓦礫が次々に怪物に打ちかかる。同時に国男も怪物の背中と思しき場所にたどり着き、気を込めた正拳突きを繰り出す。

「アチョー!!」

 象をも昇天させるその突きは、しかし怪物には効いた様子もない。あまりの巨体のためにその程度の攻撃など蚊が刺すようなものらしい。ドームを破壊しながら、下にいる太郎たちを踏みつぶそうと暴れまわる。

「メリケン、次はそっちよ! 国男、今のは少し効いたみたい! 同じ場所で繰り返して!」

 フランフランが怪物の猛追から逃げまわりながら、テレパスで思考を読み取ってはふたりに指示を送る。

「お兄ちゃんたち、怪物の狙いはそっちみたいですうっ! 右側の壁を破壊してくださあい!」

 ブラも的確に状況判断し、支援する。

 何もできないのは太郎だけだ。怪物に対抗する能力もないうえ、あまりの出来事に腰を抜かして立てなくなってしまっていた。

 国男の格闘術とメリケンの瓦礫アタックで多少動きが鈍ってきていた怪物だったが、小さな目でそんな状態の太郎を見つけ、凄まじい勢いでこちらに迫ってきた。

「あわあわあわあわ……」

 もうもうと上がる土煙と破壊音の中、全身が震えて力が入らない。意味をなさない声を発してその場に座り込むしかできない。

「リーダー!」

 誰が叫んだ声か。

「メリケン、国男、お願い、彼を――!」

「怪物野郎、こっちを向け!」

「お兄ちゃあああんっ!」

「太郎が食べられちゃうー!」

 怪物は太郎の頭上で真っ赤な口をひらく。その牙の巨大さたるや。唾液が滝のごとく頭に滴り落ちる。

 死を目前にした太郎にはもはや理性など残っていなかった。自律神経が大脳の命令を無視し、括約筋を緩ませる。異能力が漏れてしまう。

(くっ……)

 異能力――発動。

 瞬間、辺りにとんでもないにおいが立ち込めた。心なしか空気が黄色っぽくなった気がする。

 怪物はそれを真正面から喰らったのだ。顔面に直撃。

 それから数秒間、固く目をつぶっていた太郎は、いつまで待っても恐れていた攻撃が来ないことを知って、おそるおそる片目をあけた。怪物は口をあけたまま硬直していたかと思うと、地響きを立ててくずおれた。煙塵が舞い、金が飛び散る。そしてそのまま二度と動かなかった。

 少しの間を置いて、チームのメンバーが歓声をあげて駆け寄ってきた。

「リーダー、やったわね!」

「HAHAHA、きみがこんな能力を隠してたなんてな! なんで教えてくれなかったんだい!」

「リーダー、すごいですっ!」

「全く驚いたが、お前は私たちの命の恩人だな」

 しかし太郎はまだ腰の抜けたまま、彼らからじりじりと遠ざかりはじめる。

「近づくな! 今の俺は危険だ」

 警告した途端、4人は床に倒れた。


 宇宙船に逃げ帰った5人を待っていたのは、国際地球滅亡対策委員会ユルゲン委員長の優しい微笑みだった。

「探索ははかどったかね?」

 メインウィンドウいっぱいに映し出されたその笑顔を見た途端、メリケンが爆発した。

「冗談じゃない! とんでもない目にあったんだぜ! 委員会の惑星発見システムはどうなってんだ!?」

 突然の激昂に太郎は驚いたが、こっそり周りの人々の表情を観察すると、他のメンバーもそれぞれに不満を感じているようだった。

 ユルゲンもこの反応には意外だったようで、片眉をあげている。

「おやおや、どうしたんだい、メリケンくん。きみらしくもない」

 国男が一歩前に進み出る。

「とてつもない怪物に会って危うく殺されそうになったんだ。リーダーがいなかったら全滅だったかもしれない」

 太郎はくすぐったい気持ちになった。

「ふうむ。いったいどういうことだね?」

「文献によると、この星はエイリアンの襲撃によって滅びたんですっ。私たちが出会った怪物は、おそらくその時と同じエイリアン……」

 ブラが小さな身長で目いっぱいウィンドウを見あげて説明する。眉が困ったように歪んでいる。

「着陸前に私がスキャンしたところによると、この星の生物反応はゼロだった。それが突然現れたの」とフランフラン。

「つまり何が言いたいのかな?」

「どこまで行っても移住できる星なんか存在しないってことだ」国男が引き継ぐ。「あんたら国際地球……なんとか委員会が探してくる惑星は、どいつもこいつもハズレばっかりだ。地球を出発してずいぶん経つのに、いまだに手がかりさえ得られない。おまけに、生物がいないはずの星に突然エイリアンが現れる始末だ。いったい何が起こってる? 委員会は正常に機能しているのか? 地球はまだ大丈夫なのか?」

 そうだそうだ、そういうことが言いたかったんだ、とメリケンが囃し立てている。太郎は今まで思いつきもしなかったことなので、メンバーがここまで深く事態を捉えていたことに肝をつぶしていた。

 ユルゲンはくっくと笑いながら首を振っている。その様子が、何か異様な気がした。

「失礼。きみたちが焦るのも無理はない。これはきみたちのようなはみ出し者が、初めて与えられた社会貢献のチャンスだからね」

「ユルゲンさん……?」太郎は小さく声を漏らした。

「気にしなくていい。万事上手くいっているよ。全てが計画通りだ。きみたちは期待されている」

 太郎はとっさに叫んだ。

「フランフラン、彼の思考を読んでくれ!」

 フランフランはさっと身構えた。が、すぐに苦痛に顔を歪める。

「だめ、できない」

「無駄だよ、無駄無駄! ハーハッハッハッハー!」

 高笑いとともに通信は切れた。

 5人はしばらく呆然自失の体だった。不可解すぎる出来事の連続に脳がついていけなかったのだ。

 その後最初に言葉を発したのは、例によってメリケンだった。

「僕らははめられたのかい?」

「そうと決まったわけじゃない。けど、何かがおかしい。間違ってる」と太郎。

「お姉ちゃん……さっき『できない』って言ってましたけど、思考を読めなかったのですか?」

「そうなの」

 フランフランは力なくうなずく。

「YOU、どうしてだい? 目で目標を捉えることができれば読み取れるんだろ?」

「そうなんだけど、まるでシャッターが下ろされたみたいで……思考が真っ暗闇だったの」

「なんだそりゃ」と国男も言い、疲れたように壁にもたれる。

「整理しましょうっ。私たちはみんなユルゲンおじさんに選ばれて〈ゴールデン・エイジ〉のメンバーになりました。おじさんに指示を受け、宇宙へ飛び出し、おじさんの提示するデータによって惑星を探索していました」

「そもそもユルゲンって何者なんだよ?」

 ひとり言のように言った太郎の言葉に、フランフランが反応する。

「肩書は国際地球滅亡対策委員会委員長でしょう。それからドイツ貴族で、母方がロシア系で、ええと、あとは……」

 国男が引き継ぐ。「年は40くらいか? それ以外は――よくわからない。改めて気づくと、彼は我々の直属の上司であるのに、何者なのか我々は知らないのだ。あとは、いつもロシア帽を被っていることくらいか」

 メリケンはどこから出したのか、ぼんやりピザを食べながらつぶやいている。

「そう言われると、なんだってロシア帽なんか被ってるんだろうな。前々からそういうところも気に入らなかったんだ。ハゲ隠しだと思う。そもそも今、地球の北半球は夏だろ?」

 ブラが突然あっと叫んだ。「ロシア、ロシアですっ! お兄ちゃん、お姉ちゃん、これで説明がつきますっ。ロシア帽がテレパスをシャットアウトしてるのです!」

 ご存じのとおり、ロシアの民族服の武装性は高い。大統領を見れば一目瞭然だろう。異能力に対する防護機能を持っていたとしてもなんら不思議はない。

「あの人、怪しいですうっ! 少なくともひとつ推測できることがありますっ。あの怪物は彼が送り込んだのではないでしょうか。私たちがあの地点にいることを知っているのは、地球にいて私たちの行動を逐一モニターしているユルゲンおじさんしかいないからですっ」

「待て待て」と国男。「そうなると、ユルゲンは少なくとも一個の惑星を滅ぼしたエイリアンの種族とつながりがあるということにならないか?」

 全員が顔を見あわせた。そして一斉にメインコンソールに殺到した。

 地球に帰らなければ! でもどうやって?

 コンピュータを操作しはじめたブラが、やがて力なく座席にへたり込んだ。

「ロックされてますうっ……。私たちの思惑がばれてしまっているのでしょう」

 他の4人は顔面蒼白になって床にうずくまった。ビーズクッションも半年ぶりに床に落ちた。埃が舞った。

「今ごろ地球は――」

「言わないで、メリケン!」

「アウチ……」

 太郎がのろのろと口をひらいた。

「能力者を遠ざけるのが目的だったのかもしれない。地球侵略に邪魔な能力者を少しでも排除するために、真正面から交戦する代わりに〈ゴールデン・エイジ〉を企画し、俺たちを地球から追い出した……。実際には移住可能な星なんてありはしないのに」

「彼はエイリアンなの!?」

 フランフランが涙に暮れた声で叫ぶ。

「そうと決まったわけじゃない」

 太郎にはまだ信じたい気持ちもあった。就職活動連敗中の自分を救ってくれた国際地球……なんとか委員会とユルゲンを、心の底ではまだ信じていた。全ては根拠のない憶測にすぎないのだ。その憶測には、IQ53万という天才少女の憶測も含まれてはいるが。しかしメンバーのユルゲンに対する不信感は極限まで募り、もはや爆発を待ち構えている状況だった。

 そんな時、

「おっと失礼、SNSにメッセージが入った」

 緊迫した空気がメリケンの一言で一気に脱力してしまう。メリケンがスマートフォンを取り出している。(この端末は、「気合Wi‐Fi」によって地球と繋がっている)。が――。

「ジーザス・クラァイスト、なんてこった! 嘘だと言ってくれ、主よ!」

「メリケン?」

 メリケンは無言で太郎のほうに画面を差し出した。それはツイッターかフェイスブックか何かの画面だったが(太郎はそういったリア充的なものは敬遠しているのでよく知らない)、一見して禍々しい動画が投稿されていることがわかった。それも何件も何件も。それらは全て、巨大な怪物が世界中の都市を蹂躙している動画だった。

「エイリアン……!」

 他のメンバーもメリケンのスマートフォンに集まり、食い入るように画面を見つめた。

「ああ、エッフェル塔が……。これは自由の女神? フジヤマ、万里の長城まで……。そんな、私たちの故郷が……」

 フランフランが肩を震わせ、くずおれる。

 その時、太郎の中で何かが切れた。

 彼はすっくと立ちあがって、メンバーたちに向かって人差し指を突きつけた。まるでリーダーが指示するように。

「地球を救うまで泣くんじゃない」

「リーダー?」

 他の4人は不思議そうに太郎を見あげている。かつてこのリーダーがここまでシャキッとしていたことがあったろうか。

「何か方法があるはずだ。思い出せ、俺たちは〈ゴールデン・エイジ〉だ。ぶっちゃけ地元にいづらいとかいろいろ理由はあったかもしれないが、チームに合流した時は、本気で地球を救おうと考えてたはずだろ? 地球から離れてようが何だろうが、やるっきゃないんだ」

「無茶だよ、もう終わりだあ! お前らはここにいろ。僕はひとりで部屋にこもってるぜ!」

「メリケン、その言葉を発して生きてた奴はいない。観念して、頭を絞れ」

 冷静な太郎の言葉に、パニクっていたメリケンはしゅんとおとなしくなった。

「もう一度ユルゲンと通信しよう。それで決める。反対意見は?」

 4人は全員首を振った。フランフランが言う。

「でももしも、もしもよ、彼が本当に陰謀を企んでいるんだとしたら、その時はどうすればいいの?」

 太郎はうっと言葉に詰まる。精神的に吹っ切れても、作戦を考えるのは苦手だ。

 ブラが手を挙げた。

「提案がありますっ」


「ユルゲンさん、たった今、地球の様子を映した動画を見ました。情勢を教えてもらえませんか?」

「心配ないよ、太郎くん。今まで通りこちらのことは気にせず、惑星探索を続けてくれたまえ」

 ユルゲンはいつものように、紳士的で落ち着いた態度を崩さない。これまでであればそのまま引き下がる太郎だが、今日は追及の手を緩めなかった。正直、足はプリンのように震えていた。後ろにいるメンバーもそれに気づいているかもしれない。

「いいえ。ユルゲンさんの口から、今、地球がどうなっているかを教えてほしいんです。僕らはとても心配してます。僕らがいないあいだにエイリアンが攻撃を始めたんじゃないかと。いえ――そうだと確信しています」

「ほほう」

 ユルゲンは青い目をそばめた。

「そこまで知っているのなら、もう隠す必要もないだろう。しかし太郎くん、いったいどうしたね。きみらしくない物言いじゃないか」

「ユルゲンさん――あんた、何を企んでるんだ?」

 ユルゲンの優しい微笑みがゆっくりと歪んでいく。口が大きくあき、笑いをこらえきれないというように。

「そうだな、どうせ今生の別れになるんだ。私の真の姿を見せようじゃないか」

 突然ユルゲンの体が大きくなったかに見えた。いや実際そうなったのだ。スーツがメリメリと裂けていく。ロシア帽がティッシュペーパーのように千切れる。(髪はふさふさだった)。形相は悪魔のように歪み、口は耳まで裂け、肌に鉄の鱗が生える。巨大化はとまらず、椅子を踏みつぶし、みるみるうちにメインウィンドウの画面に収まりきらないほどになっていく。それはまるで戦艦を思い起こさせた。

 太郎は背後から悲鳴があがるのを聞いた。

 爆発的巨大化がやっと止まったかと思うと、それは見覚えのある、あの怪物の姿だったのだ。

「我こそは全宇宙エイリアン団体連合会長なり。ちなみに任期は2年だ。

 作戦は完璧だったよ、太郎くん。地球侵略の邪魔となる異能力者の連中を宇宙へ遠ざけ、そのあいだに地球を乗っ取る。きみたちが怪物と呼ぶ、地球各地で暴れまわっているエイリアンたちはみな私の仲間だ。さらに、〈ゴールデン・エイジ〉のリーダーを一番頼りないきみにしたことで、チームの弱体化を図った。一切合財全てが計画通り。我が団体連合に栄光あれ! さらばだ、太郎くん、それに〈ゴールデン・エイジ〉の諸君。いい夢を見てくれ――永久に」

「フランフラン、今だ!」

「くっ……!!」

 太郎の合図でフランフランが両手を掲げる。その瞬間だった。

 放屁――。

「A……AHHHHHH!!」

「メリケン、気をしっかり保て! 気を失っては効果がない!」

「みんな、ここは辛抱よ! 思いをひとつに! 限界まで吸いこむのよ、吐いちゃだめ!」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、最後まで一緒にいてくださあい!」

 フランフランはありったけの力を込めてテレパスを画面の向こうに送った。操舵室に絶叫がこだまする。

 高笑いしていた画面の怪物は、突然体を硬直させた。

「な……!? これは……まさか……!?」

 フランフランがユルゲンに送ったのは、この場にいるメンバー全員の、太郎のとんでもないおならを嗅いだダメージだったのだ。

「ぎゃああああああ!」

 ユルゲンであるところの怪物は、頭を抱え、気が狂ったように叫び、しっぽをのたうちまわらせ、苦しみ悶える。

 こちら側でも、まずメリケンが意識を失った。

「ソーリー……先に逝くよ……」

「メ、メリケンお兄ちゃあああんっ!」

 次いでブラも小さな体を床に横たえてしまう。

「すまない、太郎、フランフラン、私も逝く……」と言って国男も続いた。

 そして苦しみぬいた怪物は、ついに最期の時を迎える。ただでさえとんでもないおならであるのに、4人分のダメージを一挙に送られては到底生きてはいられなかったのだ。怪物は地響きを立てて倒れ落ち、ついに絶命した。

「や――やったのか!?」

 太郎は、疲れるようなことは何もしていなかったが、一応はあはあと息を切らせながら怪物の姿を凝視した。

「や、やったみたい、ね」

 フランフランは太郎を見ると、にこっと笑い、それから倒れた。


「HEY、エイリアンどもはいなくなったとさ! やったな!」

 宇宙船は帰途に就いていた。ユルゲンのいなくなった今、行先も操縦も思いのままだ。小さなブラが楽しげにコンピュータを操っている。

 フランフランが言う。「私たち、やったのね。地球を救っちゃったんだ」

「半年前は思いもしなかったがな」国男が答える。「それにしても、リーダーには驚かされる。このあいだの統率力は、まるで生まれ変わったようだった」

 太郎は照れくさそうに頭を掻いた。あんなふうにふるまえるなら、いつもそうしたいところだが、今となってはできそうもない。

「みんなのおかげさ。みんなが俺のおならを嗅いでくれたからだ。よくあんな作戦を思いついたな、ブラ」

「全くだ。まさに肉を切らせて骨を断つだったな。二度とやりたくないぞ」

 みんなは声をあげて笑った。

 地球に帰った時、〈ゴールデン・エイジ〉を出迎えたのは、世界中の人々による祝福だった。メリケンが予めSNSで拡散していたのだ。青空のもと、くたびれた宇宙船の搭乗口から5人が姿を現すと、大歓声があがった。フラッシュが盛んにたかれ、金銀の紙吹雪が舞い踊り、無数の風船が飛ぶ。5人は並んで手を振って応えた。そうしながら「ねえ、リーダー」と話しかけたのはフランフランだ。

「何?」

 太郎が聞き返すと、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「〈ゴールデン・エイジ〉はこれからどうするの?」

「そうだなあ。……また宇宙に繰り出すか。今度は冒険を求めてさ」

「いいわね、私もそう思ってたところ。地球は窮屈だもの」

「HAHAHA、おふたりさん! 記念写真だってよ!」

 ビーズクッションが勢いよくふたりの肩を抱いた。地面のほうを見ると、無数のカメラが待ち構えている。まばゆいほどの光が放たれる。

 太郎は目いっぱいの笑顔を向けた。それは、これで当面のあいだ就職活動をしなくてよくなったことに対する、感謝の笑みだった――。

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ゴールデン・エイジ ―おならは地球を救えるか― 青出インディゴ @aode

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