第86話 どう考えても無理
「もう無理・・・」
オープン初日を終えた、俺を含むみんなの正直な感想だ。
入店制限をかけたおかげか、思っていた以上のトラブルは起きなかった。
もちろん客の総数は凄い事になっていたので、品切れは色んな場所で起きていたんだけどな。
それでもあの客数からすれば、ほぼノートラブルだったのは凄いと言えるだろう。
俺達の体力がボロボロになった事を除けば。
「私、店員さんがこんなに大変な仕事だなんて、思ってもみなかったよ・・・」
ユリアーナが憔悴しきった顔でぽつりとそうつぶやいた。
普段疲れてても元気な顔を見せている彼女が、誰にも遠慮する事なく疲れ切った表情を見せている。
「馬鹿言え・・・。普段からこんなに忙しかったら、とっくに店なんか畳んでるに決まってる」
それに対し、ウルバノのおっさんがそう答えた。
「だよねー・・・あはは」
ユリアーナが乾いた笑いでそれに答える。まあ、二人とも相当疲れてるんだろう。
ふと見ると、マリアンナちゃんは、さっきからずっと一点を見つめてぶつぶつとつぶやいている。
畑違いの部署で働いた初日が、あんな激務だったからなあ。
普段はあまりそういう表情を見せないエレオノーレさんも、さすがに疲れを隠せていない。
実を言うと、オープン開始からしばらくは余裕だったんだ。
なぜなら人数制限をかけていたので、多少忙しいくらいで済んでたからだ。
でもちょっと考えてみてくれ。
この状況がさ、「ずっと」続くんだぜ?朝から夜までずっとだ。
俺も大型スーパーの応援に入ったことがあるからわかるんだけど、オープンの時とかセールの時でもいいんだけど、来店する客の数にも「波」ってのがあるんだ。
大波のように客が押し寄せてきて、「うひょーめっちゃ忙しい~!」とか思ってても、絶対にお客さんが少なくなる時間帯も出来るんだよね。
でも今回は、人数制限をかけてしまったもんだから、いっきに来ることは無くても、一定の客数がずーっと続くわけ。
これがまじできつかった。
実を言うとトイレ以外の休憩を誰も取れていないと思う。
俺も接客業に慣れているわけではないから、休憩時間の事とかを考慮に全く入れてなかった。
明日は休憩時間の事も考慮に入れて、人数制限をかけようと思う。
まあ、明日も今日と同じくらい来るとは限らないけど、まあ念のため。
そして予想通り、スタンドプレートは一枚も売れなかった。
2日目。
昨日の客数からは、まあぱっと見た目半減はしていたと思う。
初日の客数を考えれば、俺達が作業に多少は慣れた事もあり、かなり楽に営業できたと感じた。
でもまあ、念のため4~5日は狩りは自粛しようと言う話になった。
そして予想外だったのが屋台だ。
イノシシの取り扱い量そのものが減っている事もあり、屋台には人だかりが出来ていた。
屋台での手間を考えると、実は利益的には大きくは無いんだけど、話題性としては十分な効果を発揮していると思う。
なによりもウルバノのおっさんが屋台で肉を焼く姿がカッコイイんだよ。
マジで肉が美味そうに見えるもん。
まあでも、今日もスタンドプレートは売れなかった。
1週間。
客数は完全に落ち着いてきた。
ロザリアは狩りを再開し、当初予定していた通りの配置で営業を行っている。
客数も落ち着いてきた4日目くらいで、例の1週間分の夕飯のメニューの提案計画を実行した。
これが主婦層にかなり好評で、今後もずっと続けて欲しいという要望が店にたくさん来ているらしい。
そこで機転を利かせたソニアさんが、「もし良いメニューがあったら教えてね。皆さんのメニューも織り交ぜて提案していくから」と、来る人来る人に言っていたらしい。
おかげさまで、今後1か月くらい分のメニューが集まったみたいだ。
まあこれも、マリアンヌちゃんがご飯のメニューについて、意味不明の発言をしてくれた事が功を奏したんだよな。
ほとんどはエレオノーレさんの功績だとは思うけど。
そのマリアンヌちゃんは、オープンセール期間だけの助っ人参加だと思っていたんだが、フィリッポさんからのお願いで、まだしばらくはアスタリータにいるらしい。
もちろんマリアンヌちゃんの給料はサランドラから出ているので、アスタリータとしては大助かりなんだが、サランドラはそれでいいんだろうか?
そんな事をフィリッポさんに聞いてみたんだ。そしたら、
「アスタリータの商売の成功はサランドラにも利となりますし、マリアンヌの成長にもつながるので、もうしばらく面倒を見て頂けると助かります」
こう言われちゃった。
まあ、人件費も浮くしこちらは全然構わないんだけどね。
んで、今週はスタンドプレートが売れる気配は全くなかった。
2週目。
今週は会議を行った。会議っつーか、ウルバノさんやロザリアさんと話し合っただけなんだけど。
題目は「従業員について」だ。
今現在アスタリータを支えているのは、アスタリータ家の3人、コレナガ一味の3人に加え、ロザリアの幼馴染のリーノとサランドラから出向中のマリアンナちゃんだ。
で、このうちコレナガ一味はそのうちこの街を出ていってしまう。
そして出向中のマリアンナちゃんは当然サランドラでの本業に戻る。
リーノは・・・知らん。
ともかく4人は間違いなくいなくなってしまう。
正直3人+1【リーノ】ではきついだろうと思うんだ。
なのでその話をウルバノさんにしたんだよ。
「お前達はどうしてもここを出ていくのか?」
ウルバノさんからそう言われて、ちょっとだけ胸が痛んでしまった。
正直、アスタリータ家の人々や商店には自分も愛着はある。この街にもね。
でも俺にはやらなきゃいけない事があるんだ。
「すみません、私達には旅の目的がありますので・・・」
「あ、いや!そうだったな。すまん今のは無しだ!」
「すみません・・・」
俺もきままな旅の途中とかだったら、この街に腰を落ち着けたい気はある。
けど俺は、ティルデを探さなきゃいけないし、何より無事を確認しなきゃ落ち着きようがない。
「あのお・・・」
ちょっと重苦しい空気になりかけた時、マリアンナちゃんがおずおずと挙手してきた。
「なんでしょう?」
「私って、出向中だったんですか?」
「は?」
「いや、私はアスタリータ商店に移籍したんじゃなかったのかな~って」
「いやいやいや!以前フィリッポさんから聞いたでしょ?しばらくはアスタリータで働いてくださいって」
「え?あれって私が優秀すぎて、アスタリータから引き抜かれたのをごまかす為とかじゃなかったんですか!?」
「一体あなたの中ではどんなストーリーが展開されているんです!?」
なんか最近ご機嫌で働いてるよな~とか思ってたら、とんでもないこと考えてたよこの人。
そういうわけで、マリアンナちゃんには現在お手伝いでアスタリータに来ている事と、お給料はサランドラから出ている事をちゃんと説明して会議は終了した。
何故か、
「やはり「サランドラには私が必要」という事ですね!」
と満足気に語っていたのが印象的だったなあ・・・。
まあ、前向きなのは良い事だよ。
本当はスタンドプレートの事とか話したかったんだけど、ついに出来なかった。
今週もスタンドプレートは売れなかったんだよ。
3週目。
全くスタンドプレートが売れない。と言うか、売れる気配さえ無い。
そもそも、現代でそこそこ良い車を買うような値段のスタンドプレートを、誰が好き好んでスーパーで買おうと言う客がいるだろうか?
いねーよなあ。
そもそも、チラシの配布を富裕層が多い北アメリア地区にも広げるべきだったんじゃないだろうか?
そう考えると、マリアンナちゃんの行動は結果的に正しかったと言えるかもしれない。
でも俺がそれはやめさちゃったんだよな。
「ここにいたのか」
俺がそんな事を考えていると、ウルバノのおっさんが声を掛けて来た。
倉庫から商品の運び出しをしている途中だったんだよ。
「何か御用でしょうか?」
「あー、スタンドプレートの事なんだが」
だよなあ。
もうすぐ秋の月も終わるって言うのに、まだ一台も売れてないもんな。
おそらくそれについての相談だろう。
「仕入れることにした。あのプレートを」
「・・・へ?」
仕入れる?
スタンドプレートを?
「いや、ちょっと待ってください!180万フォルンですよ!?」
「おう」
いや無理だろう!
だって、いまでさえギリギリでやってるんだぞ。
自転車操業とまでは言わないが、家族経営+ほぼ無償で働いているスタッフでどうにか回っている状況だ。
どう考えても無理だろう・・・。
「今でさえかなりギリギリじゃないですか。売れるかどうかもわからない物に180万フォルンも使えませんよ」
「仕方ねえだろう。仕入れなきゃ価格が跳ね上がっちまう。今うちがやっていけてるのは、あの仕入れ価格だからだ」
それは・・・その通りだ。プレートを仕入れない価格では、値段が跳ね上がってしまう。それでは以前と変わらない状況になるだろう。
そしてカンパーナストアが人員不足などを解消してきたら、アスタリータではどうしようも無い状況になるだろう。
一瞬「まだ1週間あるじゃないですか!」と言いそうになった。
けど、もう1週間「しか」ないんだ。
人があれだけ押し掛けたオープン期間にも売れなかったものが、落ち着きを取り戻した今の状況で売れるとは考えられない。
これは、しばらくはアスタリータから離れるのは無理そうだ。
今の状況を引き起こした原因は、俺が100%というわけではない。
元々の原因と言えば、カンパーナストアという外部の要因が主であり、それに対するアスタリータ家の対策が後手に回った事が続くと思う。
でも現状、俺はアスタリータ商店にがっつり関わっているわけで。
この状況を横目に、自分達の目的の為にここを離れるとか考えられねーよ。
エレオノーレさんとユリアーナには悪いが、少なくとも180万フォルンの資金の穴埋めが出来るまでは、アスタリータにいる事に決めた。
「ウルバノさん・・・」
俺がその事をおっさんに伝えようとしたその時だった。
「誰かいないのかしら?」
店の中から女の声が聞こえて来た。
とりあえず俺の話は後回しにして、店内へと急いで戻っていった。
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