身を削りながら
屑原 東風
第1話
大将は魚だ。
もっと詳しく説明をすれば顔だけが魚、というわけではなく、むしろ魚に両手両足が生えているっていう見た目。人に近い魚、というよりは、魚に近い人といったほうが正しいだろう。
注文を受ければ、顔に手を当てて、むにゅ、と、身体のどこかの部位を取り、よく水で洗う。そうして、シャリの上に山葵を塗り、洗ったそれを置く。それが注文した客の前に置かれる。それはよく寿司屋で見る普通の鮪だった。それはこの店の唯一のメニュー品でもある。
そして、それを手掴みで食べる客もまた、魚であった。大将と同じように手足の生えた魚。
「んー、やっぱり大将のは一味違うね!」
「見ての通り、身を削りながら作ってるからな」
「うち店で握るおにぎりも、また今度食べに来な。焼いた切り身が入った鮭おにぎり」
客は雌の鮭であった。腹部にはキラキラと光る赤玉をいくつもぶら下げている。客は愛おしそうにそのキラキラを触り、一粒もぎ取る。
「今なら筋子も、サービスするよ」
鮪大将はそれを受け取り、小さな並みのような歯がいくつもついた口内に入れる。ぷちぷちぷち、と歯で砕けば汁が口内に広がる。鮭の卵は大層美味であった。
「おい、バイト」
呼ばれて、急いで大将の元へと駆ける。受け取ったガラス皿を、ヌルつく手で必死に持ちながら洗っていく。
「あれ?アルバイト?あんた鯖なんて好きだっけ」
客と大将に提供してしまったこの身体を指しつつ、鮭の客が聞く。
「酒と一緒に食うとうまいんだ」
「え?私?」
「イントネーションが少し違うな」
この店で働くのは大将と自分だけだ。他のアルバイトもいたが、皆身がなくなって客や大将の胃袋の中で今も生き続けている頃だろう。誰かの身となり、血となり、骨となり。
いつか自分もなくなる。誰かの胃袋に消えていき、骨だけが残り海へと帰っていくのだろう。人のように綺麗な死は迎えられなくとも、母なる海に包まれて、いつの日かまた身を付けて戻ってくるのだ。
身を削りながら 屑原 東風 @kuskuz
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