第4話 お社に住む、もっちん

「独りでそのおやしろに住んでいるの?」

 

 かえでは心配そうな表情で男の子を見る。


「んだ」


「寂しいでしょう」


 男の子は、子供たちと走り回っている子犬を指さした。


「いつも一緒にいるだで、寂しくはないだ」


 かえでと慎太しんたはしゃがんだ姿勢のまま、校庭を駆ける生徒たちと子犬を振り返る。


「お父ちゃんやお母ちゃんがいなくなって、独りでここまできたのかなあ」


 慎太はギョロリとした目でかえでに問う。


「わからないけど」


 かえでの住んでいる町では戦火に焼け出され、両親を失った子供たちがいっぱいいることを知っていた。


 走っていた子犬が戻って来て、男の子の前でお座りの姿勢をとった。


「あなた、お名前は?」


 かえでは訊いた。男の子は黙って下を向いた。

 もしかすると、戦争の影響で忘れちゃってるのかなあ。

 かえでは男の子がかわいそうに思えてきた。

 寛治かんじが走ってきて子犬を抱きかかえた。


「ねえねえ、みんな。見てーっ」


 何をするのかと全員の視線を浴びた寛治は、少し得意げに鼻の穴をふくらますと、抱いた子犬を男の子の頭に乗せた。


「ほらあっ、ちょうど乗るよ!」


 子犬は男の子のイガグリ頭の上に器用にしゃがんだ。


「あっ、どこかで見たことがあるわ」


 夕子ゆうこが思案気な表情で、子犬を乗せた男の子をながめる。

 子犬も男の子もイヤな顔もせず、されるがままじっとしていた。


「そうだ!」


 慎太が手を打った。


「これってお正月の鏡餅かがみもちじゃないか」


 全員がその言葉にもう一度男の子を凝視ぎょうしする。

 真ん丸な顔に真ん丸な胴体。ちょこんと頭に乗るだいだい色の子犬。まさしく蜜柑みかんを乗せた丸い鏡餅そのものであった。


「慎太くん、おもしろーい!」


 照美てるみが感心したように拍手する。

 子供たちは口々に「鏡餅っ、鏡餅っ」とはやしたてた。


「じゃあさ」


 慎太は男の子に言う。


「きみのお名前は、お餅からとって、もっちん。で、この子犬は、みかん、ってどう?」


 かえでは、なるほどと首肯した。

 みかんに、もっちん。言い得て妙である。


「おら、そのお名前でいいだ」


「じゃあ、決まりだ。ところで、もっちん」


 慎太を仰ぎ見るもっちん。


「みかんと二人きりじゃあ面白くないだろう? ぼくらと一緒に遊ばないか」


 とたんにもっちんの頬がまた赤くなる。


「い、いいだか? おらも、そのう、お仲間に入れてくれるのけ?」


「もちろんさ。みんなもいいだろ」


「いいに決まってるじゃん!」


 全員が声を揃えて言った。


「おら、ほんとはみんなと遊びたかっただ」


 かえでがもっちんに手を差し伸ばした。


「よろしくね、もっちん」


 もっちんは恥ずかしそうに斜め下に顔を向けながら、差し出されたかえでの手をふっくらとした手で握った。


「よーし、これで四対四になるわね」


 かえでが宣言する。


「みかんを入れて、五対四だよー」


 岳斗がくとが笑う。


 もっちんは一年生の岳斗、寛治よりもさらに背は低かった。

 ただ立ち上がると、真ん丸に突き出たお腹だけは誰にも負けていなかった。

 みかんはぴょんともっちんの頭から飛び降りると、嬉しそうにみんなの周りを駆ける。

 もっちんは仲間に入れてもらったのが本当に嬉しそうに、両手を広げてみんなと校庭を走り回った。


 ~~♡♡~~


 陽が西の山に沈むころ、そろそろみんなは自宅へ帰らねばならない。

 布球を蹴りながら走るもっちんとみかん。

 かえではもっちんに声をかけた。


「ねえ、もっちーん。みんなはお家に帰るけど、あなたはどうするの?」


 もっちんは足がもつれて見事に転がった。顔を上げるとかえでを見る。


「おらも、帰るだ」


「あのおやしろ?」


「んだ」


 寂しいだろうなあ。

 かえでは思案気な顔を向ける。


「よかったら、おじいちゃんとおばあちゃあんにお話しして、わたしたちのお家に来る?」


 もっちんはにこやかな顔を横に振った。


「ありがとう。でも、おらと、そのみかんはあそこがお家だから」


 慎太が言う。


「それならまた明日おいでよ。みんなで遊ぼう」


 もっちんは嬉しそうに満面笑みを浮かべた。


「おら、みんなと遊んでもいいだか?」


「もちろん、もっちん!」

 

 照美がうなずく。


「嬉しいだなあ。おら、そのう、みんなお友達になってくれるだか」


「もうお友達だよ」


 岳斗が両手を振った。


「う、嬉しい、だ」


 もっちんは半べそをかいたかのように、眼鏡を持ち上げて細い目を拭う。

 その足元でみかんが心配そうに見上げている。


「じゃあ、おらも帰るだ。明日も仲良くしてけろ」


 もっちんはみかんの紐をたぐると、何度も振り返りながら手を振って校舎の裏山へ走って行った。


 ~~♡♡~~


 かえでは家に帰ると、その話を祖父母にする。


「あれまあ、サクラのお山のあるお社に住んでるんだって?」


「うん。名前を忘れたみたいだから、わたしたちがもっちんてつけてあげたんだよ」


 夕飯の準備を手伝いながら、かえでは言った。

 夕飯といってもそんな豪華な食糧があるわけではない。ただ白いご飯だけは炊きたてが出る。

 祖母は祖父の顔をみやった。


「うーん、まあどこからか焼け出されて独りできたのかものう。なんなら駐在ちゅうざいさんにでも言うて、親御おやごさんを捜してもらわにゃなあ」


 ちゃぶ台に乗ったご飯茶碗を見ながら、かえでは思った。

 そういえばもっちんって、ご飯はどうしてるのかしら。

 明日、おばあちゃんに頼んでお握りを作って持って行ってあげようと。

 

 次の日。

 七人は教室で授業を受けている。

 

 夕子は先生のお話を聴きながら、何気なく窓の外に視線を向けた。


「あっ」


 驚いたことに、誰もいない校庭をもっちんがみかんが追いかけっこをしているのだ。

 もっちんは短い脚で布球を蹴りながら、一生懸命走っている。


「みんな、もっちんがもう来てるよ」


「えーっ」


 全員が窓際に駆け寄る。

 教科書を持って黒板に向かっていた中間なかま先生が気づき、振り返った。


「はーい、みんな。まだ授業中ですよ」


 子供たちがワイワイ言いながら校庭を指さしている。

 先生はフッとため息をつくと、みんなの背後に回った。


「なにを見てるの?」


 慎太が先生に代表して言う。


「先生、ほらあそこでもっちんが遊んでるよ。みかんも走ってる」


 先生は校庭をながめる。だが土の校庭には誰もいない。

 布で作られた球が、風に揺らめきコロコロと転がっているだけだ。


「えーっと、先生にはあなたがたが早く校庭で遊びたいってことしか、わかりません」


 かえでは先生に振り返って訊く。


「先生、ほらあそこで浴衣ゆかた姿の男の子と、子犬が走ってるんですけど」


「あら、あなたも早く遊びたいのね。はいはい、わかりました。でもまだ授業中ですから、もう少し先生にお付き合いくださいね。ささっ、みんな席について」


 言いながら先生は再び黒板へもどる。

 かえでは慎太と顔を見合わせた。


 どうして先生に、もっちんが見えないの?


 上級生二人は首を傾げながらも、仕方なく寛治と岳斗の頭を突いて席にうながす。


 午前中の授業が終わり、先生への挨拶もそこそこに全員は教室を走り出した。

 ところが校庭にはもっちんもみかんの姿はない。

 とりあえずいったん家に帰り、また学校へ集合ということになった。


(第5話へつづく)

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