第144話 だーかーら!

 オルガ陛下の言った通り、約束の日当日、ティルデたちが俺達を迎えに宿までやってきた。ティルデのほかにアリーナや他の兵士も数人一緒だった。


 今日は観光協会会長かどうかは知らないが、とにかく宿屋の偉い人であるというダリオとの交渉日当日だ。自分なりに色々と準備をしてはきたが、やはり少し・・・じゃなくてとてつもなく不安だ。


 だって陛下直々のご使命だよ?絶対何かあるに決まってるじゃん。この交渉の結果次第で、今後の我々のプランの成功が掛かっているとかさ。絶対そういうのだろ・・・。


 なんかみんな勘違いしているみたいだけど、俺がこんな交渉始めたのって、異世界に来てからだからな。日本でこんな事なんかほとんどやった事ねーよ。とりあえず同席させられたくらいのもんだ。


 なのに皆して俺だったら何とかしてくれるだろう・・・みたいな感じで見てくるんだもん。


「まーた深刻そうな顔して~」


 俺が俺にとって深刻な考え事をしていると、ユリアーナさんが茶々を入れてきた。


「深刻な考え事をしていましたので!」


 深刻な考え事を深刻な顔をして考えている事の何が悪いというのだ。


「どうせ今日の事でしょ?今更考えたって意味ないって~」


 ふぉおおおおおおおおっ!この女、自分が直接交渉しないからってのんきな発言しやがってええええええっ!俺なんか緊張のあまり、ここ数日夜中2時間おきくらいに目が覚めてたんだぞ!


「そうは言っても、今日の交渉次第で今後の予定が上手くいくかどうか決まるかもしれないんですよ!そりゃプレッシャーも感じます!」


「なんで?」


「いや、なんでって、そりゃ交渉がうまくいかなかったら責任感じるのが普通でしょ?」


「なんでシンちゃんが責任感じるのよ?」


 このローフィルの姉ちゃんは、本気でわからないという目で俺を見ている。あれ?もしかしてこれは俺がおかしいのか?ここまで堂々とそう言われると、なんかそんな気がしてきたんだが・・。


「なんでって・・・。交渉を任されたのは僕なんですから責任感じるでしょ」


 とりあえずそう反論するも、さっきよりも確実に自信なさげになっていた。


「そりゃシンちゃんの責任で生じた問題だったらシンちゃんが悪いかもしれないよ?でもこれ違うじゃん」


「どういう事です?」


「だーかーら!これはバルサナの問題でシンちゃんは協力している立場でしょ!」


「え、ええまあ・・・」


「だったら責任の所在はこの国にあるのであって、シンちゃんでは無いって事よ!」


 ああ、そう言う事か!なるほど、確かにこの姉ちゃんのいう事は筋が通っている。


「そうよシン。これは私たちがあなたに、半ば無理やりお願いしている事。だからそんなにプレッシャーを感じることは無いわ」


 そしてティルデもユリアーナの言葉を肯定するように、そう俺に言ってきた。


「わかりました。でも緊張してしまうのはどうしようもないので、そこは大目に見てください」


「仕方ないなあ~」


 やれやれと言った感じで、ユリアーナが肩をすくめる。


 それにしてもユリアーナの奴すげえな。ここってバルサナ軍の馬車の中で、一緒にティルデとアリーナも乗っているんだが・・・。よくバルサナ軍当人たちの前であんなこと言えたもんだ・・・。


 どっちにしろ、上手くいかなかったら、ティルデやアリーナを連れて帰る事が難しくなるのだから、プレッシャー自体は無い事にはならない。が、バルサナに対する申し訳なさとか、そっち方面は考えないで良いのかと思ったら、ちょっとは気が楽になったかも。


 俺の考えすぎる性格は日本に居た頃からなので、自分で考えを修正するのは難しい。それで考えすぎて最後には考えるのを止めてしまったのが会社を首になる直前の俺だった。やっぱ横から口を出してくれる仲間がいるのは良いもんだね。


そんな事を考えながら窓の外を眺めていると、いよいよ街の中へと馬車が入ったようだ。木ばかりの景色から、人と建物がある風景へと変わってきた。


 ここは正直小さい町なんだけど、行商人なんかがやってきてそのままトンボ帰りってわけにはいかないので、小さな宿なんかはそれなりに数はあるんだ。


 今日会うのは、その宿屋のオーナーたちを束ねている人物って事になるんだろう。俺は勝手に観光協会の会長って心の中で呼んでるが。


「ダリオは、この街の宿屋の主人達を中心に作られた組合の会長らしいわ。だからオルガ様は彼と話をしてくれと言ったみたい」


「あー、やっぱりそういう方なんですね」


 あまりに良いタイミングでティルデがそう言ってきたので、俺は一瞬こいつエスパーか!?と思ったが、そんなわけはなく、目的地が近づいてきたのでこの話を振っただけだろう。


「同じ同業者からの信頼も厚いみたいね」

 なるほど・・・。だからこのダリオと言う人物と交渉してほしいと、陛下は言ってきたという訳か。


 それにしても、なんで自分を邪険にしている市民達に仕事を振って欲しい等とオルガ陛下が言ってきたのかは、今持って謎だけどな。


 その事についてここ二日ほど真剣に考えてみたりしたが、まったくわからん。だって政府の垂れ流す情報を鵜呑みにして、女王に対してデモを起こすような奴らだぞ。俺だったら絶対関わりたいとは思わないね!


 まあどちらにしても、ここまで来たら俺も腹をくくるしかない。相手がどんな奴だろうと、俺の役割を全うして見せるぜ!


 そしてしばらくして俺たちの乗る馬車が、宿屋街のとある建物の前で止まった。看板には「屈強な冒険者の集い亭つどいてい」と書いてある。


「ここがダリオの経営する宿「屈強な冒険者の集い亭」よ」


 ティルデにそう紹介された宿は、外観を見ると、周囲の宿とそう変わらない印象を受けた。


 実を言うと、屈強な冒険者の集い亭って言うから、なんか特別な外観の宿だったらどうしようとか、ちょっとだけびびってたんだが安心したぜ。


「じゃあいきましょうか。準備は良い?」


「はい」


 そして俺の返事を聞いたティルデは、「屈強な冒険者の集い亭」のドアを開いた。

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