第145話 疑問

「いらっしゃいませぇ~」


 屈強な冒険者の集い亭のドアをくぐると、俺の予想とは裏腹に超可愛いウェイトレスさんが、これも超かわいい声と笑顔で挨拶をしてきた。


「ぐほっ!」


 そしてその瞬間、俺の脇腹に強い衝撃が走る。


「何鼻の下を伸ばしてるのかしら?」


 ティルデがすっげえ冷めた目で俺を見ていた。


「誤解です」


 とっさに出た言葉がそれだったが、一体何に対して何がどう誤解なのかを理解しての発言では決してなかった。とりあえず身の危険を感じたから咄嗟とっさに出た言葉だった。


「何が誤解なのかしら?」


 しかし案の定、ティルデにそう詰め寄られて困った俺は、ユリアーナに助けを求めて奴の方を振り返った。しかしユリアーナからは「ムリムリムリ」と顔を横に振られてしまう。


 確かに俺は、ほんの少し鼻の下を伸ばしていたかもしれない。しかし健全な男子としては仕方ないじゃないか!


「あのぉ、何名様ですかぁ?」


 俺が絶体絶命の危機に瀕していると、さっきのウェイトレスさんが俺達をお客だと思って接客をしてきた。


「あ、いえいえ、実はですね?今日こちらのオーナーさんに用事がありまして!」


 やったぜ!丁度良いところにウェイトレスさんが来てくれた!俺は渡りに船とばかりにウェイトレスさんに向き直り話始める。


「オーナーですかぁ?お約束はございますでしょうかぁ?」


 と、この宿屋の名前からは想像できないようなほんわかした声で尋ねてくる。


「えっと、女王陛下のご紹介できたのですが・・・」


「・・・ちっ」


「・・・え?」


 今舌打ちしなかったか?なあ、絶対舌打ちしたぞこのウェイトレス。さっきまでの天使のような可愛い対応とは真逆の、明らかに面倒そうな顔つきで奥へと入っていく。


「えっと、何か私の対応は間違ってましたか・・・?」


 俺は何かやらかしたのではと思い、恐る恐るティルデに訪ねた。


「いいえ、何も間違ってないわ。これがこの街の陛下に対する反応よ」


 さっきまで俺をにらんでいた表情はどこかへ消え、極めて真面目なトーンでそう言われた。えーまじかよ・・・。だって女王陛下だよ?あんなあからさまな態度が許されてんのか?こりゃ思ってたよりも事態は深刻かもな・・・。


「ふん、お前らが女王が言ってた商人か・・・」


 俺が予想以上の事態の深刻さに頭を抱えていると、どすの利いた声が聞こえてきた。声の主を確かめるため、俺はそちらへ振り向いた。


 そこには2メートルくらいあるんじゃないかと思えるほどの、大男のおっさんが立っていた。そして俺はこの宿の「屈強な冒険者の集い亭」という宿名を思い出していた。


 つーか俺、商人じゃないんだけど・・・。


◆◇◆◇


 俺たちは奥の部屋へと通されて、ソファへ座るよう案内された。一応客として扱ってくれるようだ。


 俺の正面にどかっと座って腕を組んで座っているダリオ。正直このおっさんからの圧が半端ない。出来れば隣のユリアーナと席を代わってもらいたいくらいだ。しかしこの女はさっきから落ち着きなく部屋の中をキョロキョロと見回している。つーか、ちょっとは緊張しろよ!


「で、お前たちは女王の施設で何か新しい事をやるって聞いたが?」


「はい。女王陛下所有の施設を、巨大な宿泊施設にしようと考えています」


「ふん、それは先日女王から聞いた。もっと詳細な内容を話せと言っとるんだ」


 おっと、このダリオ、口は悪いがとりあえずこっちの話を聞く気はあるようだ。


「はい。では説明させていただきます」


 という訳で俺は遠慮なく、例のテナント型ホテル経営についての話をダリオに説明した。女王陛下から部屋をまずは業者に貸し出す。部屋を借りた業者は料金などを自由に設定して客を宿泊させる。そして客が料金を支払ったら、その料金の中から決められた手数料を、業者が女王に支払う。


 要は客が泊まって料金を支払った時点で始めてホテル側、つまり女王陛下に払う家賃と言う名の手数料が発生する仕組みだ。そして部屋の管理は部屋を管理している業者側が行う事とする。なので業者が部屋を借りた時点では、何の金銭的取引も発生しないわけだ。


 俺はこれらの事をわかりやすく丁寧に説明した。


「なるほど、要点は理解した」


「ありがとうございます」


「ただ」


「ただ?」


「あまりにも部屋の借り手に美味しすぎる条件すぎやしねえか?」


 ダリオは腕と足を組んだ姿勢のまま、表情一つ変えずにそう指摘してきた。こえー、まじで圧が半端ねえ・・・。


 しかしその質問は実は想定済みだ。しかしこの疑問に対してどう答えるかはかなり悩んだ。金が無いからこれしか方法が無いと正直に言ったほうが良いのか・・・と。


「たしかに、我々が独自に屋敷を管理したほうが高い利益を得られる可能性は高いですね」


「じゃあなんで他人に管理を任せるんだよ。おかしいじゃねーか」


「我々としては、利益を得る可能性と同じように高いリスクもあると考えたのです」


「リスクだと?」


「はい。ご存じのように、陛下の所有する建物は膨大な部屋数を誇ります。これらを我々で全て管理するとなると・・・」


「まあ、管理費も半端な数字じゃなくなるわな」


「その通りです。そもそもの目的がお金を儲ける事ではなく・・・いや、これも確かに目的の一つではありますが、陛下の最大の目的は国民への還元です。なので、管理をこの街の皆さんにお任せし利益を折半するというのは、女王陛下にとっても理に適った事なのです」


「ふん、まあいいだろう」


 ふーっ!どうやら今の説明でとりあえずはどうにか納得はしてくれたようだ。これで無茶苦茶な言いがかりでも付けられたらどうしよ~とか考えていたんだが、そんなつもりはどうやら無いらしい。とか思って安堵していたら・・・。


「だがな、俺はそれよりもどーーーしても疑問に思ってることが一つあるんだ」


 とかダリオが言い出しやがった。


 え?これよりも疑問な事?なんだそれ?いやだって普通に考えてさ、自分たちで利益を独占しない、って所が一番の疑問点だろ?それを超える疑問だと?


 俺は自分の頭じゃどうにも理解が追い付かずに横にいる仲間達の様子をうかがったが、みんな困惑の表情を浮かべている。


 この時の俺はダリオがどんないちゃもんを付けてくるのかと、不安で不安で仕方が無かった。


「あの、その疑問とは一体何でしょうか?私の中では先ほど説明した点が、恐らく一番疑問に感じていらっしゃった部分ではないかと考えていたのですが」


 それに対してダリオが口にした最大の疑問はこうだった。


「お前、何のために女王の手伝いをやっている?」

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