第131話 乗っ取り
「実は、我が王国は乗っ取られようとしているのです」
「乗っ取りですか?」
「はい」
国を乗っ取る・・・。この言葉で浮かんだのは、玉座を虎視眈々と狙う悪い大臣が、王や女王の暗殺をもくろんだり、国民の信頼を損なうような失態を犯すように仕組んだりするような光景だった。
別に大臣じゃなくても良いけど、女王の結婚相手が、実は愛人と手を組んで乗っ取ろうとしているとかさ。いや、ほとんど全部映画とか小説の話しなんだけど。ここってファンタジー世界だし、そんなのありそうじゃね?
「もしかして、陛下の臣下から狙われていらっしゃるのですか?」
「いえ、それだったらどんなに救われた事かと・・・。真に有能な臣下がそう考えているのなら、私はいつでもその身を引く覚悟がありますので・・・」
その言葉に俺やユリアーナ達は顔を見合わせて驚いた。だってさ、王族なんて地位を手放しても良いなんて、俺だったら絶対言わないね。
「シン、陛下はね、国というのは人の事だと常々仰っているの」
「国が人・・・ですか?」
「王族や貴族だけでは国は成り立たない。その何百倍もの国民がいるからこそ国が成り立つと、陛下は仰られてるわ」
「ですから、私達王族が失脚したとしても、それで国民が幸福になるのなら、私はそれで構わないのです」
俺はその話を聞いて、本当にこんな事を思ってる人がいるのかと自分の耳を疑ったね。だって王族だぜ?トップだよトップ。日本でも会社の役職にだってしがみつくのにみんな必死だった。そんなの比較できないくらいの地位だぜ。
「しかし、今回私達の国を乗っ取ろうとしている者ども、奴らにだけはこの国を任せるわけには行かないのです!」
さっきの優しい顔とは打って変わって、厳しい表情でそう語った。
「あの、一体この国を乗っ取ろうとしているのは誰なんです?」
あの優しい女王が、こんな怖い顔で拒否る相手だぞ。相当の悪党だろ?
「それは、バルサナの北西に位置する隣国「ガルドラ」です」
・・・え?人じゃなくて国?それも隣国だって?それってつまり・・・。
「乗っ取りと言うか、占領される恐れがあると言うことですか?」
要は戦争が起きるかもしれない状況で、それで隣国ガルドラに占領される恐れがあるって事じゃねーの?しかしそんな俺の推理も外れてしまう。
「いいえ、占領では無く乗っ取りなのです」
はあ?なんかもう俺の凡庸な思考回路では、自身で答えを見つけるのは不可能だわ。
「この国は、少しずつですが、静かに隣国からの侵略を受けているのです。事の発端は、私の祖父、つまり先々代の国王の時代に起こったのです」
そこからの女王陛下の話は、そりゃあ複雑な物だった。
女王の祖父、先々代の国王「アルノー」は、超が付くほどの善人だったらしい。国王であるにも関わらず、一般庶民の下へと出かけては交流を持つような。そんな彼の口癖は「人は分かり合える」というものだった。
そしてある日「アルノー」は、隣国との和平を実現したいと言い出す。隣国「ガルドラ」とは、アルノーがまだ王では無い若かりし頃に戦争をした相手で、戦はバルサナ側が勝利した。そしてそれ以来、ガルドラとは経済以外の交流はほとんど無かったのだとか。
しかしアルノーは、そんなバルサナとガルドラの関係を終わりにし、仲の良い国家関係を築きたいと考えた。
「それがバルサナの悲劇の始まりなのです」
ここまで聞いた話だと、特におかしな点は見当たらないと思う。関係が悪化した国家間の関係修復に着手したって事だろ?良い王様じゃん。ここからどうおかしくなっていくんだ?
「和平を考えていた祖父は、ガルドラにその旨をしたためた親書を送りました。しかしガルドラからは返信が貰えなかったのです」
「それは・・・まあ、これまで険悪だった国同士ですからね」
「はい。しかし祖父は諦めずに何度も親書を送り続けました。そしてついに返事が返って来たのです。そこに書かれていたのは「先の戦争における非道な行いを公に謝罪する事が条件である」でした」
「あの、非道な行いというのは・・・」
「戦争でガルドラの国民が大勢亡くなった事でしょう」
いや待て。戦争だから人が死んで良いとは決して思わない。しかしそれはお互いそうなんじゃないの?それとも一方的な物だったのだろうか?
「あの、それはバルサナも同じなのでは?」
俺が思っていた事をエレオノーレさんが女王に聞いてくれた。そりゃ誰しもそう思うだろう。それが戦争と言うものだろうと思う。
「はい、我が国も大勢の者が亡くなりました。だから謝罪を要求してきたガルドラに対して怒りを抱いた者も少なくないと聞いております。ですが・・・」
女王はそこで一旦言葉を切った。え?もしかして、おじいちゃんはその要求を飲んだとかじゃないだろうな?
「ですが祖父は、ガルドラの要求を了承したのです」
「え?なんで!?」
ユリアーナが思わずため口で女王にそう聞いていた。おい!お前女王様に向かって何ため口で聞いてんだ!と一瞬思ったが、ティルデもアリーナも何も言わなかったのでそのままスルーした。だって俺も「なんで!?」って思ったもん。
「先ほども言いましたが、祖父は「人は話し合えばわかる生き物だ」というのが口癖なのです。なので、こちらが謝罪する事で全てが丸く収まるのなら・・・と」
なんかわかってきた。この人のじいちゃんはめちゃくちゃ人が良すぎるんだろう。それは称賛される事ではあるけど、政治の世界ではどうなんだろうなあ。
「そしてその謝罪は近隣各国に知られるところとなり、我が国は戦争に勝利したにも関わらず、まるで戦争の原因がバルサナにあるかのような印象を持たれることになってしまいます」
それはそうだろう。なんで謝るかって言うと、悪いと思っているから謝るのであって、そうでないになら謝るべきでは無いんだよ。しかしじいちゃんは和平を実現したいが為に謝ったって事か。
「そして我が国はそれが原因で他国との交流が途絶えがちになってしまい、観光客も激減します。祖父はますますガルドラとの和平にこだわる様になっていきました」
つまり、もうガルドラと仲良くするしか道が無くなったという事か?つーか、このおじいちゃんに振り回される配下の人達かわいそう・・・。
「さらに祖父は、近隣諸国に安心してもらう為に「軍費の大幅削減」を採用しようとしました」
「大幅削減ですか?」
「はい、半減以下にする計画だったと聞いています」
なるほど・・・。うちは戦争を望んでいませんよ~と宣言する事で、近隣諸国に安心してもらうって事かな。けどそれって政治的にどうなの?
「え?ちょっとそれ本気でやったんですか?」
アリサが驚いたように聞いていた。
「いえ、それは配下の者達が必死で止めたようです」
「ですよね」
「でなければ、今頃我が国は地図から消滅していたに違いありません」
「あの、軍費の削減ってそんなにまずい事なの?」
正直、なにがそんなにまずいのかわからなかったので口を挟んでみた。
「そりゃそうに決まってるじゃん!私が国王だったら、そんな宣誓した途端攻め込んじゃうよ?」
ユリアーナが何当たり前の事聞いてくるのよ?みたいな感じで俺に答えて来た。まじかよ。いやでも、ハイランドもリバーウォールが混乱してると見るや、すぐに攻め込んできたもんな。そういう世界でもあるんだろう。
「あの、なんで先々代の国王陛下はそのような事をされようとしたのでしょうか?」
「おじいさまは先ほども言いましたが、分かり合えるが信条の方でした。争いを放棄すれば、他国もわかってくれると・・・」
「なるほど・・・」
あれだな。女王のおじいちゃんは、理想を夢見るタイプだったんだろう。人は話せばわかりあえる、それを本気で追いかけてたんだろうな。
「ですが、戦争の時にはおじいさまもいらっしゃったんですよね?反対はされなかったのですか?」
あ、そういえば、じいちゃんが若い時に戦争が起こったって言ってたな。じいちゃんは戦争に参加したんだろうか?
「いえ、祖父は戦争に反対し、時の国王、つまり私の曾祖父の怒りをかってしまったそうです。戦争の間は自宅で軟禁状態にあったとか。その後徹底的に甘えを取り除く教育を受け、無事国王の座に付けたと聞いておりましたが・・・」
まあ、その後の話を聞くに、やはり人の良さや、甘っちょろい考え方は治って無かったって所だろうな。
「ですが祖父はガルドラと様々な協定を結び、一見和平は成功したように見えます。しかしここからが国の崩壊の始まりだったのです」
女王のおじいちゃん「アルノー」は、その後ガルドラとの交流をさらに深めていったそうだ。文化、政治、経済面においても交流を深め、それまで全くと言って入って来なかった文化等がバルサナに入って来た。
そしてそれは人の交流の始まりでもあった。時のガルドラ国王は人事交流の拡大を提案。それをアルノーも喜んで了承。それと共に、大勢のガルドラ人のバルサナへの移住が開始された。そしてバルサナからもガルドラへの移住者も少なくなかった。
しかし両者の決定的な違いは、アルノーが政治の重要なポストにガルドラからの移住者を積極的に採用した事だった。実はこれ自体にも反対意見が出たが、軍費削減を猛烈に反対された事に不満を感じていたアルノーが、周りの意見を聞かずにこれを強硬。
そして重要ポストに就いたガルドラからの移住者は、自分の部下にガルドラ民を次々に採用。そうなるとどんどん国の重要ポストがガルドラ民で埋まって行く事態に。
そしてさらに悪い事に、国の大臣職にあった元ガルドラの貴族が、民主議会制を国王に提案。国民が主役の国を作られては?とアルノーに
最終的な決定権は国王に残すものの、国政のほとんどを議会で決定するシステムが生まれてしまった。そして議会の議員を選ぶ選挙は王城内の主要な職に就いている貴族により行われることとなり、その結果、議員の半数以上が親ガルドラ派の貴族で埋められてしまう事になった。
そして国王はただの飾りと化してしまった。
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