ファストフード・スローエンド

堀越葵

ファストフード・スローエンド

回転寿司ほどのファストフードはない、とよく美香子は言っていた。うまくいけば来店から数十秒で食べ始めることができる。恐らくそれは事実だろうが、残念ながら証明する機会には恵まれなかった。行きつけの回転寿司屋はいつも混んでいて、今日だって俺ひとりを案内するのに、10分少々を要している。


席につくと俺はモニターに向かい、馴染みのネタを注文する。美香子はその間にお茶を淹れ、ワサビのパックを取ってガリをよそう。それが恒例の流れだった。

今日も俺はモニターを見て、しかし一瞬で目を逸らした。代わりに、目の前に流れてきた皿を掴む。表面が少し乾いたヤリイカ。うまくもまずくもなかったが、景気づけにはちょうどよかった。


マグロ。アジ。アボカドサーモン。ねぎとろユッケにサラダ軍艦。さほど種類を食べていないのにいつもより腹が満ちるのが早いのは、2貫の寿司をひとりで食べているからだ。だから回転寿司には2人で来るに限るのに。


フェアのポップが目についた。炙り中トロ100円+税。仰々しい皿に1貫だけ乗ってくるフェアメニューを、俺はよく食べたがったし、美香子はあまり好まなかった。だって囓って分け合うのも品がないでしょうと言う彼女に、2皿頼めば済むだろうとはなぜか言えなくて、俺達はいつも定番のメニューばかりを頼んで2人で分けた。ホタテ。つぶ貝。赤にし貝。あいつは貝類が異常に好きだった。


気がつくと目の前には炙り中トロが流れていた。慌てて掴む。なるほどうまそうだ。これなら2皿頼む価値があるし、だれに笑われても、2人で1貫を分け合ったってよかった。けれど俺達はそうできなくって、だから俺は今これをひとりで食べる。


一口で頬張る。ネタが唇からはみ出た。なんとか口の中に収納する。酢飯臭い息が鼻腔を満たした。寿司酢が目に染みる、なんてジャズにもならない。


サビでも入れておけば言い訳になったのにと思いながら、俺は目頭をきつく押さえた。

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