第162話 スパイ

 今日になって、突然反対派の人間が増えたのはおかしいと言い出すユリアーナ。けどさ、陛下が来たんだから、そりゃあ彼らにとっては思い切り反対するチャンス到来だろ?


「じゃあシンちゃん、今日陛下が来るって知ってた?」


「知るわけないじゃないですか」


 そもそもいつ来るなんて予定、いつも立てているわけじゃない。陛下が時間が空いた時に視察に来られる感じだからな。


「じゃあルーナは?」


「私も知らなかったよー」


 そりゃそうだ。もしルーナが知っていたら俺達にも伝わっているはずだからな。


「じゃあなんであの反他派達は、今日陛下が来ることをまるで知っていたかのように、こんなに大勢集まってるの?」


 そう言われて初めて俺も「はっ」とした。確かに今日に限って人が増えているのはおかしい。


 最初は陛下が来られたから増えたんだな~くらいにしか思わなかったが、彼らはどうやって今日陛下が来るって知ったのか。俺達だって知らなかったんだぞ。


「あの、これって・・・」


 最悪の事態が俺の頭の中を駆け巡っていた。


「たぶん、情報を漏らしている人物がいるって事ね。しかも陛下の親衛隊の中、もしくは配下の中に」


「そうですね、残念ですが私もその可能性が高いと思います」


 陛下もユリアーナの意見に賛同している。うわー、その可能性はあまり考えたくなかったぜ・・・。


「なんて事なのっ!」


 ティルデは悔しそうに壁を叩きながらそう吐き出した。


 まあ、彼女からしたら、自分の部下の中に裏切者がいる可能性が高まったことになるんだ。裏切られたという気持ちは、俺達とは比べ物にならないくらいあるだろう。


「でもこれではっきりしたね」


「何がですか?」


 俺はユリアーナの言葉の意味がわからなくて質問した。


「反対派達のバックにいるのが誰なのかって事がだよ」


「え?もしかして親衛隊の一部がバックについてるって事ですか?」


「違う違う、全然違うよ~」


 あれ?違うの?じゃあ親衛隊の上官にあたる人物・・・ええっ?ティルデが黒幕!?いやいや、そんな馬鹿な。


「シンちゃん、この件で誰が得するのかを考えれば答えは出るよ」


 俺がずっと同じ事をぐるぐる考えていると、ユリアーナが助け船を出してくれた。誰が得するか?


 反対派が屋敷に押し寄せて得する人物・・・。要するに、反対派が押し寄せると事業が進めにくくなる。進めにくくなると成功する確率が減る。確率が減ると失敗する確率が上がる。失敗すると・・・。


「え?もしかして政府がバックにいるって事?反対派達の?」


「そうだと思うよ」


 俺はユリアーナの言葉に心底驚いた。だって、反対派って一般市民の集まりだろ?そのバックに政府がいるってことあるの?


「あの、いくらなんでも政府がバックについてたら、それこそ騒ぎになるのでは・・・」


「もちろん公に支援はしてないと思う。でも、反対派を扇動せんどうするような人物を、何人かまぎれ込ませていたとしたら?」


「そ、それは・・・」


 確かにあり得る話だ。


 そもそも、ガルドラ派の奴らは、女王陛下が目の上のこぶだから始末しようとしているわけだし、将来的な不安のんでおこうという思惑もあるだろう。


 現に市民たちの間に「女王陛下が平和の邪魔をしている」ようなイメージも植え付ける事に成功している。


 今日来ていた反対派の奴ラン大半は心底バルサナの事を考えて、女王陛下に対してデモを行っている事だろう。


 なんだそれ、すげえ怖いんだけど!


「怖いですね・・・」


「え?何が?」


 俺が「怖い」と言った事に対して、ユリアーナがそう反応する。


「ここまで用意周到に、女王陛下が悪の根源であるかのように国民に思いこませているガルドラの手腕がです」


 前も思った事だが、戦争ってかなり前の事なんだ。なのにガルドラはその時からずっとバルサナ国内で国民の思想や考え方を「親ガルドラ」へと「教育」してたって事だ。


「そして戦争に勝利したのはバルサナであるにもかかわらず、バルサナ国民にまるで自分たちが悪いかのように思い込ませる事にも成功しています」


 そりゃ怖い以外の感想なんて出てこないだろ。俺達は一体どんな奴らと戦っているというんだよ・・・。


「そうするしかガルドラには道が残っていなかったのです」


 それまで黙って俺の話を聞いていた女王陛下がそう語った。


「どういう事です?」


 そうするしか道が無い?いや、直接戦うって道も残されてるんじゃないのか?そんな回りくどい事しなくてもさ。


「ガルドラは軍事力を含む国力では、バルサナに勝つのは難しい事を自覚していたのです」


「そうなんですか?」


 なるほど。戦力ではガルドラはバルサナには勝てないという事か。


「はい。だから、おじいさまを利用して、バルサナ国内から侵食していくことを計画したのです。そしてそれは大方成功しています」


 陛下はそう言うと、下を向いてうつむいてしまった。なるほど戦争でバルサナと自分たちの力の差を思い知り、それが故にバルサナ内部から侵略する戦略をとったと。


「シン、この国では今、ガルドラに対するイメージは相当良いものなの。「理想的な隣国」、これが今の大多数の国民達の総意と言えるわ」


 そしてティルデのこの言葉を最後に、俺達は全員押し黙ってしまった。だって何を話せばいいか全然わかんねーよ。


「なんかよくわかんないけど、とりあえず門の前にいる人達毎回来るの嫌なんだけど~」


 しかしそんな重苦しい空気をものともしなかったのはルーナだった。屋敷の管理を任されている者として、毎回あいつらの対応に追われるのには余程辟易へきえきしていたんだろうな。


「そうよね~陛下が来るたびにあんな調子だと、セキュリティー上問題ある気もするし」


 ルーナの言葉にユリアーナが返答。良かった、ちょっとだけ重かった空気が流れ始めた気がする。


「でもどうします?情報が外部に流れているとなると、それを防ぐのは難しいのでは?」


「そうなんですよねー」


 俺の言葉にエレオノーレさんも同調する。しかも誰がスパイかわかってないしなあ。


「じゃあ、言わなきゃいいじゃん」


 俺達が腕を組んでどうしたものか悩んでいると、ルーナがそんな事を言ってきた。


「言わないって?」


「だから、クラリッサとナターリエとオルオルだけ知ってればよくない?」


「つまり、その3人以外には予定を話さないという事ですか」


「うんうん」


 なるほど!陛下が屋敷に行くという計画を、ティルデとアリーナと陛下御本人だけで共有するって事か。それならバレる可能性は低くなるかもな。

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