第84話 オープン前日
いよいよ今日から秋の月だ。先日行った最終確認という名の会議を元に、それぞれが自分の役割を果たすべく動いていた。
我らがアスタリータの癒し担当であるマリアンナちゃんも、今日から商店でオープンのお手伝いだ。とは言っても、店内の作業については俺とウルバノさんが担当する事になっているので、マリアンナちゃんとエレノアさんには、スタンドプレートの「チラシ」配りにいってもらった。
スーパーがチラシを配布するような事はほとんど無いらしく、もしかしたら効果があるんじゃないかと期待している。
ただ、橋の向こう側「北アメリア地区」は完全に商圏外なのに加え、超富裕層が住む地区なのでアスタリータの客層とは異なる。あくまでも橋の手前まで、つまりアスタリータがある「中アメリア地区」周辺を配布地域として設定し、二人にもそうお願いした。
うちが目指すのは、あくまでもご近所に愛されるアスタリータ商店だからね。
北アメリア地区と言えば、エレオノーレさんと初めてのクエストデートした、俺にとっては非常に感慨深い地区でもあるが、ここは心を鬼にしてビジネスに徹する事にしよう。
そして、店の入り口に大きな掲示板とご意見箱のような物も設置している。これは、先日の話し合いで1週間分の夕飯メニューを提示してみてはどうか?という、エレオノーレさんの意見に、俺のアイデアを加えたものだ。
あの時、夕飯のメニューを提示するのは良いけど、誰がそれを考えるのか?って話になったんだけど、俺が良いアイデアがあるって言ったんだ。
「あの、それに関してなんですが、お客様にもメニューを考えてもらってはいかがですかね」
「お客様にですか?」
エレオノーレさんは思わず俺に聞き返してきた。
「はい。店の前の目立つ場所に「あなたの考えた晩御飯のメニューを披露してみませんか?」とでも書いて、誰でも自由に書いて置けるようにしとくんです。で、良い献立があったら、それを採用していけばいいんじゃないかなって」
俺が言いたいのは、ユーザー参加型ならぬ「お客様参加型」のイベントにしてしまおうというものだった。毎回メニューを考えるのが大変なら、お客さんにも考えてもらえばいいじゃない。
お客さんは自分の自慢の料理を披露できるし、こっちは考える手間が省けるしで、一石二鳥ですよ。
そんな話を会議でしたところ、速攻で採用となった。なんかアスタリータ家に来てから初めてまっとうな仕事をした気がするわ。
まあ、そんな感じで順調に準備初日は終了した。夕方にはロザリア達も戻ってきて、成果も上々だったらしい。中々見事な猪を数頭仕留めたと興奮気味に語って来た。
血抜きとある程度の解体は現地で済ませたらしいので、氷の魔法でカチカチに凍らせて保存する事に。後は、必要に応じて解凍すればいい。
◇◇◇◇◆◇◇◇◇
「え!?橋の向こうまでチラシ配りしたんですか?」
夕飯時、今日の仕事内容についての話しをしていたら、マリアンナちゃんが「橋の向こうまで頑張って配ってきました!」などと、元気よく報告してきたんだ。
「はい、頑張って配ってきました!」
元気よく答えるマリアンナちゃんに、俺は面と向かってそこは違うとはいえず、
「そうですかお疲れ様です。ですが、橋の向こうは商圏外となってしまうので、明日からは橋の手前側まででお願いしますね」
というのが精いっぱいだった。
「え!?そうだったんですか・・・すみません・・・」
物凄く落ち込んでしまうマリアンナちゃん。しまった言い過ぎたか?
「せっかく、ネコに噛まれてまで頑張ったのに、働き損です・・・」
働き損て、そっちの方向で落ち込んでるのか!心配して損したぜ。
それにしても気になるワードが出て来たので、ちょっとマリアンナちゃんに質問する事に。
「えっと、ネコとは一体・・・?」
「あ、北アメリアにでっかいお家があったんですよ」
「はい」
「で、その庭先にとっても太った白いネコちゃんがいまして」
「はいはい」
「で、撫ぜようと手を出したらがぶって噛まれました」
「そうですか、それは災難でしたね」
あれだ、多分その猫はシロちゃんだ。
俺が以前ギルドから請け負ったネコ探しのクエストで、俺を噛んだり引っかいたりしやがった、あの狂暴な猫だろう。考えてみれば、シロちゃんの家も北アメリア地区だったな。
ふとエレオノーレさんを見ると、口に手を当てて笑いをこらえているようだ。
くそー、まさかこんな事であの事件をぶり返されるとは思わなかった・・・。とりあえずマリアンナちゃんには、北アメリアにはいかなくて良いと念押ししといたよ。
◇◆◇◆◇◆◆◆◆
翌日、今日は朝からフィリッポさんも顔を出してくれた。なので、どういう風に展開していくかを簡単にフィリッポさんに説明していた所だ。
「なるほど、夕飯のメニュー1週間分を貼りだし、さらにお客様からもヒントを得るのですか。さすがですね」
「いや、献立のヒントになったのは、マリアンヌさんの発言ですよ」
「え!?そうなんですか?」
嘘は言ってないよな。かなーりてんぱってたので、発言そのものは意味不明だったが、そこからエレオノーレさんが献立の事を思いついたんだから、間違っては無いな。
「なるほど・・・。やはりアスタリータさんのとこへ行かせて正解でした」
「ん?どういう事です?」
「いえ、あの子はやる気と才能はあるのですが、その生かし方を今一つ自分でもわかっていないんです」
「ふむ」
「それで、アスタリータさんと一緒に仕事をさせてもらえれば、才能が開花するのではと考えていたのですが、こんなにも早く芽が出るとは思いもしませんでした。ありがとうございます」
「いやいや、彼女自身の才能の結果ですよ、はっはっはっ」
どう考えても挙動不審さしか芽吹いてないと思うけど、まあいいや。フィリッポさん期待の社員さんなら、そのうち才能が開花するかもだしな。・・・するんだろうか?
そしてフィリッポさんは帰っていき、俺は昨日とそう変わらない仕事をこなしその日は終了した。
◇◆◇◆◇◆◇
次の日、いよいよオープンを明日に控え、俺は正直かなり緊張していた。
だってさ、一応出来ることは全部やってきたつもりだけど、こればかりは客が入ってみないとわからないじゃん。これで誰も客が来なかったりしたら、俺はもう二度と立ち直れないほどのダメージを食らいそうだ。
まあ、誰も来ないって事は絶対無いと思うけど、ある程度の客には来てもらわなければ困るんだよ。で、そのお客さん達にアスタリータの良さをわかってもらって、リピーターとなってもらうのが目標だ。
カンパーナが激安大量販売なら、うちはきめ細かなサービスと接客で勝負だ。
ところで・・・。
俺は店の中で清掃をしているであろうマリアンナちゃんの方に振り向いた。するとどうだろう。彼女もまた、俺の方を見ており、目が合うと恥ずかしそうに顔を逸らすんだよ。
実は昨日辺りから、何度も彼女と目が合うんだよね。これはあれか!?ついに俺にも異世界ラブの予感か!?
いや、無いな、うん無い。
じゃあなんで彼女は俺の方をちらちらと見てるんだろうか?マリアンナちゃん、またなんかやらかしたんじゃないだろうな・・・。
ああ、オープン前日だと言うのに、なんか不安になって来た。
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